015. 無表情な彼女の胸の内(1)
にぎやかに行われた夜の宴も、無事に終了。
ターボフさんは宣言通り、悪酔いすることもなく帰っていった。
長くなるかと覚悟していたが、やはり明日のことがあるからか、早めに解放してくれたみたいだ。
とはいえ、今夜吾輩たちがお世話になるのは、村長であるモルコゴさんの家――つまりは、ターボフさんの実家である。
パジーロ王国の騎士だという彼は、普段暮らしている城下町からの里帰り。
そういうわけだから、眠りにつく前に、一度くらいは顔を合わせることになるだろう。
クーリアとキューイは、一足先に戻っている。
とにかく濃い一日だったから、きっと疲れていたに違いない。
オトジャの村の夜風を感じながら、いささかさみしくなった広場にたたずむ吾輩。
すると、
「ワガハイさん」
背後から呼びかけられた。
民家の角から現れたのは、やはりマルチェさん。
月が導く薄明かりの中でも、彼女の立ち姿――その存在感は抜群だった。
「少し、よろしいですか?」
「ええ、もちろん」
眠るには、まだ早い。
それに、この静かな夜のひとときは、誰かと話をするのに適した時間だ。
「お一人ですね――ユッカちゃんは?」
「クーリアさんたちといっしょです」
「ああ、なるほど」
何でもない言葉を交わした吾輩たち。
こちらから聞きたいことは、もちろんある。
けれど、それ以上に言いたいことがあるから、彼女はこうして、吾輩のもとへやってきたんだろう。
「座りますか?」
「はい……ですが、その前に」
吾輩がうながすと、マルチェさんは、すぐに頭を下げた。
「いろいろと申し訳ありませんでした、ワガハイさん」
「……ユッカちゃんから、話は聞きました。大地の女神の巫女が聖地に入ることの意味や、従者に与えられた使命についても。だから、そん――」
「それでも、私はクーリアさんに刃を向けました……ワガハイさんの旅の仲間である彼女に」
「……そうですね」
あの時のマルチェさんは、
『刃を向ければ殺します、呪文を唱えれば殺します――あなたが少しでもおかしな真似をした瞬間、私は彼女の首を落とします』
『脅しではありませんよ、ワガハイさん。私は本当に、クーリアさんに手をかける覚悟ですから』
間違いなく本気だったから。
「もしもワガハイさんが何らかの行動に出れば、私はクーリアさんを殺していました。ウィヌモーラ大教の巫女や従者という、こちら側の理由は関係ありません。事が起これば、私は確実に、あなたの仲間の命を奪っていました」
マルチェさんは、顔を上げない。
「ニサの町で、ユッカさまがワガハイさんを誘ったことは想定外の出来事。あなたから、武人としての優れた実力を感じた私は、正直焦りました。手出しをされれば、計画が破綻すると考えたからです。ですから、同行者であるクーリアさんを人質にしようと……ユッカさまが見抜いたからには、あなたが誠実なゴーストであることは確定的事実。仲間を見殺しにするようなことは決してないと、私は卑劣にも、あなたの心と仲間を利用したのです」
「…………」
「ですから、まずは謝罪から始めさせてください。すべては、それからのこと――本当に、申し訳ありませんでした」
口調は、やはり相変わらず平坦。
けれど、さすがに吾輩も、彼女の感情がわかるようになってきたようだ。
「あなたは、クーリアにも謝ったのでしょう? そして彼女は、あなたを許した――ですから、吾輩もあなたを許しますよ、マルチェさん」
「……ありがとう、ございます」
小さくつぶやいたマルチェさんは、そこでやっと顔を上げた。
「では、あらためて」
「はい」
吾輩とマルチェさんは、横長の丸太椅子に腰掛ける。
つかず離れず、微妙な距離感を保ちながら。
「実を言うと」
吾輩は彼女に、そう切り出す。
「この道中、マルチェさんのことを、ずっと意識していました。吾輩はニサの町で、あなたとターボフさんが会っているのを確認していたものですから」
「……なるほど、そうでしたか」
吾輩の告白に驚いている――というより、どこか納得したようなマルチェさん。
「ワガハイさんからの『視線』を感じてはいましたが、私はてっきり……私の体に興味があるからだと」
そこで彼女は、大胆にも自分の胸を持ち上げ、数回上下に揺らした。
「残念です(ゆさゆさ)」
本気なのか冗談なのか、マルチェさんが一言。
まぁ、こういうたぐいの話題を口にできるくらいの方が、今はいいのかもしれない。
ニサの町からここまで、吾輩は常に、彼女への疑念を抱いていた。
創世の女神の一柱――ウィヌモーラを信仰する、ハーフミノタウロスの女性。
武人として恵まれた体格を持ち、大きな斧槍を軽々と操る戦士。
その一方で、クーリアが自分の未来を悲観してしまうくらい、非常に女性的なスタイル。
加えて、妙に淡泊な話し方。
そして何より、大地の女神の巫女であるユッカちゃんの従者――。
表面的なことは、もちろん把握している。
けれどマルチェさんの胸の内は、まるで秘境の洞窟がごとく闇に閉ざされていた――少なくとも、吾輩には。
しかし、あの騒ぎを終えた今、きっと吾輩と彼女は、腹を割って話せるはずだ。
マルチェさんのことを、吾輩は本当の意味で知ることができるのかもしれない。
こうやって出会えたも、何かの縁。
だから聞かせてほしいんだ、あなたの想いを。
純粋な、その気持ちを――。
「そう言えば、お約束していましたね――よろしければ、どうですか? ここなら、クーリアさんの目を気にすることもありませんよ」
自分の胸を差し出すように、マルチェさんが詰め寄ってきた。
「…………」
「さぁ、どうぞ――ただ初めてですから、どうか優しくお願いします」
顔を赤らめるどころか、はにかむことも、伏し目がちになることもないマルチェさん。
やっぱり、彼女は不思議だ。
「……そういうのはいいですから、どうか話を進めてください」
紳士な吾輩としては、もはやあきれてしまう。
誰か彼女に、女性としての恥じらいを教えてあげてください。
「そうですか……それでは、また次の機会にでも(ゆさゆさ)」
「…………」
心を開いてくれるのはありがたいが、彼女は大きく間違えている気がする。




