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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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015. 無表情な彼女の胸の内(1)

 にぎやかに行われた夜の宴も、無事に終了。


 ターボフさんは宣言通り、悪酔いすることもなく帰っていった。

 長くなるかと覚悟していたが、やはり明日のことがあるからか、早めに解放してくれたみたいだ。


 とはいえ、今夜吾輩たちがお世話になるのは、村長であるモルコゴさんの家――つまりは、ターボフさんの実家である。


 パジーロ王国の騎士だという彼は、普段暮らしている城下町からの里帰り。


 そういうわけだから、眠りにつく前に、一度くらいは顔を合わせることになるだろう。


 クーリアとキューイは、一足先に戻っている。

 とにかく濃い一日だったから、きっと疲れていたに違いない。


 オトジャの村の夜風を感じながら、いささかさみしくなった広場にたたずむ吾輩。


 すると、


「ワガハイさん」


 背後から呼びかけられた。


 民家の角から現れたのは、やはりマルチェさん。

 月が導く薄明かりの中でも、彼女の立ち姿――その存在感は抜群だった。


「少し、よろしいですか?」

「ええ、もちろん」


 眠るには、まだ早い。


 それに、この静かな夜のひとときは、誰かと話をするのに適した時間だ。


「お一人ですね――ユッカちゃんは?」

「クーリアさんたちといっしょです」

「ああ、なるほど」


 何でもない言葉を交わした吾輩たち。


 こちらから聞きたいことは、もちろんある。


 けれど、それ以上に言いたいことがあるから、彼女はこうして、吾輩のもとへやってきたんだろう。


「座りますか?」

「はい……ですが、その前に」


 吾輩がうながすと、マルチェさんは、すぐに頭を下げた。


「いろいろと申し訳ありませんでした、ワガハイさん」

「……ユッカちゃんから、話は聞きました。大地の女神の巫女が聖地に入ることの意味や、従者に与えられた使命についても。だから、そん――」

「それでも、私はクーリアさんに刃を向けました……ワガハイさんの旅の仲間である彼女に」

「……そうですね」


 あの時のマルチェさんは、



『刃を向ければ殺します、呪文を唱えれば殺します――あなたが少しでもおかしな真似をした瞬間、私は彼女の首を落とします』



『脅しではありませんよ、ワガハイさん。私は本当に、クーリアさんに手をかける覚悟ですから』



 間違いなく本気だったから。


「もしもワガハイさんが何らかの行動に出れば、私はクーリアさんを殺していました。ウィヌモーラ大教の巫女や従者という、こちら側の理由は関係ありません。事が起これば、私は確実に、あなたの仲間の命を奪っていました」


 マルチェさんは、顔を上げない。


「ニサの町で、ユッカさまがワガハイさんを誘ったことは想定外の出来事。あなたから、武人としての優れた実力を感じた私は、正直焦りました。手出しをされれば、計画が破綻はたんすると考えたからです。ですから、同行者であるクーリアさんを人質にしようと……ユッカさまが見抜いたからには、あなたが誠実なゴーストであることは確定的事実。仲間を見殺しにするようなことは決してないと、私は卑劣にも、あなたの心と仲間を利用したのです」

「…………」

「ですから、まずは謝罪から始めさせてください。すべては、それからのこと――本当に、申し訳ありませんでした」


 口調は、やはり相変わらず平坦。


 けれど、さすがに吾輩も、彼女の感情がわかるようになってきたようだ。


「あなたは、クーリアにも謝ったのでしょう? そして彼女は、あなたを許した――ですから、吾輩もあなたを許しますよ、マルチェさん」

「……ありがとう、ございます」


 小さくつぶやいたマルチェさんは、そこでやっと顔を上げた。


「では、あらためて」

「はい」


 吾輩とマルチェさんは、横長の丸太椅子に腰掛ける。

 つかず離れず、微妙な距離感を保ちながら。


「実を言うと」


 吾輩は彼女に、そう切り出す。


「この道中、マルチェさんのことを、ずっと意識していました。吾輩はニサの町で、あなたとターボフさんが会っているのを確認していたものですから」

「……なるほど、そうでしたか」


 吾輩の告白に驚いている――というより、どこか納得したようなマルチェさん。


「ワガハイさんからの『視線』を感じてはいましたが、私はてっきり……私の体に興味があるからだと」


 そこで彼女は、大胆にも自分の胸を持ち上げ、数回上下に揺らした。


「残念です(ゆさゆさ)」


 本気なのか冗談なのか、マルチェさんが一言。


 まぁ、こういうたぐいの話題を口にできるくらいの方が、今はいいのかもしれない。


 ニサの町からここまで、吾輩は常に、彼女への疑念を抱いていた。


 創世の女神の一柱――ウィヌモーラを信仰する、ハーフミノタウロスの女性。


 武人として恵まれた体格を持ち、大きな斧槍を軽々と操る戦士。


 その一方で、クーリアが自分の未来を悲観してしまうくらい、非常に女性的なスタイル。


 加えて、妙に淡泊な話し方。


 そして何より、大地の女神の巫女であるユッカちゃんの従者――。


 表面的なことは、もちろん把握している。


 けれどマルチェさんの胸の内は、まるで秘境の洞窟がごとく闇に閉ざされていた――少なくとも、吾輩には。


 しかし、あの騒ぎを終えた今、きっと吾輩と彼女は、腹を割って話せるはずだ。


 マルチェさんのことを、吾輩は本当の意味で知ることができるのかもしれない。


 こうやって出会えたも、何かの縁。


 だから聞かせてほしいんだ、あなたの想いを。


 純粋な、その気持ちを――。


「そう言えば、お約束していましたね――よろしければ、どうですか? ここなら、クーリアさんの目を気にすることもありませんよ」


 自分の胸を差し出すように、マルチェさんが詰め寄ってきた。


「…………」

「さぁ、どうぞ――ただ初めてですから、どうか優しくお願いします」


 顔を赤らめるどころか、はにかむことも、伏し目がちになることもないマルチェさん。

 やっぱり、彼女は不思議だ。


「……そういうのはいいですから、どうか話を進めてください」


 紳士な吾輩としては、もはやあきれてしまう。


 誰か彼女に、女性としての恥じらいを教えてあげてください。


「そうですか……それでは、また次の機会にでも(ゆさゆさ)」

「…………」


 心を開いてくれるのはありがたいが、彼女は大きく間違えている気がする。

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