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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
1.失ったものへのスタンス
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プロローグ

 王の前には一人の女が立っていた。

 金色の髪を丸めて髪留めで止め、切れ長の目にはアイスブルーの瞳が嵌め込まれている。化粧っ気の無い顔はしかし秀麗に整っており、触れる事を躊躇わせる美しさを放っていた。

 その身に纏うのは手入れの行き届いた銀色の鎖帷子と聖印を染め抜いた白いサーコート。

 教会所属であるため王の前でも膝を屈さぬ事を許されている彼女は、無言でその目を伏せている。


「あれから2年、か……」

 玉座の肘掛けを指先で叩きながら、王は呟くように口を開いた。


「未だ、魔王城に残された聖剣を持ち上げる事はかなわん。メディアよ、これをどう考える」

「は。……異界へと消えたクレフ殿は、未だ生きているのか、と……」

 王は深い溜息を吐き出す。

 死んでいてくれれば良かったのに、と。口には出さずともそう考えているのは明らかだった。

「まあ、それ自体はな。次に魔族が侵攻して来るまでには、人の寿命なぞ尽きるほどの時があろう」

 メディアは無言のままだ。

「だが、な……。王家管理の勇者が証、聖剣が魔王城の中に残されたまま、というのは……」


 初代勇者が作り上げた王国。

 メルキア、ドナウ及びアルメリス連合王国筆頭のメルキア国としては立場がない。

 魔王軍撃退後の領土再確定においてもメルキアは発言力をやや減じ、その版図を開戦前よりも若干ではあるが縮小してしまっていた。


「教会としてはどう考えているのか。それを聞きたくて今日はお前を呼んだのだ」

「魔王を討つのには成功したとはいえ、目の前でクレフ殿が異界に消える事態を許した我が身です。責めを受けるのは当然と心得ております」

 王は再び溜息を吐く。

「戦功はある。認めねばならん。よって今日呼んだのはそれを責めるためではない」


 メディアはそれを聞いてから、口を開いた。

「……教会はこの事態を重く受け止めております。可能ならば教会の力によって、この事態を解決したいと。こちらから王へと進言すべし、そう言われて参りました」

「ふむ……教会が、やると言うのだな」

 貴族連中はこの件に一兵も出したがらないだろう。彼等も、魔王戦役によって失った領土の回復、そして魔王戦役により主を失った貴族領の再分配に必死になっている。

 いや。必死になって、声高に己の戦果を叫び続けているの間違いか?


「……変わらぬ支援をいただけるのであれば」

 それは増やせという事か、と王は広間の天井を仰ぎ見た。

「分かった。そなたらに任せる、と。そう伝えるが良い。支援の方も考えておくとな」

「は。感謝いたします」

 言って、十字騎士クルセイダーのメディアは深々と頭を下げた。



「……こんなもんか?」

 クレフは汗を拭って今日一日の成果を見上げていた。

 彼は魔術師ではあるが、魔術で何でも出来るという訳でもない。魔術師として際立って優秀という訳でもなく、いいとこ中堅といった所であるため知ってはいても出来ない事も多い。

