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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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018. 無表情な彼女の胸の内(4)

「生まれてくる、新しい命――つまりユッカさまは、ご両親からはもちろん、私や、町の教会関係者を含め、多くの方に、その存在が祝福されていました。私も、未熟ながら『家族』の一員として、その時を待っていたのです……しかし事態は、誰も想像できないほどに大きく動いてしまいました」

「……生まれてくる子供が、大地の女神の巫女だったから?」

「はい」


 うなずいたマルチェさんは、冷静に続ける。


「大地の女神の巫女を身ごもった女性は、その出産前に、夢の中で、精霊からの託宣たくせんを受けるとされています。ユッカさまのお母さまは、その託宣によって、生まれてくる子供が大地の女神の巫女になる女の子だと知ったのです……それからは、いろいろと大変でした」


 確かにそうだろう。


 町の教会だけで処理できることではない。


「当たり前ですが、大地の女神の巫女ともなれば、その方は宗教的に特別な存在です。場合によっては、ウィヌモーラ大教を信仰している権力者に、その地位を利用して取り入ることさえできてしまいます。ですから毎年のように、自らが巫女を身ごもった母――『聖母』であると、教会に訴え出てくる女性が後を絶ちませんでした」

「そうでしょうね」

「幸い、ユッカさまのお父さまはウィヌモーラ大教の司祭でしたから、すぐに本部と連絡をとり、必要な報告を済ませることができました。それから、正式な宗教的審査を経て、ユッカさまのお母さまは真なる聖母だと認定されたのです」


 町の司祭の妻が、世界宗教の聖母に――人生というのは、なかなかわからないものだな。


「ユッカさまのご両親は、ウィヌモーラ大教の誠実な信仰者。自らの間に、神聖なる大地の女神の巫女が生まれるということを、きっと光栄に感じていたと思います。しかし、それ以上に、お二人は苦悩していました……自分たちの娘が、大地の女神の巫女としての宿命を背負ってしまったことに」

「……なるほど」


 創世の女神の一柱たるウィヌモーラを信仰している二人なら、その巫女が歩むであろう苦難を、十分に理解していたはずだ。


 信者としては尊ぶべき存在も、いざそれが自分たちの娘となれば、親として、それは複雑な心境に違いない。


「大地の女神の巫女が実際にお生まれになれば、お二人の生活も一変してしまいます。我らがウィヌモーラ大教――その組織の仕組み上、お二人は、教皇と聖母になられるわけですから」


 のどかに暮らす、町の聖職者夫妻ではいられなくなる――ということか。


「そういった流れの中で、ついにユッカさまがお生まれになりました。父親と母親になったお二人には、さまざまな想いが湧き上がったことでしょう……私には想像もできないくらいの葛藤かっとうがあったに違いありません」

「ええ、間違いなく」

「けれどきっと、頭に浮かんでくる不安や恐怖など、すぐに消し飛んでしまったはずです――生まれたばかりのユッカさまを、その手で抱きしめた瞬間に」


 マルチェさんはそこで、自らの両手をながめた。


「生まれたばかりのユッカさまを、私も抱きしめさせていただきました。その時、感じたのです。理屈ではなく、直感的に――ああ、この子は巫女だと。他の命とは何かが異なる、特別な存在なのだと……まだまだ子供だった私でさえ、そう感じたのです。ウィヌモーラ大教を長く信仰し、何より実の親であるお二人が、それを悟らなかったはずがありません」

「覚悟を決めたんですね――ユッカちゃんのご両親も、そして、あなたも」

「そうですね……少なくとも、私は」


 そこで、やや間が開いたあと、


「あの時に覚悟した……はずでした」


 どこか弱々しく、マルチェさんはつぶやいていた。


 沈黙。


 夜風が、吾輩のコートをあおる。


 しばらくして、


「幼いユッカさまを含め、私たち四人は、ウィヌモーラ大教の本部組織で暮らすことになりました」


 また冷静に、マルチェさんが語り出す。


「ありがたいことに、血のつながりのない私でさえも、本部組織はユッカさまの『家族』として受け入れてくれました。おそらくはユッカさまのご両親が、私の立場を強く主張してくれたおかげで、そういう運びになったのだと思います」

「お姉さん――ですからね、マルチェさんは」

「私は、あくまでユッカさまの従者ですよ、ワガハイさん」


 そう答えたマルチェさんだけど、どこかうれしそうだった。


「本部組織で、ユッカさまは巫女としての学びを、私はウィヌモーラ大教に属する戦士としての修行を、それぞれに。ユッカさまのご両親も、教皇と聖母として、さまざまな仕事に取り組んでいました――忙しい毎日ではありましたが、私たち『家族』は仲良く、充実した日々を過ごしていたのです……ですが、その日はやってきました」

「……ユッカちゃんの、巫女としての旅立ち――ですね?」

「はい……ウィヌモーラ大教の信者ではないワガハイさんにしてみれば、年端としはもいかない少女を、組織として親元から離すというのは、はなはだ異様にも思えるかもしれません。けれど巫女とは元来、清き体を保っている若き女性。ユッカさまの年齢は、巫女として、決して幼くはないのです」


 女神の力は、同じ女性にしか宿らない。


 神霊は、この世界に多く存在するも、創世の三柱は、そのすべてが女性。

 陸、海、空――それらを司る最も偉大な神々は、男神ではなく女神なんだ。


 それゆえ宗教においては、女性は男性よりも聖なる性別とされている。


 大地の女神たるウィヌモーラを崇めているウィヌモーラ大教においては、その認識で間違いないだろう。


 いわば巫女とは、特定の宗教において、最大級に神聖な女性。


 その選ばれた女性に、幼い時代から聖職者としての研鑽けんさんを積ませるというのも、一応は、わからない話ではなかった。


「ユッカさまからお聞きになったとのことですが、巫女としての修行の旅には、さまざまな試練が立ちふさがります。もしも邪悪な神や精霊に飲まれてしまえば……その巫女はもう、生きていてはいけない存在なのです」


 大地の女神の巫女は、創世の一柱たるウィヌモーラの力を操ることができるという聖職者。

 その潜在的魔力は計り知れない。


 そんな巫女が邪悪な神や精霊に取り込まれてしまえば、世界秩序の崩壊につながってしまう。


 そのためウィヌモーラ大教は、もしも旅の途中で、巫女が悪しき存在に身を落としたならば、その首をはね、即刻抹殺することを定めている。


 墜ちてしまった巫女を、その尊厳に配慮しつつも、瞬時に介錯かいしゃくすること――それが、巫女の従者に与えられた、究極とも言える役割。


 つまりは、マルチェさんの使命――。

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