11.クレフの魔術講義
休憩はそのまま野営の流れになった。
クレフの荷物は捨ててきてしまったので、スゥが持ってきていた分しか残っていない。
クレフ達は火を起こし、携帯食を分け合って食べ、マントを使って横になる。
夜間の警戒は交代で5分割という事となった。
睡眠時間の分割が起こる中間は男性陣が担当し、女性二人は最初と最後。
未だ体調優れないカーラは最後になるという事は誰が提案するでもなく当たり前のように決まる。
後は中間3つの順番決めになったわけだが。
「クレフ様は特別疲れているでしょう。ひと一人を担いで駆け回った訳ですから。なので、二番目にしてあげるのが良いと思います」
そのようなスゥの提案で、クレフの見張り番はスゥの後と決まっていた。
「クレフ様、クレフ様」
優しく揺り動かされて目を覚ます。
たった1時間半の仮眠だ。熟睡していた訳でもなく微睡む程度。
すぐに目を開けたクレフはスゥに礼を言って見張りに立とうとするが、スゥは寝ようとはせずそのままクレフに付いて来ていた。
「……どうした? 何か、用事があったのか」
そう問うと、スゥは少し迷ったように首を動かし、しかし自分の望みを告げる。
「あの。わたしに魔術を教えて欲しいのです」
魔術を教える、か。
「あ、いえ、才能がない事は分かってはいるんです。でも、少しでも。わたしにも出来る事が増えたら、もっとクレフ様のお役にも立てるのではないかと……」
少し考え込むようにしたクレフを見て、スゥは続ける。
だが、クレフが考えたのはスゥに才能が無かったからではない。むしろ、逆だ。
以前アーベルと話した事があるのだが、魔力を見るアーベルの目から見ても、スゥの魔術への適性はそう悪くはない。恐らくカーラよりも上だろう。
これは、彼女が白き民の両親から生まれたチェンジリングであり、純粋な黒き民とはやや異なるからではないかと、そういった結論となっていた。
スゥは黒き民の女性としては細い。
黒き民の持つ良質な筋肉と強靭な骨格はそのままだが、筋力的にはやはり少々劣った。
その分、抑えられる筈の魔力はその制限を解かれているかのようだったのだ。
魔術を戦闘補助程度にのみ用いる魔法剣士や魔導暗殺者を目指すというのが黒き民の女性には適していたが、それには少々勿体無い。
どちらも同等に使いこなす、言わば――前衛魔術師とでもいえるような道が、スゥには可能なのではないかと思った。そんな職が存在するとは聞いた事がないが。
だがまあ、とっかかりだけならば良いか。
この先あらためて魔術を学ぶとしても、特に無駄にも邪魔にもならないだろう。
――といった考えをそのままスゥへと伝えると、彼女は喜んでくれた。
才能があるという事についてはあまり信じていなかったようだが。
単にこの場で魔術を教えられるという事について、良かったと。
「ではまず……魔術っていうのは、実は決まったやり方は無いに等しいんだ」
イメージを魔力と結びつける。根本的にはこれが魔術の全てだ。
呪文の詠唱だの印を結んだりだのはその補助に過ぎない。
というか、大量にある魔術を咄嗟に使い分けるために、魔術の効果を端的に示し、他と区別が付けやすいような呪文や印を作って振り分けているだけだ。
あとは、それを唱える事で瞬時にイメージが構築されるよう、条件反射となるまで訓練を重ねる。そういったものである。
使用する魔術を絞る気ならば、呪文の省略や独自の呪文を使うのも選択肢に入ってくるのだ。
「だが、省略はしない方がいいだろうな。それをやっちまうと、新しく魔術を覚える時が面倒くさい」
「まずは、何をすればいいのでしょうか」
スゥに問われ、クレフはやや考え込む。
通常まずは魔力を扱う感覚を覚える所から始まる。水に浮かべた木の葉を回したりなどして、イメージを魔力が実現する感覚をつかむのだ。
だが、スゥが望むのはこの旅の間に多少でも役に立ちそうな魔術を習得することだろう。
「スゥが使いたいもので、簡単なものを一つ覚えてみるか」
そう言うと、スゥは目を輝かせてうなずいた。
「今の戦闘スタイルに合っているのは……やはり魔力剣と筋力強化、いや軽量化かな」
「軽量化……とは?」
聞き返されて、クレフは少し言葉に詰まった。
「ああ。筋力強化の別名なんだが。教える時にはこっちの名前なんだよな、基本」
スゥは良く分からないというように首をかしげる。
「魔術はイメージだって言ったろ。なので、その効果はどうしてもイメージに引っ張られるんだよ」
クレフはそう言っていた。
魔術を使っても、自分が出来ると思えない事は出来ない。
例えば筋力強化を使えば、やっとの事で持ち上げられるような剣を軽々と振り回せるようになる。立っているだけで精一杯の状態で、普段どおりに動き回れるようになる。
しかし元から持ち上げられるとは思えない大岩を持ち上げたり、人の力で曲がるとは思えない鉄格子を曲げたりするなどというのは不可能だ。拳で壁を突き破ろうとすれば拳の方が砕ける。
イメージとしては完全に軽量化。
しかし実際に起きている現象は筋力強化だ。別に軽々と振り回しているその剣や、荷物が軽くなっている訳ではない。
出来ると思えない事は出来ない。火炎や光の槍を生み出しておいて今更何を、と言われるかもしれないが、自分の肉体が出来る事、その限界というものはどうしても自分で良く分かってしまう。
「ですが、カーラは以前、あの重いアダマンタイトの剣をとんでもない距離、投げていました」
「ああ……あれな」
クレフは俯くようにして言う。
彼女は、カーラは、おそらく筋力強化を使っていない時間の方が短いのだろう。
普段から筋力強化を使い続け、自分が超人的パワーを元から持っているのだと思い込む。
魔術によって強化された状態を基本とし、自分の身体イメージを拡張する。そこに更に筋力強化をかければ、とても現実とは思えないようなことを人の身でやってのける事が出来る。
これが筋力強化の重ねがけというやつだ。
だが、これには欠点もあった。カーラは黒き民の女性としては魔術の適性が高い。それなのに、彼女が使用する魔術は光波と簡単な物理障壁、対魔法障壁のみである。
普段から使い続けている筋力強化に魔力を食われ、殆ど余力が残っていないのだった。
彼女の超戦士ぶりに救われた事も多いが、本職の魔術師としてはこれを勿体無いと思ってしまう。
「普通、小柄な兵士の方がこれには陥りやすいんだけどな……」
クレフはそう呟いていた。
白兵戦においてリーチ負けは致命的だ。よって小柄な兵士ほど、魔術の力を借りても巨大な武器を使いたがる。
特に若い冒険者にはその傾向が強かった。身の丈を越すほどの大剣を引きずっている少年少女達を、クレフも街の冒険者ギルドを覗いた時などに良く見たものだ。
しかもこれは、途中でやめられない。筋力強化を解いた時の"弱体化"に大抵の人は耐えられない。
持てる筈のものが持てない、跳べる筈の距離が跳べない。これは事故の元にもなる。
どれだけの才能ある少年少女達が、その魔力容量の殆どを筋力強化へと割いているのか。
まあ、クレフなどに心配される筋合いは無いのだろうが。
「へぇっくし! ……カゼっすかね」
レイリアは巨大な大鎌を引き寄せながらマントの襟を絞っていた。