 それでも、このくらいなら普通に大工仕事にたよるのが一番早いだろうと思えたので多少は気が楽だった。


 この街にある空き家は自由に使って良いと言われたので、良さげな物件を探し。

 結果見つけたこの真四角な2階建ての家屋を掃除するのに三日間。

 仕上げに、入り口の前にいびつな看板を打ち付けたのが今日というわけだ。

 そこには『C&C探偵事務所』と書かれていた。


「この街で探偵の需要があるとは思えんがな」

 隣に立つ女性が口を開く。

 彼女の身長は、標準的と言える体格のクレフから見てもだいぶ高い。

 横幅もなかなかにあった、が、その身体は誰が見ても完璧と評するほかなかったろう。

 鍛え上げられた筋肉は飽くまでやわらかく、その上に薄く乗った脂肪は彼女の肢体を丸みを帯びて整えさせ、女性としての特徴は強調されつつも調和していた。

 その顔立ちも含め、まるで彫像のよう。

 人とは種族が違うのだという事を、その黒い肌や白銀の髪、生え際から二本突き出した黒い角も含め、彼女の全身が主張していた。


 彼女はクレフの敵である。いや、かつて敵だった、と言った方が良いだろう。

 ここへ送られる前、クレフは勇者として、彼女――カーラは魔王として対峙したのだ。

 それが何故このように肩を並べて同じ建物を見上げているのか。

 それは結局のところ、仕方なくそうなった、と言うしかあるまい。


 彼等が居るこの街の名は封印街。

 多数の世界で封印された魔王と、共に封印されたその側近だけが住まう街。

 同じ時、同じ世界から送られた者である二人は、自然に行動を共にすることとなったのだ。


 ――いや、もう一人いたか。


「……どういう事ですか」

 全身から殺気をぶちまけながら、しかし飽くまで言葉と態度は静かに戸口に現れる女性。

「スゥ? 手伝いに来てくれたのか」

 クレフはそう言いながら彼女を振り返り、そのただならぬ雰囲気に一瞬固まっていた。

「待て、待て待て。言っていなかったか? どこも雇ってくれなかったんで自分で仕事を立ち上げるって」

「聞きました。珍しく店の予約が数日間いっぱいになってしまっていたので、お手伝い出来ず申し訳ありませんと答えました。いつも通り店の一席を無意味に占拠していたカーラが代わりに行ってやろうと答えて、クレフ様がものすごいイヤそうな顔をしていたのも見ました」


 スゥと呼ばれた少女は言いながら建物の中へと入ってゆく。

 さらさらと流れる長い銀髪。黒い肌、二本の角。彼女もまた、カーラと同じ種族であることがわかる。

 しかしその体格は随分と異なっていた。

 彼女の身長はクレフと同じほどしかなく、その身体はまるで少年のようだった。鞭のように締まった肉体はごく細く、胸の膨らみは控えめという言葉すら当てはまらないだろう。

 それでも決して男と見間違えはしないだろう空気といったものを、彼女は纏っていたのだが。

 今はそれがだいぶ悪い方向へと向かっているようにクレフには思えていた。


「カーラ! カーラッ! どこに居るんです! 表の看板はどういう事なんですか! C&C! クレフアンドカーラとは一体ッ!」

「お、落ち着け! 頼むから落ち着いてくれスゥ!」

 なお細身であってもクレフはスゥに腕力で絶対に勝てない。

 体格を見ればクレフの方が当たり前に重く見えるが、その実10キロ近くスゥの方が重いのだ。やはり同じ種族では無い。肉体を構成する骨と肉のつくりが違う。

 建物の中全てを見て回り、カーラが居ない事を完全に確認し、ようやくスゥはクレフへと向き直った。


「クレフ様、説明していただけますか?」

 クレフには分かっていた。この目は危険なのだ。一度殺されかけたのだから。

「いや……あいつも無職だからさ。あと、良い職が思い浮かばなかったから何でも屋的な気持ちで探偵事務所とつけたんだが、この街で荒事が持ち込まれたら俺じゃあ対処出来んし」

「そんなものはわたしに頼んでいただければいいじゃないですか」

「うーん……アーベルの店も今は結構忙しいんだろ? スゥが入ってから客もだいぶ増えたって喜んでたしさ、あいつ」

「だったら、クレフ様はもう働かなくていいじゃないですか! わたしが養います!」

「それは流石に俺が情けなくなっちまうだろ……」


 がっくりと肩を落として椅子に座り込んだクレフに、スゥも流石にそれ以上は言って来なかった。

 そのかわりに、スゥは膝をついてクレフの頭を胸に抱いてくれる。どこまでも優しく。


 クレフには、スゥが何故こうも自分に好意を寄せてくれるのかがわからなかった。

 きっとこれは恋でもなければ愛でもない。あまり健全な気持ちではないのだろうと思う。

 クレフと会うまで徹底して人間扱いを避けられていた彼女の、依存なのだろうと。


 何とかしてやらないとな。そう思う。

 何しろ、カーラやスゥといった黒き民の寿命は白き民であるクレフよりもとんでもなく長いのだ。

 自分と死別した後も彼女の人生はずっとずっと続いてゆく。

 自分から離れさせる事を、最後の仕事としなければならない。クレフはそう考えていた。

 それでも、クレフ自身スゥに甘えてしまう部分が大きい事を情けなく思うのだが。


「ほう?」

 戸口で声がした。そちらを見ると、食品の詰め込まれた袋を抱えたカーラが立っている。

「いや、お邪魔だったかな。もうしばらく時間を潰して来ても良いのだが」

 肩をすくめながらそう言ったカーラに、スゥが立ち上がる。

「カーラァッ!!」

「待てって言うのに!」

 逆にスゥにしがみついて止めながら、クレフは、今日もまたひどい一日になるのだろうと。

 それだけを確信していた。


 C&C探偵事務所の看板に、1文字が追加される。

 打ち付けられた板にはSの文字。

 かくして、クレフの事務所は営業初日にしてその名を変え、SC&C探偵事務所となったのだった。

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