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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
1.失ったものへのスタンス
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エピローグ

 どこまでが真実であったのか分からない。

 クレフも流石に死霊術については大した事を知らなかった。

 自分が作り出したアンデッドに対し、常に魔力供給を行わねばその存在を繋げない、というのは低級なもののみだったようにも思う。

 そして流石に、心臓も動いているし腹も減り、魔術も使えるし精霊騎士としての力もそのままな自分が、そんな低級なアンデッドであるとは思えなかったが。

 それは彼女の言葉の全てが嘘であると断定する理由にはならない。


 自分が死んで、一度生き返ったのは真実であったのか。

 彼女からの魔力供給が不要で、ほぼ人と同じように振る舞える、転生とでも言えるような最上位のアンデッド――屍王では、自分が無いとほんとうに言い切れるのだろうか。


 街へ戻って一日が経とうとしているが、クレフにはわからなかった。

 あの時の彼女の顔がずっと瞼の裏にちらつき、眠ることさえも出来ない。

 どこまでが真実であったのか、全てが嘘であったのか。

 二度と再び会うこともないのだろうから、確かめることすら出来ない。


 まったく、ほんの少しの魔力も使わずにこれだけの――おそらく生涯続く――呪詛をかけるとは。彼女は本当に、大した魔術師であると言うほかなかった。クレフなど及びもつかない。


「おい」

 ぼんやりと考えていたクレフは、隣りにいたカーラに肘を小突かれる。

「しゃっきりとしろ。依頼人が来たようだ」

 彼女は自身もあくびを噛み殺しながら、呆れたようにそう言っていた。


「なるほど。……女4人に囲まれて荒野に居るだと? 随分といい生活をしているようだな」

 報告書を一読してザウロンは苦笑した。

「ええ、彼が望みませんでしたので、連れて来る事は出来ませんでしたが」

「ああ。そうか……そうだろうな」

 懐かしそうに笑いながら再び報告書を読み返すザウロンに、言伝があると伝える。

「お会いしたい気持ちはある。しかし、この者達を放ってはおけない。自分などは恐らく必要とされてはいないだろうが、おれは彼女達を必要としている。それを示したい……と」

「やつの言いそうな台詞だ。寂しがりなんだよな、根本的に。しかしどうも、大勢が去ってゆくのには、一緒にはついて行けない、そんな所がある」


「よし、成功報酬は約束通り支払おう。なかなかに優秀だな? ただの人間の魔術師よ」

 ザウロンはそう言って、用意していた重い金袋をテーブルの上に乗せていた。


「そうだ……時折、どうしても必要な物資だけ、街へ調達に来ることもあるそうです。運が良ければどこかで会えるかもしれない」

「そうなのか。それは、楽しみだな。日々の買い物も退屈なだけではなくなりそうだ」

 言って、ザウロンは片手に報告書の束を丸め、事務所を出ようとする。

 ドアをくぐる途中で彼は不意に振り返っていた。

「そうだ。一つ言っておきたいことがあった」

 何だろう、とクレフ達は身を乗り出す。何か不満や苦情でもあったろうか。

「お前、精霊騎士ゆうしゃだろう? 依頼の際、隣の彼女と二人並べて見て、ようやくわかった。……お前なあ、こんな場所に送られてくる"ただの人間"なぞ、大概ろくなもんじゃないぞ? 最初から精霊騎士ゆうしゃだと名乗っていれば、お前を雇うに躊躇う所なんぞ無かったろうに」


 クレフは沈黙したまま、隣のカーラと顔を見合わせた。

 思い浮かぶのは青い髪の女と、赤い髪の男。後者はただの人間と言えるか怪しいが。

「確かにろくなものではなかった」

 うなずきながら言うカーラに、クレフは長い長い溜息を吐いて応じる。

 そうか、この街ではただの人間とは、大した能力も持たない者を示す言葉ではなく、ただびとのくせに封印などされるに至った、相当に頭のおかしい存在を示すものであったわけか。

「良かったではないか、今更ながらに気づけて。これで依頼が続かなくとも、副業の一つくらいは見つけられるのではないか?」

 カーラはそう言って笑っていた。自分もそうしようとは全く思っていないようだった。


「ハイ、クレフ」

 と、扉が開いて顔を出したのは人形のように可愛らしい少女だ。

「サリィか。今日ってもう返済日だっけか?」

 そう言いながらクレフは彼女を迎える。事務所の中に入ってくると、少女はただの人間ではなく、羊のような角と蝙蝠の翼、先端の膨らんだ尾を持った悪魔族であることがわかった。

