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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第1節] ガレッツ公国>オーヌの町
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008. 宿場町の闇

 昼食後。


 お腹がふくれた子供たちは、ダニエさんといっしょにお昼寝の最中だ。


 吾輩はクーリアと二人、庭に出て春の風を感じていた。


「ごめんね、ワガハイくん……混乱しちゃったよね、さっきの?」

「いや、君に謝られるようなことは、何も」


 子供たちの手前、クーリアもダニエさんも、あれから、何でもないように振る舞っていた。


 そんな中で、部外者が無理に立ち入ることはできない。

 話題にしないままに過ごしていたところで、クーリアの方から事情を伝えると、吾輩に声をかけてきたんだ。


「でも、町の役人が、どうしてここへわざわざ? しかも、脅迫めいたセリフで金銭をせびるようなことまで」


 クーリアみたいな盗賊ならいざ知らず、ダニエさんは、孤児を養う町の女性だ。

 役人や憲兵に目をつけられるようなタイプには、とても思えない。


 率直な疑問を吾輩が口にすると、クーリアは硬い表情で語り始める。


「……まず、順序立てて話してもいいかな? 少し長くなるかもしれないけど」

「もちろん」

「じゃあ最初は、私とこことの関係――私がオーヌの町に来たのは、だいたい一ヶ月くらい前だってことは、もう伝えたよね?」

「うん」

「別に私、この町に用はなかったんだけど、ちらっと立ち寄ってみたところ、たまたま通りで、買い物をしていたダニエさんと子供たちと出会ってね。ワガハイくんと同じように、私も子供たちに気に入られちゃって。そんなこんなで、ダニエさんが私を家に招いてくれたのが、とりあえずのきっかけなの」


 ダニエさんは、見ず知らずの吾輩に寝床と食事を与えてくれた女性。

 ハーフエルフの女の子であるクーリアを迎え入れることは、想像に難くない。


「これも、旅の中の出会い――私としては、数日お世話になって、それから次の町を目指そうと思ってたんだけど……ちょっと、そうはいかなくなっちゃって」

「もしかして、さっきのことが原因?」

「……うん」


 吾輩の言葉に、クーリアは小さくうなずいた。


「あの、口調だけはやたらていねいな人間の名前は『ラフマン』。昨日の地下牢がある町の砦を仕切っている、ここの役人。要するに事実上、オーヌの町の支配者ってこと」


 なるほど。

 それであんなふうに、憲兵を引き連れてのご登場ってわけだったのか。


「私がここに来てから二日目くらいに、今日みたいな感じでやってきて、ダニエさんにお金を要求するの。私、旅の道中でいろいろな集落を見てきてるんだけどね、どうもまっとうな感じじゃなさそうだったから、すぐにダニエさんに聞いたんだよ――いったいどういうことなのって。けど、ダニエさんは……はぐらかすだけで教えてくれなくて」


 まぁ普通は、家に立ち寄っただけの旅人に、個人的な事情を話したりしないだろうな。


「だから私、ちょっと調べてみたの。これでも盗賊だからね。町で話を聞いたり、こっそり隠れて砦に潜入したり、そういうのは得意なんだ」


 確かに、クーリアにはお手の物だろうな、そういうの。


「そうしたら、とんでもないことがわかったの――ここの役人たちは、腐った最低の悪党たちなんだってことがね」


 クーリアの語気が強くなる。


「行き場のない子供たちを養っているダニエさんのところには、善意で寄付が集まったりしてるの。都の貴族だったり、裕福な商人だったり、国内外のいろいろなところから……だけどあいつら、その窓口を勝手に名乗り出て、あろうことか自分たちの懐に入れていたんだよ。この数年、ずっと、ずっとね」

「……それは、ずいぶんな話だね」

「それだけじゃないの。ここの土地がどうとか、特別な税金があるだとか理屈を並べて、ダニエさんから、さらに奪おうとしてるんだよ、さっきみたいに」


 あの男性役人――ラフマンが言っていたのは、そういうことだったのか。


「この町に定住者は少ないし、ちょっとやそっと違法な手段で金銭を巻き上げても、大きな問題にはならない。大半は旅人なんだもん、一晩二晩でいなくなる。私みたいに汚職に気づく旅人もいるだろうけど、自分には直接関係ないから、みんな見て見ぬ振り。よそから来る人たちを相手にした商売で潤っている住民は、あえて砦の役人にたてついたりしないしね……そのしわ寄せは、何も悪くないダニエさんと子供たちに、全部」


