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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
1.失ったものへのスタンス
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17.他愛もない、けれど深刻な、嘘

 メディアは膝を落とし、その場に座り込んでいた。

 その肩に手をかけるカトランに取りすがって泣く。


 何が起きていたのか、正確なところは把握出来ない。

 しかし、もう緊張は解いても良いのかと、クレフ達は深い息を吐き出していた。

 だが。

「う……わわっ」

 慌てたような声をあげるアーベル。

 その視線が向く方向を、疲労しながらもクレフ達の目がゆっくりと追ってゆく。


「…………ニー、ア」


 そこには彼女が居た。かつての姿で。


「目、治したんすか……ゲッシュさん」

 レイリアは警戒しながら彼女を見ていた。これまでずっと視覚を"封じ"、自ら動く事を"否定"して来た彼女が傷を癒やして立ち上がったのだ。尋常な事態ではないと思わざるを得ない。

 というか、彼女はつい先程やらかした。

 その続きをしようというのか、という想像に至るのが自然だ。

 けれど、何だろう。レイリアは未だ武器を手に取っては居なかった。彼女に感じる禍々しさは、以前に比べれば随分と弱まっているかのように思ったのだ。

 あの涙のせいっすかね、などと思う。

 彼女に変化があれば。そう願うような気持ちだった。

「はい。もう……要らないので」

 それでも声が響けば、ぞくりと背筋が震えてしまう。


 彼女は顔を上げて、静かに立っていた。

 自分の中で結論が出た事ではあるが、もう一度おのれに問い直す。

 まだ――わたくしは、彼を殺したいのだろうかと。


 殺したい。それは確かだ。

 だが、今では色々と冷静になれた事もあって、その殺意には理由がないものだということも受け入れられている。これはたんなる逆恨みに過ぎない。

 彼らには自分を恨む理由があっても、自分に彼らを恨む理由など無いのだ。

 いや、自分を恨む理由があるのにも関わらず、彼がそうしない事こそ、わたくしには受け入れ難かった。――そう考えると理由はある。

 どうしようもなさという理由が。

 おのれがそういう、どうしようもない生き物であるという理由が。


 ただそれを受け入れるのは楽だ。

 笑い、殺し、破滅へと向かってゆく。それはひどく楽しい。

 受け入れてしまえば快楽そのものだった。

 だが――。


 楽しいから選んでいた、から、こそ。

 ……そうでなくなれば、もう何の理由も存在しないのね。


 あの獣人め、ほんとうに――興を削ぐような事を言ってくれる。

 この何もかもが下らない世界。

 この何もかもに価値のない世界で、何も自分からは捨てたくはないなどと。

 このあそびは、他人の事なんて考え始めてしまったら、もう出来ないのよ。


 絶望し、向ける悪意と向けられる悪意を愉しんでいたわたくしが、ふと失笑してしまった。

 悪意に善意を返されたところでただ腹立たしいだけのわたくしが、ふと耳を傾けてしまった。

 そうして、少し相手の事をわかってしまったら。

 もう、立ち尽くすしか出来なくなってしまった。


「……クレフさん」

 最初に会った時のような声で、ニーアは彼の名前を呼んだ。

「……久しぶりだな」

 気の利いた台詞一つすら出て来ない。それはいつもの事だが。

 ニーアは糸のように細めた目でクレフを見ていた。

 眠たげで、微笑みがひどく分かりづらい。


「お変わりないようですね……」

「そっちは……少しやつれたな」

 二ヶ月ほどしか経っていないが、仕方がないだろう。


 変わらない。へんに真面目で言うことに面白みがない所も。

 わたくしの事を警戒しながらも、あちらから構える事は出来ない所も。


 こんなにも……つまらない男だった。

 そう。わたくしは、ようやく――他人にこの言葉が言えるのか。


 殺す価値もない――と。


「ええ……。このような生活では、仕方がありませんね。けれど、わたくしは今の生活に満足しています。共に行動する方達も、良い人たちばかりで……」


「このヒトが言うと別な意味にっぎ!」

 アーベルの脛がカーラに蹴られる。まだお前が口を出すのは早い、とばかりに。

 なおパメラとレイリアは若干青ざめていた。

 何かを頼まなければ動こうとしないゲッシュを、この二人はあまり良く扱った覚えがない。


「ときに。あのホーリーシンボルは、まだ持っておられますか」

「え……あ、ああ。……ここにあるぜ」

 クレフは胸元からホーリーシンボルを取り出していた。彼女の宗派に改宗した際渡されたものだ。円と十字、それに下向きに伸びた翼を組み合わせた、やや装飾過剰と思えるもの。

