007. 騒然とする宴(4)
風が吹いたわけではない。
地震が起きたわけでもない。
それでも村が――いや、森が揺れた。
ユッカちゃんの魔力に、その覚悟に、確かに大地が反応していた。
すると、マルチェさんが武器を落とす。
「(ごめんなさい、クーリアさん)」
何かを彼女がつぶやくと、クーリアが表情を変えた。
直後、マルチェさんはクーリアを解放し、自分から遠ざけるように突き飛ばす。
「マルチェぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
さまざまな想いが込められているようなユッカちゃんの叫びを合図に、大地の腕たちがマルチェさんへ向かう。
同時に吾輩は、バランスを崩したクーリアの元へ走る。
そこで、
「お待ちください、大地の女神の巫女さまっ!!」
のどが引きちぎれるのではないかというくらいの大声が、ユッカちゃんを制する。
声の主は、あのトロールの聖職者。
「あなたの従者を、もう一度よくごらんになるのですっ!!」
次の瞬間、大地の腕が動きを止める。
クーリアに駆け寄っていた吾輩が、彼女を受け止めながら確認してみると、
「申し訳ありません、ユッカさま」
マルチェさんはひざまづきながら、深く頭を下げていた。
「……マルチェ?」
混乱しているように、一言つぶやくユッカちゃん。
吾輩の腕の中で、
「大丈夫かい、クーリア?」
「う、うん……平気だよ、私は」
戸惑いながらもクーリアは、そう答えてくれた。
とりあえず、ケガはないみたいだな。
「キュイ、キューイ」
そこに、キューイもやってくる。
彼も無事に解放されたみたいだ、よかった。
気づけば周囲のトロールたちも、臨戦態勢を解除している。
何とか事なきを得たようだけど、まったく状況が把握できない。
混乱している吾輩たちパーティーを尻目に、モルコゴさん、ターボフさんたち村の全トロールは、マルチェさんの近くに集まり、ユッカちゃんを前にひざをつく。
「……ど、どういうこと、なのだ?」
「まずは、非礼を詫びさせてください、大地の女神の巫女さま」
村を代表するように、モルコゴさんが言う。
「今のことはすべて、私たちによる『はかりごと』でございます」
はかりごと。
つまり、狂言だったということか。
「私の不遜な行いは、すべて私自身の責任。いかなる罰をもお受けいたしましょう。しかし、村の民は皆、私に従ったのみ。どうか、寛大な裁きをお願いいたします」
そこで、マルチェさんが立ち上がる。
「今回の件は、モルコゴさん以下オトジャの村の方々に、私がお願いしたことなのです、ユッカさま」
「……マルチェが?」
「はい」
本件の首謀者であると自白しつつも、やはりマルチェさんは、相変わらずの平坦な口調だった。
「正直なところ私は、ユッカさまがここで――この村で、巫女としての資格を失ってしまえばいいと、そう思っていました……そうすれば、何があっても私は、あなたの従者でいられるはずですから」
巫女としての資格?
ユッカちゃんは、まだ半人前ながら、正式な大地の女神の巫女のはず。
彼女の父親が、ウィヌモーラ大教の教皇という立場を拝命していることが、何よりの証拠だろう。
部外者の吾輩には、当然ながら意味がわからない。
けれど、感情のつかみにくいマルチェさんが、それでも何か特別な気持ちを胸に秘めていたことだけは伝わってきた。
「……ワタシが、大地の女神の巫女でなくなればいいと、お主は?」
「はい……巫女の従者としては、失格かもしれませんが」
ユッカちゃんが、少しずつマルチェさんに近づいていく。
いつの間にか、七本の大地の腕は消えていた。
「……マルチェは、ワタシのことが嫌いじゃないのか?」
「大好きですよ、ユッカさま」
「や、野菜が苦手で、それにわがままだから……だから、ワタシのことが嫌いになったのではないのか?」
「どうして私が、大好きなユッカさまのことを嫌いになるのでしょう?」
「ほ、本当か? 本当に本当か?」
「はいユッカさま、本当です」
一歩一歩、確認するように進んでいたユッカちゃんが、そこでマルチェさんに抱きつく――といっても、小さな小さな彼女では、その膝元に腕を回すのが精一杯だったけれど。
「そうか、よかった……マルチェに嫌われていなくて、本当に、よかったのだ」
「ユッカさま……」
「……ワタシはやっぱり、わがままな巫女なのだ」
涙を隠しているのだろうか。
ユッカちゃんは、マルチェさんの脚に顔を埋めていた。
「ワタシは、立派な巫女になることだけを考えていて、お主の気持ちを無視してしまっていたのだ……つらかったのだろう、マルチェ?」
「…………」
問いかけるようなユッカちゃんに、マルチェさんは沈黙。
「ごめんなのだ、マルチェ……」
「いいえ……ユッカさまが謝るようなことは、何もありません」
お互いの想いを確かめ合うような、姉妹にも見える二人の少女。
どうしてだろう。
震えるように絞り出したユッカちゃんの謝罪の言葉に、吾輩は、深く重いものを感じてしまった。
「……まぁ、とりあえず一件落着か」
頭を下げ続けている村民の中で一人、ターボフさんが身を起こす。
「キツい一発をくらった俺も、少しは役に立ったってもんだぜ――なぁ、ワガハイ?」
赤く腫れたほほを触りながら、彼は吾輩に向かって笑っていた。




