008. 巫女と従者の真実(1)
モルコゴさんの家――その、とある一部屋。
木製の簡素な椅子がいくつかあるだけの、さっぱりとした空間だ。
外では村の方々が、めちゃくちゃになってしまった宴の会場を整えているはず。
マルチェさんはもちろん、クーリアやキューイも手伝っていることだろう。
当然、吾輩もそれに加わるべきなのだが、二人きりの時間を作ってもらいたいと誘われたため、こうやって暇をいただいている。
相手は、幼くも勇敢な少女――ユッカちゃんだ。
あの騒ぎのあと、最初はマルチェさんに、謝罪のための話がしたいと言われた。
こうなってしまった経緯を、洗いざらい伝えたいと。
けれどユッカちゃんが、それを制した。
まずは巫女である自分が――と、責任感を持って手を挙げてくれたんだ。
通された部屋で、しばらくたたずんでいると、
「手持ちぶさたでしたら、私がお相手いたしましょう――大地の女神の巫女さまは、まだしばらく来ないでしょうから」
穏やかな聖職者に戻ったモルコゴさんが、単独で部屋に入ってきた。
「おじゃましています」
「いえいえ」
軽くあいさつを交わすと、
「驚かれたでしょう、ワガハイさん」
モルコゴさんは、そう切り出してきた。
「……ええ。あなたの言動には、心からの怒りを覚えましたよ。まったく、迫真の演技でしたね」
「ははは、お恥ずかしい」
率直な感想を伝えると、モルコゴさんは、恐縮の態度を示した。
「しかし、あなたにそう思ってもらえるくらいに、こちらとしては真剣にやる必要があったのです。事を起こすからには、中途半端では意味がない――大地の女神の巫女さまを、徹底して追い込まなければならなかったのですから」
「……ということは、先ほどの狂言には、何か宗教的な理由があると?」
モルコゴさんは、ウィヌモーラ大教の司祭だ。
マルチェさんの求めに応じた結果とはいえ、彼が主体的な役割を担った以上、そう考えるのが自然だろう。
「私の口から、それについて語ることもできますが、この場では控えさせていただきましょう。どうぞ、大地の女神の巫女さまから、直接お聞きになってください」
「……そうですね」
モルコゴさんの提案を、吾輩は素直に受け入れる。
確かにそうだ。
そのために吾輩は、ここで彼女を待っているのだから。
「ただ一つ、私からお話するとすれば――大地の女神の巫女さまは、本当に信頼できる従者の方と、この旅を共にしているということです」
モルコゴさんの言う『従者』とは、もちろんマルチェさんのこと。
「彼女の真摯な想いがなければ、私や村の者が、あそこまでの行いに手を貸すことは、たぶんなかったでしょうから」
真摯な想い、か。
モルコゴさんの言葉を、無言のままに反芻する。
マルチェさんは、ユッカちゃんに『大好き』だと、強く、そして、真っ直ぐに伝えられる女性だ。
そんな彼女が、あのようなことを画策した理由とは、いったい?
そこで、弾んだ声が響く。
「待たせたのだ、ワガハイ」
わずかに負ったかすり傷――その手当てを終えた様子のユッカちゃんが、部屋に入ってきたんだ。
状態異常に効果のある治癒魔法を受けたか、あるいは、麻痺を治す薬草でも処方されたのだろう。
もう、動きにおかしなところはない。
野菜嫌いの彼女のことだから……うん、きっと前者だな。
「では、私はこれで」
軽く頭を下げたモルコゴさんが、吾輩の前から去っていく。
もちろん、吾輩とユッカちゃんを二人にするための配慮だろうが、先ほどの件の直後だ。
狂言とはいえ、手荒な行為をしてしまった彼女に対して、まだ、ばつが悪いのかもしれない。
そんなトロールの聖職者を、
「モルコゴ」
ユッカちゃんが呼び止める。
「……ワタシは、無事にワタシとして、ソノーガ山脈の聖地から、再びこの村まで戻ってこられるだろうか?」
不可解な問いだった。
奇妙な沈黙の時間が、静かな部屋を流れる。
「わかりません」
ゆっくりと、モルコゴさんが答える。
「ですが、私は信じていますよ、大地の女神の巫女さまのことを」
「……モルコゴ」
「あなたは、私の魔法を自らの力でねじ伏せた、偉大な聖職者なのですから」
ユッカちゃんに優しく微笑んだモルコゴさんは、そのまま部屋を出ていった。
そして、二人きり。
先輩司祭を見送ったユッカちゃんに、吾輩は声をかける。
「体の方は、問題なさそうだね」
「うむ、もう大丈夫なのだ。心配いらない」
そう言ったユッカちゃんは、ちょこんと、近くの椅子に腰を下ろす。
「さぁ、ワガハイも」
「うん」
うながされた吾輩も、向かい合うようにして座った。
「……さて」
つぶやいたユッカちゃんが最初に口にしたのは、
「マルチェを、どうか許してもらいたいのだ」
やはり、従者である彼女のことだった。




