14.大魔王との最後の"喧嘩"
「ああ、楽しい。じゃが、そろそろ終わりよの……」
飛びながらノエニムは言っていた。ひどく悲しそうに、ひどく残念そうに。
大魔法は既に完成していた。円形に虹色の光が立ち上り、開放されるのを待っている。
転送先で使われる転送魔術に対し、戸惑いながら舞う精霊たち。
だが少しばかり遠くへツヴェルケルが送られただけでクレフ達にとっては絶望である。
この西の大魔王が勝利する事を願うしか、もはや仕様がなかった。
「当てられるのか、という問題が残っている。もうネタは割れている」
「確かにの。そなたなら……幾ら不可視じゃろうが何じゃろうが、避けてみせるじゃろうよ」
油断なく構えるツヴェルケル。
ただ一発躱せばいい。二発目を用意する時間など無い。与えない。
全周囲に神経を張っていた。何が起ころうとも見逃す気はなかった。
俺をこの場へ足止めするための何かを、魔術を、この化物は準備しているのだろう。
さあ、仕掛けてくるがいい。何が来ようとも――。
そこで、ツヴェルケルは何かふわりと、自分の頬に当たる風のようなものを感じた。
「おや。結局気付かぬままとは情けない。これだけの大魔法、発動の際には分かりやすい演出が付き物じゃと――まぁ、そなたなら思ってしまうじゃろうなあ」
白い光が膨れ上がるのを、クレフ達は絶望と共に見送っていた――。
光が、収まる。
笑いながらそれを見ていたノエニムは「は?」と間抜けな声を漏らした。
何も変わらないツヴェルケルがそこに居る。担いだ剣には虹色の光が灯っている。
おかしい、何が起きた。こんな事はありえない――などという無駄な思考は無く、真っ先に解析を起動する。見落としているものがあるはずだ。
スキル全てを表示させる。そして、ノエニムは表情を強張らせた。
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・大魔王からは逃げられない [称号:不死の魔王により付与]
戦闘終了のタイミングを自ら決められる。
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「俺は、あの時からずっと、お前との戦いが終わったなどとは考えていない」
「あ――」
耐性を持ち越していたというのか。
だが待て。無効化耐性は三発目からではないのか。二発目ならば半減と。
いや……こいつは言った。二度通じると思うなと。
こいつは、沈黙はするが嘘は吐けない。
ノエニムは軽く息を吐き、敗北を受け入れた。
そして大きく両手を振り上げていた。
「降っさあぁぁぁぁぁああぁあぁあん! 降参じゃ! いやあ強いのぅ、流石英雄よのぉ。この吾を下すとは、五千年生きておって初めての経験じゃぞ?」
にやにやと笑いながら降りてきて、ツヴェルケルの顔をぺちぺちと叩く。
「うむっ! そなたには吾が領地を半分取らせようぞ。遠慮するでない、このこのぅ」
ぐりぐりと肘でツヴェルケルの肩をつつき、そうしてから離れる。
「と、こんなものじゃな。英雄よ、そなたは戦意の無い幼女を斬るような事は出来まい。たとえ中身が違うと分かっていても、の。しかし同時に嘘も通じぬ……きちんと吾はこの場を退き、現在の半分の領土をそなたに与え、こちらからは出ぬと約束しよう」
ノエニムは続いてクレフ達をざっと見回した。
「そなたらも……それで良いか? 他に条件を出したいと言うのであれば従おう。吾は完璧に負けたのじゃから」
「えっ……じゃあ、銀」
ぽかんとしていた一同であったが、アーベルが反射的にそう呟くようにして言う。
「ふむ、銀か。届けさせよう。では――さらばじゃ」
ノエニムは去っていった。
一切こちらを振り返らず、空を飛んで、ものすごい勢いで去っていった。
誰も、何も言わずに――言えずに、それをただ見送っていた。
「ん、あ、うん……ちょっとこれ、言っちゃっていいか分からないんだけど」
アーベルがこめかみを指で揉みながらそう口を開く。
「馬鹿らしくないかい!?」
ツヴェルケルはその言葉を聞き、溜息を一つ漏らしていた。
