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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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012. 夕暮れの宴は和やかに(2)

 そこで、モルコゴさんが視線を移す。


 ユッカちゃんとマルチェさんがいる、向こう側のテーブルへ。


「マルチェ、このお肉はおいしいぞ。お主も食べてみるのだ」

「はいユッカさま、いただきます――なるほど、すごくおししいですね」


「そうだろう、そうだろう。ワタシがおいしいと言うものは、誰が食べてもおいしいのだ(どやっ)」

「それではユッカさま、私からのお返しです。こちらの山菜サラダがおいしいですから、ぜひ食べてみてください。おすすめです」


「…………」

「さぁ、ユッカさま――さぁ、さぁ(ぐいぐい)」

「わ、わかった、わかったのだ(はむっ)――うぐっ……お、おいしくなんかないのだぁ、これぇ(もごもご)」

「体にいいですから、しっかり食べてください、ユッカさま」


 何とも微笑ましい光景。


 この宴が始まってから、ユッカちゃんとマルチェさんは、ずっと二人で過ごしている。

 それはもう、吾輩たちが入っていけないくらいに。


「……思うところがあるのでしょうね、お互いに」


 巫女と従者――彼女たちの心の内を想像しているのか、モルコゴさんがつぶやいた。


 にぎやかな村の中。


 相変わらずの、ユッカちゃんとマルチェさん。


 けれど事情を知ってしまった今は、楽しそうな二人の姿でさえ、なぜだか切なく感じてしまう。


「ワガハイさん――あなたも明日、大地の女神の巫女さまに同行されると聞きました」

「ええ、ユッカちゃんに頼まれましたからね」


 モルコゴさんに答えた吾輩。


 もちろん、彼女の首を落とすために――なんかじゃない。

 無事に、彼女と戻ってくるためにだ。


「大地の女神の巫女さまは、私の唱えた二つの呪文を破り、その優れた力を見せてくれました。ソノーガ山脈の聖地に入るための勇気と強さを、確かに示されたのです――どうかワガハイさん、我らが大地の女神の巫女さまが、正しき導きを得られるよう、最後までサポートしてあげてください。ウィヌモーラ大教の司祭として、オトジャの長として、もはや私には、彼女を信じることしかできませんから」


 訴えてくるような森の聖職者に、吾輩は無言でうなずく。


 約束しますよ、モルコゴさん。


 微力ながら全力で、ユッカちゃんの助けになることを。


 そこでクーリアが、


「……行くんだね、ワガハイくんも、明日」


 確認するように口を開いた。


 ウィヌモーラ大教の聖地を訪れる――もちろん宗教的に許されればという前提ではあったけれど、吾輩がユッカちゃんたちに同行させてもらった目的は、当初からそういうものだった。


 吾輩の旅の相棒であるクーリアも、そうなることは予定していたはずだけど、巫女と従者の関係――つまり、マルチェさんに与えられた宗教的使命を聞かされた今、ユッカちゃんたちと共に聖地へ入るということの意味は、もはや大きく変わってしまった。


 クーリアが複雑な心境なのは、吾輩にも、手に取るように理解できた。


 そう言えば彼女、ニサの町で、ウィヌモーラ大教の聖地の話が出た時、



『私、そういうところって……怖いの。もしもワガハイくんが消えちゃったら、私、嫌だよ』



 と、そんなことを口にしていた。


 宗教的聖地に入れば、ゴーストである吾輩がはらわれてしまう――とかいう、間違った偏見に基づく発言なんだけれど、クーリアがそういう場所に個人的な抵抗感を持っているのは、たぶん本当なのかもしれない。


 しかも、ウィヌモーラ大教の巫女が墜ちた場合の、その末路さえ、彼女は知ってしまった。


 クーリアは最悪の瞬間を――マルチェさんがユッカちゃんに手をかけた光景を、もしかしたら想像してしまっているのかもしれない。


「いいよ、クーリア。ユッカちゃんたちには、吾輩だけが同行する。君はキューイと、この村で帰りを待っててよ」


 吾輩は、楽しい旅が好きだ。


 だから吾輩たちパーティーの冒険は、やはり楽しくないと。


 つらい道中を、大切な仲間に強要したくはないからね。


「……う、うん」


 小さく、クーリアがうなずいた。


 そして、


「でも、約束してよね、ワガハイくん――ユッカちゃんのことはもちろんだけど、ワガハイくんだって、ちゃんと無事に戻ってくるって……聖地の力に祓われたりしたら、私、ぜったいに許さないからね」

「うん、わかってるって」


 少なくともそんなことにだけはならないけれど、クーリアが真剣なのは伝わってきたから、今回はゴーストに対する偏見にも、あえてつっこまないで答えておくよ。


「そういうことでしたら」


 吾輩とクーリアのやりとりを受けて、モルコゴさんが言う。


「明日は私が、パジーロ王国やグシカ森林についての歴史や伝承などをお話しいたしましょう。興味があれば、オトジャに伝わる古い書物などもご覧に――」

「オトジャに伝わる古い書物……」


 そこで、クーリアの目が異様に輝く。


「(ウィヌモーラ大教の聖地を守り続ける村にある古文書とかになら、何かすごい情報が記されていたり……とか?)」


 もしかして盗賊モードなの、クーリア?


「おや、クーリアさん、そういったものにご興味が?」

「はい、すごくあります(きっぱり)」


 クーリアの即答に、モルコゴさんは笑顔だ。


「そうですか、そうですか。それでは、ぜひ明日は――いや、どうせなら今夜からでも、少しいかがでしょう? 歴史的にも宗教的にも価値の高い書物が、この村にはたくさんありますからね」

「はい、お願いします――いいですよね、いろいろと『価値の高い書物』って」


 心配半分、困惑半分で、


「…………」


 吾輩は沈黙。


 ちょっと、クーリア。

 歴史的、宗教的に――だよ、金銭的に価値が高いかどうかじゃないよ。


 まぁ彼女は、そういう方面の好奇心で、ユッカちゃんたちへの同行を決めたんだけどさ。


「それでは書庫から、いくつか選んだものをお見せしましょう。そうですね……あちらのテーブルで待っていてください。期待していただいて結構ですよ。おもしろいことが、いろいろ書かれていますからね」


 言い残して、モルコゴさんは去っていく。

 次に戻ってくる時は、いくつかの古文書を抱えていることだろう。


「そういうことだからワガハイくん、私のことは心配しなくていいからね。集中して、ユッカちゃんをサポートしてあげるように――それじゃ、私はあっちのテーブルに行くから、またあとでね」


 吾輩を案じてくれていたのがうそみたいに、クーリアはあっさりと離れていく。


 まったく、現金なんだから。


「……キュイ、キュイ」


 キューイも、どこか苦笑い。


 そんな彼に、吾輩は伝える。


「大丈夫だとは思うけどさ、一応、クーリアが変なことをしないように、キューイが見ててくれない? すごく貴重なものみたいだからさ、モルコゴさんが出してくれる本って」

「キュイ」


 了解――と翼を上げて、キューイが飛んでいく。


 まだまだ幼いけど、キューイは誠実なドラゴンだからね。

 万が一、クーリアの盗賊魂(?)が暴れ出しても、彼がついていれば心配ない。

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