011. 夕暮れの宴は和やかに(1)
オトジャの村の夕暮れ。
いろいろあった一日も、静かに終わりを迎える――なんてことにはならなくて。
「さぁさぁ、あらためて騒ぎましょう」
「夜はこれから、飲めや歌え」
「食べ物が足りないぞ、どんどん持ってこい」
やいのやいのと響きわたる、ご機嫌な村民たちの声。
広場にて、再び始まった歓迎の宴は、先ほどにも増して盛り上がっている。
きっと、肩の荷が下りたんだろう。
この村のトロールの方々は、もちろん理由あってのことだが、ユッカちゃんを追い込まなくてはならなかった。
彼らは、吾輩のような旅人にも寛容な優しき森の民だ。
穏やかではないはかりごとに、その心を痛めないはずがない。
「おーい、酒はどうした?」
「あんた、ちょっと飲みすぎだよ」
「いいじゃないか、奥さん。今日くらい、たらふく飲ませてやれよ」
「そうだ、そうだぞ、わっはっは!!」
「もう……まったく、仕方がないねぇ――なら、私も♪」
無事に役目を果たした現在の彼らは、それぞれが内に秘めていた緊張感を解放するように楽しんでいた。
吾輩、クーリア、キューイの三人は、それとなく固まって、宴の席を満喫している。
「何だか慌しかったね、この村に来てから」
果物を片手に、クーリアが苦笑い。
確かにそうだ。
特に彼女に関しては、強引にも人質にされ、身動きどころか口までふさがれていたんだ。
もちろんマルチェさんはその後、クーリアに事情を説明して、しっかりと謝罪したらしい。
吾輩の旅の相棒は、さっぱりとした気持ちのいい性格の少女だ。
彼女が心から許し、全部を水に流したのは言うまでもない。
「キュイ、キュイ」
一方のキューイも、どこか疲れた様子。
まぁ、そうなるのも無理はない。
彼も大変だったから。
とはいえ、すべてが終わり、再び食事を楽しめている今となっては、どうにか笑い話になったけれど。
「いやいや、先ほどは悪かったね」
そんな吾輩たちパーティーに近づいてきた、一人の男性トロール。
手には、果実酒のびん。
騒ぎが起こる前、吾輩にグシカ草のことを教えてくれた方だ。
「変に感づかれないために自然体でいたつもりだったんだけど……まぁ、飲まなきゃやってられなかったよね」
言いながら一口。
先ほどにも増して、男性は気持ちよく酔えているみたいだ。
なるほど。
事情を知っていた彼としては、気を紛らわすための適度な飲酒が必要だったということか。
「お察ししますよ。正当な大義に基づくものとはいえ、さすがに慣れないことだったでしょうから」
吾輩が伝えると、
「そう言ってもらえると、こちらとしては心が晴れるよ……少なくとも、君や君たちの仲間には、かなりの迷惑をかけてしまっただろうからね」
トロールの男性は、クーリアやキューイに申し訳なさそうな視線を送った。
「まぁ、もう済んだ話ですから」
「キュイ、キュイ」
クーリアとキューイが笑顔で返す。
そんな彼女たちに、男性はホッとしたのかもしれない。
応えるように、微笑みながらうなずいていた。
この男性、体はやはり大きいけれど、おそらく戦士や聖職者ではなく、ごく普通にこの村で暮らす一般のトロールなのだろう。
それに、きっと心の優しい方。
理由はとにかく、怖い思いをさせたであろうクーリアやキューイに、それに関与していた一人として、彼はしっかりと謝罪の気持ちを示したかったのかもしれない。
吾輩たちの返答に安心したのか、男性はテーブルの塩漬け野菜をつまんで食べた。
たぶん、今夜のお酒は進むことだろう。
「それにしても、すいぶん君は強いんだな。あのターボフを、その細腕でぶっ飛ばしちゃったんだから」
「いえ、そんなことは」
小さく小刻みに、吾輩は手を振る。
確かに吾輩は、例の騒ぎの中で、ターボフさんに拳を叩き込んだ。
あの時はあの時の状況下で、自分のやるべきことをやっていた――のだけれど、すべてを理解した今、それを思い返してみると、どうにも恥ずかしい気持ちになる。
「おっ、うわさをすれば」
トロールの男性が、ちらりと奥の方を見やる。
そこには、この村の中でも特に大柄な男性と、ローブを着流した聖職者の姿が。
しかも、どうやらこちらに来る様子。
「君たちに用があるみたいだから、俺は退散させてもらうよ。どうか、オトジャの夜を楽しんでくれ」
気持ちよさそうに酔いが進んでいるトロール男性は、果実酒を飲みながら、ゆっくりと去っていった。
そして、入れ違うように現れたのは、言うまでもなく彼らだ。
「いかがですか、旅の皆さん?」
「どんどん食えよ、オトジャの料理はうまいからな」
モルコゴさんとターボフさんの親子。
ウィヌモーラ大教の司祭とパジーロ王国所属の騎士という二人も、一連の狂言については、それなりに気を張っていたのかもしれない。
出会った当初よりも、今の方が吾輩たちに対してやわらかい雰囲気だ。
やはり、事が済んだということが大きいのだろう。
とはいえ、現在は吾輩の方が気をもんでしまう。
なぜなら、ターボフさんのほほが、それとなく腫れているからだ。
原因は考えるまでもない。
「はい、おいしくただいていますよ」
「キュイ、キューイ」
クーリアとキューイが答えると、モルコゴさんが続く。
「それは何より。旅の方をもてなすのは、我が村の伝統ですからね。おもてなしの心は、オトジャの村のトロール全員が持っているものなのです」
確かに、それは強く感じる。
予想外の出来事に巻き込まれてはしまったが、マルチェさんから聞いていた通り、ここの村民は、誰も彼もが社交的。
部外者で、しかもウィヌモーラ大教の信者ですらない吾輩たちにさえ、非常に親切だ。
すると、やや声のトーンを落として、モルコゴさんが言う。
「ワガハイさん、クーリアさん、キューイさん――あらためて、先ほどはいろいろと失礼をいたしました。この村を代表して、しっかりと謝らせていただきます。本当に申し訳ありませんでした」
頭を下げた、オトジャの村の村長。
無言ではあったが、ターボフさんもそれに従った。
「い、いいですよ、もう……事情は、ちゃんと聞かせてもらいましたから」
戸惑っている様子のクーリア。
ウィヌモーラ大教の司祭とパジーロの騎士にこうまでされれば、確かに落ち着かないだろう。
「ね、ねぇ、ワガハイくん?」
「そうですよ、頭を上げてください」
クーリアにうながされて、吾輩も一言。
「キューイ、キュイ、キュイ」
加えてキューイも、恐縮気味に翼を揺らしていた。
「……だとよ、親父。お許しが出たぜ」
「まったく、お前というやつは」
小さく言葉を交わした二人は、そこで顔を上げる。
先ほどの男性と同様、彼らも、どこか気がかりだったのかもしれない。
姿勢を戻したモルコゴさんが、吾輩に言う。
「先刻、大地の女神の巫女さまからも、今回の件についての許しを得ました。村の者はもちろん、私についてもお咎めなしと」
まさか彼もユッカちゃんから、本当に何か罰を受けるとは思っていなかったはず。
幼い彼女のためとはいえ、巫女に対する手荒な行為をしてしまったのは事実だから、それに対する一応の礼儀――ということなんだろう。




