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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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011. 夕暮れの宴は和やかに(1)

 オトジャの村の夕暮れ。


 いろいろあった一日も、静かに終わりを迎える――なんてことにはならなくて。


「さぁさぁ、あらためて騒ぎましょう」

「夜はこれから、飲めや歌え」

「食べ物が足りないぞ、どんどん持ってこい」


 やいのやいのと響きわたる、ご機嫌な村民たちの声。


 広場にて、再び始まった歓迎の宴は、先ほどにも増して盛り上がっている。


 きっと、肩の荷が下りたんだろう。


 この村のトロールの方々は、もちろん理由あってのことだが、ユッカちゃんを追い込まなくてはならなかった。

 彼らは、吾輩のような旅人にも寛容な優しき森の民だ。

 穏やかではないはかりごとに、その心を痛めないはずがない。


「おーい、酒はどうした?」

「あんた、ちょっと飲みすぎだよ」

「いいじゃないか、奥さん。今日くらい、たらふく飲ませてやれよ」

「そうだ、そうだぞ、わっはっは!!」

「もう……まったく、仕方がないねぇ――なら、私も♪」


 無事に役目を果たした現在の彼らは、それぞれが内に秘めていた緊張感を解放するように楽しんでいた。


 吾輩、クーリア、キューイの三人は、それとなく固まって、宴の席を満喫している。


「何だかあわただしかったね、この村に来てから」


 果物を片手に、クーリアが苦笑い。


 確かにそうだ。


 特に彼女に関しては、強引にも人質にされ、身動きどころか口までふさがれていたんだ。


 もちろんマルチェさんはその後、クーリアに事情を説明して、しっかりと謝罪したらしい。


 吾輩の旅の相棒は、さっぱりとした気持ちのいい性格の少女だ。

 彼女が心から許し、全部を水に流したのは言うまでもない。


「キュイ、キュイ」


 一方のキューイも、どこか疲れた様子。


 まぁ、そうなるのも無理はない。

 彼も大変だったから。


 とはいえ、すべてが終わり、再び食事を楽しめている今となっては、どうにか笑い話になったけれど。


「いやいや、先ほどは悪かったね」


 そんな吾輩たちパーティーに近づいてきた、一人の男性トロール。

 手には、果実酒のびん。

 騒ぎが起こる前、吾輩にグシカ草のことを教えてくれた方だ。


「変に感づかれないために自然体でいたつもりだったんだけど……まぁ、飲まなきゃやってられなかったよね」


 言いながら一口。

 先ほどにも増して、男性は気持ちよく酔えているみたいだ。


 なるほど。


 事情を知っていた彼としては、気を紛らわすための適度な飲酒が必要だったということか。


「お察ししますよ。正当な大義に基づくものとはいえ、さすがに慣れないことだったでしょうから」


 吾輩が伝えると、


「そう言ってもらえると、こちらとしては心が晴れるよ……少なくとも、君や君たちの仲間には、かなりの迷惑をかけてしまっただろうからね」


 トロールの男性は、クーリアやキューイに申し訳なさそうな視線を送った。


「まぁ、もう済んだ話ですから」

「キュイ、キュイ」


 クーリアとキューイが笑顔で返す。


 そんな彼女たちに、男性はホッとしたのかもしれない。

 応えるように、微笑みながらうなずいていた。


 この男性、体はやはり大きいけれど、おそらく戦士や聖職者ではなく、ごく普通にこの村で暮らす一般のトロールなのだろう。

 それに、きっと心の優しい方。

 理由はとにかく、怖い思いをさせたであろうクーリアやキューイに、それに関与していた一人として、彼はしっかりと謝罪の気持ちを示したかったのかもしれない。


 吾輩たちの返答に安心したのか、男性はテーブルの塩漬け野菜をつまんで食べた。

 たぶん、今夜のお酒は進むことだろう。


「それにしても、すいぶん君は強いんだな。あのターボフを、その細腕でぶっ飛ばしちゃったんだから」

「いえ、そんなことは」


 小さく小刻みに、吾輩は手を振る。


 確かに吾輩は、例の騒ぎの中で、ターボフさんに拳を叩き込んだ。


 あの時はあの時の状況下で、自分のやるべきことをやっていた――のだけれど、すべてを理解した今、それを思い返してみると、どうにも恥ずかしい気持ちになる。


「おっ、うわさをすれば」


 トロールの男性が、ちらりと奥の方を見やる。


 そこには、この村の中でも特に大柄な男性と、ローブを着流した聖職者の姿が。

 しかも、どうやらこちらに来る様子。


「君たちに用があるみたいだから、俺は退散させてもらうよ。どうか、オトジャの夜を楽しんでくれ」


 気持ちよさそうに酔いが進んでいるトロール男性は、果実酒を飲みながら、ゆっくりと去っていった。


 そして、入れ違うように現れたのは、言うまでもなく彼らだ。


「いかがですか、旅の皆さん?」

「どんどん食えよ、オトジャの料理はうまいからな」


 モルコゴさんとターボフさんの親子。


 ウィヌモーラ大教の司祭とパジーロ王国所属の騎士という二人も、一連の狂言については、それなりに気を張っていたのかもしれない。

 出会った当初よりも、今の方が吾輩たちに対してやわらかい雰囲気だ。

 やはり、事が済んだということが大きいのだろう。


 とはいえ、現在は吾輩の方が気をもんでしまう。

 なぜなら、ターボフさんのほほが、それとなくれているからだ。

 原因は考えるまでもない。


「はい、おいしくただいていますよ」

「キュイ、キューイ」


 クーリアとキューイが答えると、モルコゴさんが続く。


「それは何より。旅の方をもてなすのは、我が村の伝統ですからね。おもてなしの心は、オトジャの村のトロール全員が持っているものなのです」


 確かに、それは強く感じる。


 予想外の出来事に巻き込まれてはしまったが、マルチェさんから聞いていた通り、ここの村民は、誰も彼もが社交的。

 部外者で、しかもウィヌモーラ大教の信者ですらない吾輩たちにさえ、非常に親切だ。


 すると、やや声のトーンを落として、モルコゴさんが言う。


「ワガハイさん、クーリアさん、キューイさん――あらためて、先ほどはいろいろと失礼をいたしました。この村を代表して、しっかりと謝らせていただきます。本当に申し訳ありませんでした」


 頭を下げた、オトジャの村の村長。


 無言ではあったが、ターボフさんもそれに従った。


「い、いいですよ、もう……事情は、ちゃんと聞かせてもらいましたから」


 戸惑っている様子のクーリア。


 ウィヌモーラ大教の司祭とパジーロの騎士にこうまでされれば、確かに落ち着かないだろう。


「ね、ねぇ、ワガハイくん?」

「そうですよ、頭を上げてください」


 クーリアにうながされて、吾輩も一言。


「キューイ、キュイ、キュイ」


 加えてキューイも、恐縮気味に翼を揺らしていた。


「……だとよ、親父。お許しが出たぜ」

「まったく、お前というやつは」


 小さく言葉を交わした二人は、そこで顔を上げる。

 先ほどの男性と同様、彼らも、どこか気がかりだったのかもしれない。


 姿勢を戻したモルコゴさんが、吾輩に言う。


先刻せんこく、大地の女神の巫女さまからも、今回の件についての許しを得ました。村の者はもちろん、私についてもおとがめなしと」


 まさか彼もユッカちゃんから、本当に何か罰を受けるとは思っていなかったはず。

 幼い彼女のためとはいえ、巫女に対する手荒な行為をしてしまったのは事実だから、それに対する一応の礼儀――ということなんだろう。

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