「やつは……いつもああだ。ここまでアレなのは珍しいが、大体あんなものだ」
クレフ達はツヴェルケルを見ていた。彼は最初に会った時のような、疲れた顔を浮かべていた。
「しかし、あんたが西の大魔王だなんてな」
何を言っていいのか分からず、当たり障りのない事を言うしかない。
「そんなふうには、とても見えない」
「それは……この場に配下が居ないからだろう。居れば、俺はそう振る舞うしかない」
「まさか戻るつもりなのか」
カーラが問うと彼はうなずいていた。
「街に住んじゃえばいいじゃないか。きみだったら何の問題もないだろ?」
アーベルが彼に近寄りながら言っていた。しかし彼はその分だけ離れてゆく。
「いいや。待っている者が居るなら行かねばならない。俺は……そういった存在だ」
訳のわからない事を言う彼に、4人は沈黙する。
「だが……一つだけ、今の俺にも望みがある」
あの時と同じ、不意に人に戻ったかのように表情を変えるツヴェルケル。
彼はだいぶ長く迷った末、それを口に出していた。
「俺と一緒に来てくれないか、スゥ」
「………………え?」
何を言われているのか分からないといった顔を浮かべるスゥ。
だが、カーラとアーベルは、やはりといったように息を吐いていた。
そうだ、わからない方がおかしい。クレフとしてもそれは同じだ。
彼が、ずっとスゥを見ていた事を、スゥだけは気付かなかったのか。
「君が、俺の知る人と違う事はわかっている。けれど、君は思い出させてくれた。それから俺は君をずっと見て、君自身に惹かれていった。何も持っていないのに、全てを他人に与えようとしているかのような、君に」
スゥは、やはり分からないといった顔をしていた。
何度も何度も助けを求めるようにクレフを振り返る。
クレフは、自分がそう遠くもない以前に、彼女を自分から離れさせなくてはいけないと思った事を思い出して、その目をまともに見る事が出来なかった。
本当にいいのか、と問うようにして、スゥは一歩一歩あるいてゆく。
ツヴェルケルとクレフを交互に見ながら。
そしてその丁度中間に彼女が辿り着いた時、クレフは叫んでいた。
「スゥ……ッ!」
彼女は、駆け戻ってくるのではないかと思っていた。
けれどスゥは、その場でひどく迷い、しゃがみ込んでしまっていた。
――なんだ、この敗北感と、どす黒い感情は。
「迷っているようだな。そして、お前も――」
ツヴェルケルは言って、片手半剣を投げ捨てる。
「ならば、男がすることは一つだ」
拳を構えるツヴェルケルを信じられないものでも見るかのように、クレフは見つめていた。
「魔術を使って構わん。俺は不死だ。そちらにだけ死のリスクがあるのは不公平と思ったため、剣を捨てた。これはハンデですらない……正当なハンデを与えるなら俺は死なねばならん」
ツヴェルケルの語る言葉が現実味もなく辺りに響く。
自分は、こいつと闘うのか。まるで冗談のようにクレフはその事実を眺める。
「カーラ……カーラッ、なんで、動かないのさ」
アーベルは震えながらそう呟いていた。
「カーラ、勝てるわけないじゃないか! クレフ一人で! いくら剣は捨てたって言ったって……」
「アーベル、黙れ」
カーラは困ったような顔で三人を見ていた。
「これは喧嘩だ。手を出してはならない」
「何でさ……」
「や、あたしもそう思うっすよ。先代」
未だに納得が出来ないらしいアーベルに、レイリアが口を開いた。
「これは喧嘩っす。いや……喧嘩にしておかなきゃいけないものっす」
「う……」
ここまで来ればアーベルも認めるしかない。
これを殺し合いにしてはならないのだという事を。だから全員が、ただ黙っていたのだ。
「……ああ、そうかい。それなら……」
言って、アーベルは覚悟を決めたように進み出し、クレフの隣に立った。
全員の無言の制止を見えていないかのように振り払う。
「喧嘩って事なら僕にも混ざる理由がある。その子は……スゥちゃんはさ、うちの店の看板娘でね。勝手に連れてってもらったら困っちゃうのさ。彼女目当てのお客全員を代表させてもらうよ」
「……いいだろう、立派な理由だ」
ツヴェルケルは笑いながらそう言っていた。




