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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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008. 巫女と従者の真実(1)

 モルコゴさんの家――その、とある一部屋。

 木製の簡素な椅子がいくつかあるだけの、さっぱりとした空間だ。


 外では村の方々が、めちゃくちゃになってしまった宴の会場を整えているはず。


 マルチェさんはもちろん、クーリアやキューイも手伝っていることだろう。


 当然、吾輩もそれに加わるべきなのだが、二人きりの時間を作ってもらいたいと誘われたため、こうやって暇をいただいている。


 相手は、幼くも勇敢な少女――ユッカちゃんだ。


 あの騒ぎのあと、最初はマルチェさんに、謝罪のための話がしたいと言われた。

 こうなってしまった経緯を、洗いざらい伝えたいと。


 けれどユッカちゃんが、それを制した。


 まずは巫女である自分が――と、責任感を持って手をげてくれたんだ。


 通された部屋で、しばらくたたずんでいると、


「手持ちぶさたでしたら、私がお相手いたしましょう――大地の女神の巫女さまは、まだしばらく来ないでしょうから」


 穏やかな聖職者に戻ったモルコゴさんが、単独で部屋に入ってきた。


「おじゃましています」

「いえいえ」


 軽くあいさつを交わすと、


「驚かれたでしょう、ワガハイさん」


 モルコゴさんは、そう切り出してきた。


「……ええ。あなたの言動には、心からの怒りを覚えましたよ。まったく、迫真の演技でしたね」

「ははは、お恥ずかしい」


 率直な感想を伝えると、モルコゴさんは、恐縮の態度を示した。


「しかし、あなたにそう思ってもらえるくらいに、こちらとしては真剣にやる必要があったのです。事を起こすからには、中途半端では意味がない――大地の女神の巫女さまを、徹底して追い込まなければならなかったのですから」

「……ということは、先ほどの狂言には、何か宗教的な理由があると?」


 モルコゴさんは、ウィヌモーラ大教の司祭だ。

 マルチェさんの求めに応じた結果とはいえ、彼が主体的な役割をになった以上、そう考えるのが自然だろう。


「私の口から、それについて語ることもできますが、この場では控えさせていただきましょう。どうぞ、大地の女神の巫女さまから、直接お聞きになってください」

「……そうですね」


 モルコゴさんの提案を、吾輩は素直に受け入れる。


 確かにそうだ。


 そのために吾輩は、ここで彼女を待っているのだから。


「ただ一つ、私からお話するとすれば――大地の女神の巫女さまは、本当に信頼できる従者の方と、この旅を共にしているということです」


 モルコゴさんの言う『従者』とは、もちろんマルチェさんのこと。


「彼女の真摯な想いがなければ、私や村の者が、あそこまでの行いに手を貸すことは、たぶんなかったでしょうから」


 真摯な想い、か。


 モルコゴさんの言葉を、無言のままに反芻はんすうする。


 マルチェさんは、ユッカちゃんに『大好き』だと、強く、そして、真っ直ぐに伝えられる女性だ。


 そんな彼女が、あのようなことを画策した理由とは、いったい?


 そこで、弾んだ声が響く。


「待たせたのだ、ワガハイ」


 わずかに負ったかすり傷――その手当てを終えた様子のユッカちゃんが、部屋に入ってきたんだ。


 状態異常に効果のある治癒魔法を受けたか、あるいは、麻痺を治す薬草でも処方されたのだろう。

 もう、動きにおかしなところはない。

 野菜嫌いの彼女のことだから……うん、きっと前者だな。


「では、私はこれで」


 軽く頭を下げたモルコゴさんが、吾輩の前から去っていく。


 もちろん、吾輩とユッカちゃんを二人にするための配慮だろうが、先ほどの件の直後だ。

 狂言とはいえ、手荒な行為をしてしまった彼女に対して、まだ、ばつが悪いのかもしれない。


 そんなトロールの聖職者を、


「モルコゴ」


 ユッカちゃんが呼び止める。


「……ワタシは、無事にワタシとして、ソノーガ山脈の聖地から、再びこの村まで戻ってこられるだろうか?」


 不可解な問いだった。


 奇妙な沈黙の時間が、静かな部屋を流れる。


「わかりません」


 ゆっくりと、モルコゴさんが答える。


「ですが、私は信じていますよ、大地の女神の巫女さまのことを」

「……モルコゴ」

「あなたは、私の魔法を自らの力でねじ伏せた、偉大な聖職者なのですから」


 ユッカちゃんに優しく微笑んだモルコゴさんは、そのまま部屋を出ていった。


 そして、二人きり。


 先輩司祭を見送ったユッカちゃんに、吾輩は声をかける。


「体の方は、問題なさそうだね」

「うむ、もう大丈夫なのだ。心配いらない」


 そう言ったユッカちゃんは、ちょこんと、近くの椅子に腰を下ろす。


「さぁ、ワガハイも」

「うん」


 うながされた吾輩も、向かい合うようにして座った。


「……さて」


 つぶやいたユッカちゃんが最初に口にしたのは、


「マルチェを、どうか許してもらいたいのだ」


 やはり、従者である彼女のことだった。

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