 彼女とは以前関わりがあり、結局未だこの街に居る。

 大きな屋敷に一人で住んでおり、始めはどうやって生活しているのかと思ったものだが、どうやら金貸しをして利息を得ているらしいと後に聞いたのだ。なお元手となる銀がどこから出たのかは不明だが。


「返済日……?」

 カーラが僅かに片眉をあげる。クレフは先程受け取った報酬の袋を開けながらそれにこたえる。

「ああ、ちょっとな。竜人じーさんがあまりにうるさかったから」

「それはどうでもいい。お前……悪魔と契約を交わしたのか」

 カーラが何故深刻な顔をしているのかが分からなかった。

 いや勝手に金など借りていたら深刻な顔をしない方がおかしいか。

「千ほどね。それに二百はあんまりにクレフが困ってるみたいだったからあげたわ。借金には含まれてないから安心して」

 千と二百。武具商の竜人が言っていた金額とぴたり合っている。カーラは顔をしかめた。

「それで残りは今1400。今回は幾ら返してくれるのかしら」

「……え? 随分と……増えてないか?」

 クレフが眼を瞬かせながら問うと、当たり前のようにサリィは返す。

「利息が増えるのは当然よね」

「いや、しかし……年20パーセントだったよな?」

 まだ二ヶ月しか経っていない。

「月に20パーセントってのはあたし的には良心的よ、相手がクレフだし」


「契約書を少し見せろ」

 と言うと同時に広げられた契約書を取り上げるカーラ。内容を一読して、クレフに聞く。

「これだけか」

「これだけかって……それだけだが」

 カーラは溜息を吐いた。

「これはダメだ。契約書の内容に後から手を加える事を禁止していない。クレフ、お前悪魔相手の契約というものを舐めていたな?」

「……え?」

 そこまでしなければいけないものなのか。

「いけないものなのだ。禁止されていない事や言及されなかった事についてはやっていいものとこいつらは思っている。金の貸し借りのみに限定した契約である事が明記されているからまだいいが、これでこいつに悪意があれば、お前、何もかも取られていたかもしれんぞ」


「というわけで、これ以上の改変を禁止する。いいな?」

「おっけい。まあ、だいぶ長い付き合いになりそうよねぇ……クレフ?」

 サリィはそう言って笑い、金も受け取らずに事務所から去っていった。

「いかんな……ある程度利息が膨れ上がるまでやつめ、逃げ回るつもりだぞ」

「う、うおおおおおおおおっ!」

 金の袋を持って事務所を飛び出すクレフ。

 暫くの後、その姿はアーベルの店にあった。


「で、見つからなかったのかい」

「ああ。家にも居ないし探知をかけても引っかからんし……いったい何処へ」

「あいつら対魔術迷彩も備えてるからなあ。だから最初あの家に行った時もあの子の存在については探知出来なかった訳だし」

 アーベルは肩をすくめながら言う。しかし、その後すぐに笑いをみせた。

「でもまあいいんじゃない? 東の大魔王から銀が届けば、それで返済すりゃあ」

「それ、期待出来るのか? 空からたった一枚硬貨コインが降ってくるだけだったりして」

「いやいや、流石に大魔王がそんなみみっちい事する筈ないでしょ」

 言っているうちに昼時になる。店の中には大勢の客が入り、何も頼んでいないクレフはどうにも居心地が悪くなって裏口の方へと移動していた。

「本当に……流行り始めたんだな」

「いや、普段はこんなに客は来ないよ。今日は随分多い……」

 しかも注文する量がどの客も多めだ。それに加えて、支払いを銀貨コインではなく銀塊ナゲットで行う者が殆どで、計らなくてはならないスゥはとんでもなく忙しそうにしていて声を掛ける事すら出来なかった。

「……妙じゃないか?」

 というクレフの言葉に、アーベルは手近な客に声をかける。


「いったい何があったんだい? 随分と皆、景気が良さそうだけど」

「ああ、街の東門にでかいシルバーゴーレムが来てな。誰の持ち物でもなさそうだったからとりあえずその場に居る連中でばらしちまったんだ。知らなかったんなら惜しい事をしたな。だが、結局あんたの店にその金が入るんだからいいだろ?」

 客の言葉が進む度、アーベルの顔からは表情が失われてゆく。

「……それ、僕の銀じゃない?」

 全てを聞き終わって、アーベルは掠れた声でそれだけを呟いたのだった。


 その日の売上は空前の規模に達したが、それをクレフの借金返済に充てる件についてアーベルはだいぶ渋った。

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