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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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019. 無表情な彼女の胸の内(5)

「ユッカちゃんに言われました――もし、万が一のときは『ワガハイがワタシを殺してはくれないか?』と」

「……そう、ですか」


 ユッカちゃんの言葉を伝えるだけで、すべてを理解したのだろう。


 彼女は優しいマルチェさんのことを想って、その負担になりたくなくて、そう口にしたんだということを。


「大地の女神の巫女の従者には、ウィヌモーラ大教の信者であり、かつ、武人としても一流の人格者が選ばれる――とされています。しかも、旅の道中に連れ添うのは、原則、そのたった一人。安全のための護衛であり、後見する保護者であり、そして、場合によっては、守るはずの幼い命すら絶つことを命じられた存在……それが、巫女の従者なのです」


 ここまでの話を聞くと、巫女には一人の従者のみが同行するということの意味が、何となく理解できる。


 要するに、不必要に数が増えれば、それだけ、幼い巫女を利用して、よからぬことを画策する輩が現れる可能性――それが高まってしまうんだ。


 ユッカちゃんが生まれる以前は、大地の女神の巫女を身ごもったと主張する、自称『聖母』が多くいたらしいけれど、つまりはそういうこと。


 別に、巫女の力で、国家や世界にあだをなそうとまでは考えていなくとも、その地位で一山当ててやる――くらいの者は、きっと出てきてしまうんだ。


 それに極端なことを言えば、選ばれた従者の中に、巫女に危害を加えることを目的として、ウィヌモーラ大教に近づいた者さえいるかもしれない。


 広い意味での『裏切り』を防ぐためには、裏切る恐れのある者の数を、できる限り減らせばいい。


 だから、従者は一人。


 誠実な信仰心と頼れる武力を備えた、その一人で十分なんだ。


「ユッカさまの旅立ちに際して、多くの優秀な武人が、その従者の候補に選ばれました。誰もが皆、立派なウィヌモーラ大教の信者であり、腕の立つ戦士たちです」


 道中、巫女を外敵から守る――という意味で、確かに武人としての実力は必要だろう。


 しかし、ユッカちゃんの魔法能力からわかるように、大地の女神の巫女は、魔術師として破格の強さを誇る。

 もちろん完璧ではないにせよ、暴漢や野獣など、普通に戦えば相手にもならないはず。


 従者に武人としての力量が必要なのは、巫女を護衛するという役割とは別の、もう一つの使命に寄るところが大きいに違いない。


 すなわち、悪しき存在に飲み込まれてしまった巫女の介錯かいしゃくだ。


 強大な魔力を有する巫女を、できる限り素早く抹殺する――そのため従者には、戦士としての実力が必要なんだ。


「どの方が正式な従者になったとしても、きっとユッカさまの力になってくださると、私はそう思っていました……いいえ、思い込もうとしていました」

「思い込む?」

「ユッカさまのご両親は、その時すでに、すべてを受け入れているようでした。巫女として旅立つ娘を、ウィヌモーラ大教の信仰者として送り出す――その覚悟ができていたのだと思います。けれど私は……これでいいのだろうかという想いが、次第に強くなっていきました」


 マルチェさんは、当時の感情を吐露する。


「もしかしたら……もしかしたら二度と、私はユッカさまに会えないかもしれない――そう思うと、いてもたってもいられなくなりました。ユッカさまのご両親が覚悟を決めているというのに、何ともおこがましいのですけれど」

「いえ、そんなことは」


 控えめだな、こういうところは。


「……私は、ユッカさまの従者になろうと、自ら手をげました」

「ユッカちゃんのために、あなたはつらい道を選んだのですね?」

「それは……少し違うかもしれません」


 どういうことだろう。


 ユッカちゃんの旅の力になるために、従者の候補者に名乗り出たんじゃないのか?


「私は今、ユッカさまのご両親が『巫女として旅立つ娘を、ウィヌモーラ大教の信仰者として送り出す』覚悟ができていたのだと、そう言いました。言い換えれば、お二人はあくまで『信仰者』として納得していたに過ぎません……私には、そう思えました」

「……従者になろうとしたのは、ユッカちゃんのご両親のために?」


 小さく、マルチェさんがうなずく。


「安心させてあげたかったのです、お二人を。少なくとも私は、どんなことがあってもユッカさまを裏切るようなことはしません――それは、私を『家族』と認めてくれた、あのお二人が一番よくわかっていてくれたでしょうから」


