理由があるかないか
コツコツ、コツコツ……。
拝啓 サムワン
僕は今おとぎ話で聞いたような綺麗な月明かりの差す
石造りの狭い牢屋に囚われています。
曰く、「役に立つごとに白河の部屋は進化します。頑張ってください」、横暴だなんて思いません。頑張るための理由を与えてくださった、麗しきトトンクロム様には感謝の意しかございません。なんとあの方はこのワタクシのために、ご丁寧にもマニュアルなるものをこしらえてくださいました!あぁ、恐れ多くて触りたくもない。崇高なるあの方を思うと、私の理想と本音は遠く鉄格子の向こうまで駆け抜けていきました。理想も本音もなくした今の僕は、木偶人形でしょうか?
白河夜船
「白河、その壁に彫ってる文について何か釈明はある?」
鉄格子の向こうの自由の世界からにっくき看守様の見下したような声。
「こぉれはこれは、トトンクロム様。書いてある通りですとも。たった今書き終えたいや、彫り終えたところでござんすよぉ。地味にきれいに彫れましてね、僕の前世は彫刻家かもしれないなんて思ってたところですよ」
「イヤミったらしい。こんな景色のいい部屋のどこが不満なの?」
拳が石の壁に叩きつけられた。きっと睨み上げる。
「むしろ景色以外地獄でしょうが。どうやっても脱出も出来ないし、第一なんでその格子戸パスワードロックなんですか、世界観がぶれている。これはどう見たって中世ヨーロッパ以前なのに」
トトンクロムはピコピコとパスワードを、やったら長いパスワードを打ち込みながらこういうのだ。
「私たちの仕事には先入観はNG。それを知りなさい。気づくのはいいけど、そういうのが絶対とは限らない。具体例を見せると、」
トトンクロムはパスワードを打つ手を止めて、僕を閉じ込めていた鉄格子をカーテンのごとくシャーっと移動させた。why?という顔の僕をトトンクロムはあざ笑う。
「パスワードを打てばあの扉っぽいとこが開く、とでも思った?よーく覗けばこっち側の端の取っ手を曲げてスライドさせるだけってわかったのにねぇ。」
「卑怯な……。じゃあなんでパスワードを打ち込んでたんですか?」
「パスワード? 違う違う。あれはその壁の情けない分を入力してただけよ。手紙調になってたから適当に写して海に流してあげたわ。今」
「え!? 今?」
「そ、今。」
はぁやってくれたな。この牢屋もどきもこの人は突然出現させた。曰く、「魔法?何ガキみたいなこと言ってんの。さっきメルセデスが神人って言ったの聞いてなかった? 神人はね、想像した物を具現化出来んのよ。まさか知らないの? 嘘でしょ? かわいそうだからマニュアルあげるよ。」だそうだ。ということがあり、あ~考えることがだるいなんて。
驚くこと、それは予想外のことが起きたときに起きる感情。しかし、何も考えない状態では"予想"がないから驚かないのだ。今まさに、僕はすべてのことに驚かない存在である。
「痛い!」
「何呆けてんの。仕事行くんだからついてきなさい」
頭に手刀チョップを食らっていた。予想外でなくとも、痛いものは痛いのだなぁ。
僕はマニュアルを手にトトンクロムについていく。だって、それしか選択肢がないんだもの! 不本意でもついていくしかない、そう思わないかサムワン?