9.心を叩くもの
「街の中には居なかった、か……」
再び、封印街の北門前に立ちカーラはそう呟く。
「なんだか、懐かしい気分だよねえ。5人でここに立ってるってさ」
複雑な微笑みを浮かべながら言うのはアーベルだ。捜索期間は一週間が取られ、ペースとしてだいぶ余裕がありそうだったので、店の定休日を待って出発することとなったのだ。
「あんたには悪かったかな? 解放するのが遅くなっちゃって」
「構わない。街の外であれば、俺も行かねばならないと思っていた」
ツヴェルケルはそう答える。
もうテーブルの弁償分は充分に働いてくれたと思うのだが、あてがないとして事務所に寝泊まりし、アーベルの店で食事をするその費用を賃金代わりとすることで話が纏まっていた。
だが。
カーラはツヴェルケルをじっと眺める。男の視線はスゥへと向いている。
そちらが目当てであることは間違いのないことか。
きっと金を取ると言ってもやつはここに居たろう。
「今回は保存食も準備した。野営用品もな。一日で終わるとは思えないし」
大きなリュックを背負ってクレフは言う。
「こんな場所だっていうのに、野宿なんて久しぶりな気がします」
スゥもそのうち幾つかを引き受け、背負い袋に纏めていた。
「じゃあ、行くか」
荒野へと。
誰も居ない門を抜けて、クレフ達は乾いた大地へと踏み出していた。
「――使命について、聞いても構わぬか?」
装備の補修を続けながらカトランは言う。
これからはメディアにこういった事は任される。それぞれの装備についての注意点を告げながら、一緒に作業を進める中での会話だ。
「……もう、無意味なことですけれどね。いえ、初めから意味がなかった。本当に行けるかどうか分からない、そして決して帰れない場所へと送られ、その効果を確かめることすら出来ない任務に就かされ。今ならば認められる。私は……貴方達同様、ただ追放されただけなのだと」
認めたくはなかった。
あれほどはっきりと言われていたというのに、それでも。認めたくはなかった。
称賛を受ける筈だった。
英雄になれる筈だった。
たった一人生き残った時点でまだ、そうなれるのではないかと思っていた。
自分が――ただ惨めすぎた。
「そのような言われ方では、何があったのか分からぬがな」
カトランは作業を進めながら言う。
「決して、無意味ではない。無価値ではないと思うぞ。人族の年齢は良く分からんが、お前はまだ若いように思う。全ては終わり、しかし何一つ終わってはいない。これからどうとでも始められる」
そして口許にわかりにくい笑みを浮かべた。
「俺など見てみろ。俺の人生はもうしっちゃかめっちゃかだぞ。だが楽しんでいる」
「貴方に何が起きたのかはわかりませんが……そのようです」
苦笑するメディア。
「ああ。つまらん話だが、いずれその気になったら話してやるさ」
暫く、そのように二人で作業を進めて。
唐突にメディアは口を開いていた。
「私に与えられた使命とは……ある男の抹殺。魔術師クレフの抹殺です」
ぴくり、と。それまで動かなかったゲッシュの顔が引き攣る。
しかしそれにカトランとメディアの二人は気付かなかった。
「前に街から出た時は、そりゃ酷い目に遭ったもんだな」
クレフはそんな事を言いながら、しかし懐かしげな表情を浮かべていた。
狂った聖女に導かれ、北の大魔王とも対決し。
結局本当の意味であれは終わっていない。彼女は生きているのだから。
死を望まれる事に慣れた女。
憎悪を向けられる事に慣れた女。
そんな彼女の命を奪う事を、クレフにはどうしても考えられなかった。
そしてそれこそが彼女にとって最大級の地雷であったのだ。
彼女には会いたくない。決して良いことにはならないだろう。
彼女はクレフを殺す事でしか先へ進めないだろうし、クレフは決して彼女を殺せない。
そんな彼女が今どこにいるのかは分からないが。
出遭う可能性がある場所にこうして出向くというのには、恐怖があった。
「でもなあ、それだったら別の門からまず出た方が良かったんじゃない?」
アーベルがそう言うが、カーラはそれに呆れたような声を返した。
「お前、忘れてしまったのか? こちらには心当たりが一人居るだろう」
「……あ」
ぽん、と手を打つアーベル。
槍を使う虎顔の獣人。クレフとカーラがまず最初に思い浮かべたのは、やはり彼だった。
まさかそんな都合が良い事はなかろうと思っていたのだが。
今は彼がそうであってくれれば良いと、そういった心境だ。
「ち。名前すら聞かずにおいたのは失敗だったな」
カーラが舌打ちをこぼす。確かに、彼女はあの後も彼と会う機会があったのだから。
「まあ、探さなきゃいけないのは変わらないだろ。荒野の情勢はまだ収まってない。東西の大魔王が領土争いをしてるんだからな。彼らも隠れ潜んでる筈だ」
クレフの言葉をツヴェルケルは無言で聞いていた。
「いっその事、街に来ちゃえば良かったのに」
今のカトラン達の仲間を知っていれば決して口には出来ないだろうことを言うアーベル。カーラは鼻で笑い、それに返していた。
「そうだな。お前が全員雇ってやるといい」
「うぇ、それは、ちょっと……はは」
引き攣った笑みを浮かべるアーベル。街に住むというのもそれで解決といえるほど容易ではない。
現在のカトラン達は主に略奪を生業としていた。街から出て来る物資を奪うのだ。
何故そんなものが出て来るのか、というと。
現在街で流通している貨幣は主に銀だが、銀は街では採れない。
外にある鉱脈を掘らねばならず、そのための拠点が点在していた。
東西南北、今は北は不在だが。その大魔王達はそれら鉱山から税を取る。
時折鉱山への物資を奪い、それ以外の必要な物を手に入れる。
これでは結局街の中と外の取引、山賊ごっこに過ぎぬではないかと思われるかもしれないが、街に住むことを選ばなかった魔王達にとっては武力によってそれを成す事こそ重要だった。
「しかし、だな。ふと思ったのだが」
歩きながら、カーラが口を開く。
「隠れ潜んでいる者達を見つけ出し、接触を試みる。これはつまり、現在北に居る独立勢力を片っ端から潰して回ることと変わりがないのではないか?」
クレフ達の間に沈黙が落ちた。
「えっと……ん、……そうなるか?」
「いや確かに、そうなるんじゃないかな。あっちも警戒してるし友好的な訳がないし」
唸るクレフにアーベルが答える。
のんびりとした人探しの旅だと思っていたのに、どうしてこうなった?
「それとだ、ついでに言うと」
カーラは長剣の柄に片手を載せる。
「既にそのうちの一つには捕捉されているように思う」
「嘘でしょっ!?」
アーベルは探知術式の範囲を広げながらそう叫んでいた。