 信仰者としてはとにかく、ユッカちゃんのご両親は、愛する娘の親として、やはり複雑な心境を持っていた。

 それをマルチェさんは、実の娘よりも長く夫妻と接してきた彼女は、しっかりと見抜いていたんだな。


 だから、あえて従者に――。


「私の気持ちが、お二人にも伝わったのでしょう。最低限ではありますが、武人としての実力が認められた私は、教皇さま、並びに聖母さまの推薦もあって、無事にユッカさまの従者になることができたのです……その直後、私はお二人に抱きしめられながら言われました――『すまない、マルチェ』『ごめんなさい、マルチェ』と」


 ユッカちゃんの旅に連れ添うのがマルチェさんならば、確かに、教皇と聖母は心強く思えただろう。

 二人にとって彼女は、誰よりも信頼できる『もう一人の娘』なんだ。


 けれどそれは、つらく悲しい使命を、その『もう一人の娘』に課してしまうことになる。

 最悪の場合、マルチェさんは『妹』を殺さなければならないのだから。


 ユッカちゃんの親として、教皇と聖母として、そして何より、マルチェさんの『親』として――二人が口にした謝罪の言葉は、彼らの立場と複雑な感情を、素直に吐露したものだったのかもしれない。


「私が従者に選ばれたことを、ユッカさまは非常に喜んでくれました。もちろん『姉妹』だなんておこがましいですが、あの方が生まれてから今日まで、私は常に近くにいましたから……知らない相手と比べれば、何倍も安心できたのだと思います」

「姉妹ですよ、あなたたち二人は。まぁ……少し不思議な『姉妹』ですけれどね」


 かすかに首を振るだけで吾輩を流したマルチェさんは、さらに続ける。


「私たちは旅立ちました――大地の女神の巫女と、その従者として」

「そして吾輩たちは、ニサの町で出会った」

「はい――それからのことはもう、お話しする必要もないでしょう」


 ウィヌモーラ大教の聖地を目指すユッカちゃんに誘われて、吾輩はグシカ森林に入り、このオトジャの村にやってきた。


 まさか、村のトロール総出の狂言に巻き込まれるとは思ってもみなかったけれど。


「ここまでの道のりで私を意識していたのなら、きっと気づかれたはずです――私が、ユッカさまへ殺意を向ける瞬間があったことに」

「……はい」


 道中、爪の長い恐竜に襲われた時のこと。


 マルチェさんは、その恐竜にではなく、確かにユッカちゃんへ殺気を放っていた。


 吾輩はそれに、強烈な違和感を覚えたんだ。


「従者が巫女を殺害するのは、巫女が悪しき神や精霊に飲まれた場合です。つまり相手は、巫女の体と魔力を手に入れた、邪悪なる存在……まともにやり合えば、従者は敗北してしまうでしょう」


 なるほど。


 修行中の身とはいえ、巫女は巫女。

 ユッカちゃんは一度の呪文詠唱で、複数の魔法効果を発動させることができる魔術師なんだ。

 彼女が邪悪な神霊に取り込まれたとしたら、自らに牙をむく者に対して、当然のように反撃してくるだろう。

 従者がその命を奪うとしても、とても簡単な話ではない。


「もしものときは、わずかな好機すら見落としてはなりません。ためらいは、おのれの死を意味します。堕ちた巫女と対峙することになったなら、訪れるかどうかもわからない刹那せつなすきに、従者は目的をげなければならない……不幸にも汚されてしまった巫女の魂と体を解放する、それ以上有効な手段はないのです」


 まるで暗殺者のようだ。


 墜ちた巫女と戦って制圧することや、捕らえた上で悪しき魂だけをはらう――ということを、まったく想定していない。


 おそらく、限りなく不可能に近いんだ、そんなことは。


 やらなければ、やられる。


 らなければ、られる。


 それだけ、巫女の力が強大だという証拠――。


「悲しいことですが、私は従者として、いついかなるときも、ユッカさまを殺害する可能性があることを覚悟していなければなりません。しかも、それは文字通り、命をかけた戦いになります……迷っている時間など、私には与えられていないのです」

「……だからあなたは、あの時に」

「最悪の事態が訪れたとしても、覚悟が鈍らないように……ユッカさまの笑顔を見ていると、あの方が巫女であることも、これが修行の旅であることも、私が従者であることも、その使命も――すべて忘れてしまいそうになりますから」


 つまり、自分自身へのいましめ。


 おそらく、吾輩と出会う以前から、彼女は定期的に、あのようなことを試みていたに違いない。


 情にほだされるな、本質を見失ってはならない――と。

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