 宿場町ゆえの闇、か。


 不謹慎かもしれないけど、確かに巧妙だな。

 地方の役人が一財産築くための手段としては、実においしいかもね。

 何たって、第三者の善意で集まってくるお金だ。

 ダニエさんと子供たちがここで生活している限り、その流れが止まることはない。


 生かさず殺さず。


 最低限生活できるレベルのお金しかダニエさんに渡らないようにコントロールしていれば、夜逃げをされるようなこともないってわけか。


 優しいダニエさんが、子供たちを危険にさらしてまで、何か大胆な行動を選択できるはずもない。


 彼女と子供たちは囚われているんだな、この町に――。


「言い訳じゃないけどね、私が昨日、物を盗んだ相手は、あの砦の下っ端役人たちなの。本来なら、ここで子供たちのために使われるはずだったお金があいつらの手に渡っていることが、どうしても許せなくて」


 クーリアが、妙に憲兵を毛嫌いしていたのは、それが理由か。

 うまい汁は当然、この町の憲兵たちも吸っているはず。

 ラフマンに二人の護衛が同行していたことが、何よりの証拠だ。


「事情はわかったけど、それでも盗みはダメだと思うよ。こんな言い方は酷かもしれないけど、君がいくらか取り返したところで、どうなることでもないだろう?」

「そんなこと、私だって……わかってるよ」


 すねたように、クーリアがつぶやいた。


「……ダニエさんは知っているのかい? 君がいろいろと調べたり、危ない橋を渡ろうとしていたってこと」

「気付いてはいると思う。悪事を告発してどうにかしようって、そう提案したりもしたし……でも、全部はぐらかされちゃった」


 クーリアは遠くを見つめ、どこかさみしそうな目をしていた。


「結局私は、ここに立ち寄っただけの旅人。ダニエさんが今の生活を守ろうとしている以上、何にもできないんだよね……悔しいけど、そんな力もないしさ」

「確かに、窃盗を犯したハーフエルフをかくまっているなんてことが知られたら、ダニエさんの立場はさらに悪くなるだろうね」


「……何よ、急にいじわる?」

「事実を言ったまでだよ、事実を」

「それなら地下牢を脱獄した、顔なしゴーストの方が問題よ、大悪党」

「君が脱獄させたんでしょ……だいたい、吾輩は無実の罪で投獄されていたんだから。遅かれ早かれ、そのうち釈放されていたよ。そもそも、その濡れ衣ですら、クーリアが原因じゃないか、まったく」

「む、むぅ……」


 さすがのクーリアも、吾輩への反論をあきらめたらしい。


 それから吾輩たちは、しばし無言の時間を過ごした。

 コートが、静かになびく。

 天気のいい春の午後だというのに、どことなくもの悲しく感じた。


「……私、いったい何がしたいんだろうね」


 クーリアが口を開く。


「どうすることもできない部外者のくせに、無駄な正義感ばかり振りかざして、そのくせ、ただただダニエさんの優しさに甘えるままに、ここでだらだら一ヶ月……本当に、何なんだろう、私って」

「クーリア……」

「結局世の中なんて、どうにかしたくても、どうにもならないことばかり……なんだよ」


 今までの彼女の表情とは違う、どこかあきらめたような、切ない笑顔。


 吾輩は少し、胸の奥がチクリとした。


「旅立つならさ、心の底から、笑顔でこの町を離れたかったんだけどな……無理なのかもね、あはは」


 理由は、いろいろとある。


 けれど、目の前の女の子が乾いたように笑っている――本当に悲しげに。


 それだけで吾輩には、すべてが十分すぎるんだよ。


「要するに、この町の汚れを一掃できれば、すべては丸く収まるってことだよね?」

「えっ?」

「そういえば吾輩、砦の憲兵に剣を取り上げられたままだったよ。だから、ちょっと返してもらいに行ってくるね」

「え、ちょ、ええっ!?」


 突然のことに驚いているクーリアを背に、吾輩は歩き出す。


「ま、待ってよ、ワガハイくん!? いくらなんでも、そんなおかしな――」

「ああ、忘れていたよ」


 そこで吾輩は、大事なことを思い出す。


「ねぇ、クーリア。ダニエさんから、裁縫道具さいほうどうぐを借りられないかな? ほら、吾輩のコート、君に開けられちゃった穴が開いたままだからさ」


 振り返った吾輩が、短剣によって破られたフードの後頭部を指さしながら伝えると、


「……はぁ?」


 まるで不思議な種族を見るような目で、クーリアは口を広げて息をもらしていた。

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