 クレフがそれを持っている事にニーアは驚くでもなかった。当たり前のように表情を動かさない。しかし口から飛び出したのは全く逆の言葉である。

「あなたにとっては、もはや。忌まわしいものでしかなかったでしょうに。どうして、それを捨てずに持ち続けていたのか……わたくしにはわかりません」


「そりゃ、まあ……な」

 クレフはそれを否定しなかった。やや考えた後、再び口を開く。

「捨てられなかった。あんたを思い出すことを恐れていたが、同時に忘れたくもなかった。俺は何故――あんたにあれほど憎まれたのだろうと、そうずっと思っていた。でもな……」

 考えながら言葉を継ぎ、クレフは続ける。

「今では仕方なかったんだろうって思ってる。あれ以外にあんたから生き延びる道はなかったんだろうし、そうすると俺の感じ方は間違ってなかったんだろうと思える。その上であんたから憎まれるなら、俺はそれを忘れないまま、あんたとは会わない。このままが一番いいんだろうってな」

 今回は仕方なくこうなってしまったが、望んだことではなかった。


 細く長い糸でずっと繋がっている。

 それがクレフとニーアの、最良の関わり方。

 ニーアはそれを聞き、うなずいていた。


「では、それを続けなさい。わたくしの――唯一の信徒、クレフ」


 彼女は踵を返し去ってゆく。行く手にいたパメラとレイリアが短い悲鳴をあげて道を開ける。

 と、彼女は不意にぴたりと足を止めてクレフを振り返っていた。


「そう――ひとつだけ面白い事をあなたには教えておかなければ。クレフさん、あなたの治療はわたくしが行いましたが、それにわたくしが何を用いたか――知っていますね」


「あ、ああ……蘇生リザレクションだろ。再生リジェネレイトで回復しきれなかったから、その後にもう一度……」

「いえ?」

 ニーアはそう言って、くすくすと笑った。以前にも見た笑いを。

「最初に使ったのが蘇生リザレクション。それでなくては効かなかった。クレフさん、あなたは――わたくしの前に連れてこられた時、既に死んでいたのですよ?」


「え――?」

「な――」

 メディアが同時に小さく声をあげるが、クレフにはそれどころではなかった。


 頭の中がざわつく。死――? 確かに、蘇生リザレクションは、その名の通り死者の蘇生をも。

 いや、おかしくはないか? 蘇生リザレクションは最高の治癒魔法。完全に効果を発揮したのなら、その後に身体を動かせないほどの後遺症など残る筈が――。

 しかも、その後に再び、他の人間を部屋から出して行われた治療とは、なんだ。

 覚えていない。自分がされた事なのに、覚えていない。

 あの後俺は、見たものを分析したのではなく、知識の中に最初からあったものをアーベルに対して披露しただけだった……か?


 震えながら呆然と佇むクレフの場所へと、ニーアが歩み寄る。

 クレフはそれにも気付かないように、記憶をたどり続けている。


「あなたは……そのホーリーシンボルに、毎日大量の魔力を注いでくれていますね。特に魔術を使う予定などがなければ、余剰ぶんを全てと言えるくらいに。驚きました。もしや、気付いているのではないかと思いましたよ。わたくしの命を繋ぐことが、自身の命をも繋ぐものである、と――」


 耳元で囁かれた言葉がクレフの理解を否応なく呼び起こす。


「あ――」

 振り返るクレフに、ニーアはその眼を開いて笑いかける。


死霊術ネクロマンシー――ごきげんよう。祈りなさい、その生命尽きるときまで」

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