005. 騒然とする宴(2)
すると、吾輩がマルチェさんにたどり着く前に、話を終えた様子のターポフさんがこちらに近づいてきた。
「聞いたぜ、ワガハイ――あんた、国境なき騎士団員なんだってな」
「……ええ」
無視するわけにもいかない。
吾輩がターボフさんに応じていると、マルチェさんは、クーリアたちがいる場所へ行ってしまった。
逃げられた――と考えるべきか?
だとしたら、ますます疑念が強まる。
「腕が立つんだろうな、やっぱり」
「どうでしょうかね」
「謙遜するなよ。これでも俺は、パジーロ王国の騎士を務めているんだ。対面した武人の力量くらい、だいたいわかる」
「いやいや、吾輩は末席の銅の騎士。名前だけのようなものですから」
マルチェさんを意識しながらも、ターボフさんとやりとり。
すると、広場全体に合図するように、大きく数回、手を叩く音――モルコゴさんだ。
吾輩が気づかないうちに、先ほどの屋敷から来ていたんだろう。
「皆さん、しばし私に時間を」
村長であるモルコゴさんが呼びかけると、それぞれに宴を楽しんでいたトロールの男女たちが、彼へと注目する。
「皆さんも知っての通り、本日、このオトジャの村に、大地の女神の巫女さまが訪れました」
モルコゴさんが、あらためてユッカちゃんを紹介すべく、手の平を上に向けて指し示すと、
「ん、あっ……う、うむ、どうもなのだ」
果物で作った甘いジャムのようなものを口につけながら、彼女は慌てて立ち上がった。
まだ、いろいろと食べている最中だったんだな、ユッカちゃん。
そんな、八歳の少女らしい彼女に微笑むこともなく、モルコゴさんは続ける。
「幼くも神聖な彼女は、自らの使命を自覚し、偉大なる聖職者へと成長すべく、ソノーガ山脈にある聖地へ臨まれる決意をいたしました」
ウィヌモーラ大教を信仰するトロールたちの前で、大地の女神の巫女が聖地入りすると宣言された。
ユッカちゃんの将来にとって必要なことなんだろうし、それは同時に、大地の女神を崇拝するオトジャの村の方々にとっても、たぶん喜ばしいことなんだろう。
見ず知らずの吾輩たちを含めて、彼女の来訪を、このように歓迎してくれているわけだから。
この村のトロールは、寛容で社交的。
なので当然、歓声や拍手が起こっても不思議ではないが……どういうわけか誰一人、そんな反応を示さない。
それどころか、異様なほどに静まりかえっていた。
「大地の女神の巫女さま――どうか、この場でもう一度、私が聞かせていただいたあなたの覚悟を、村の者たちにも語ってくださいませんか?」
「うむ、わかったのだ」
口を拭ったユッカちゃんは、モルコゴさんの求めに応じて、それらしく姿勢を正す。
彼女に緊張している素振りはない。
巫女として進んでいくという自分の気持ちに迷いがないから、ああやっていられるんだろうな。
「あらためまして、ワタシはユッカなのだ。この村のみんなには、こうやっておいしい食べ物を振る舞ってもらって、本当に感謝し――」
「〈痺れる花粉〉」
突然、呪文を唱えたのはモルコゴさん。
あいさつを始めたユッカちゃんの前に花が咲き、それが弾けると、黄色い粉末が彼女にかかる。
「かっ……あ、ぁが」
その直後、ユッカちゃんはけいれん。
苦悶の表情で、その場に倒れ込んでしまった。
一瞬、あまりのことに、思考が回らない吾輩。
しかし、モルコゴさんは冷静すぎるほどに、また呪文を唱える。
「〈蔦の鎖〉」
地面から這い出る、意思持つ縄のような蔦。
横たわるユッカちゃんを、まるで罪人のように縛り上げてしまった。
「大地の女神の巫女さま――だとはいえ、幼い少女くらい、私なら、いくらでもねじ伏せられるのですよ」
穏やかな聖職者であったモルコゴさんの雰囲気は、いつの間にか大きく変わっていた。
冷酷で淡泊。
心がなくなってしまったかのように、呼吸すらままならない状態のユッカちゃんを見下ろしている。
何が何だかわからない。
けれど、ユッカちゃんを助けないと。
「あっ……がかっ、は」
かすれた声しか出せない彼女に駆け寄ろうとすると、
「待てよ、ワガハイ」
驚いた様子もなく、ターボフさんが立ちふさがった。
「悪いが、あんたにじゃまされるわけにはいかないんだ」
「……どいてください」
「行きたきゃ、力ずくでやってみろよ。国境なき騎士団員なんだろ、あんたは」
くっ、どういうことなんだ、いったい。
しかし、迷ってなんかいられない。
「申し訳ないですが、遊んでいられる状況ではないんです――本気で潰させてもらいますよ」
「ああ、望むところだ」
答えたターボフさんに、牽制のつもりで抜刀。
しかし彼は、テーブルとして使用されていた厚手の板を持ち上げ、それに対抗。
料理は散らばり、周囲が乱れる。
「ふんっ」
強引に板を薙いだターボフさん。
当たっても問題のない攻撃だが、これは好機。
吾輩は、体勢を低くして距離を詰め、剣の柄を腹部に叩き込む。
「はっ」
「んくっ……」
声が漏れた。
当然、吐き気がするほどに苦しいはず。
しかし、さすがはトロールの武人。
倒れることなく、頭上から板を振り下ろしてきた。
「どらっ」
次の動きに備えるべく、横に飛んで回避した吾輩。
ターボフさんの力に耐えきれなかったんだろう。
地面に叩きつけられた板は、弾けるようにして割れた。
生半可な打撃では、彼を制圧することはできない。
本気を宣言した以上、多少のケガくらいは覚悟してもらおう。
大地を蹴り、瞬時に接近――剣を左手に持ち替えて、吾輩は呪文を唱える。
「〈魔力充填・鋼〉」
魔法で変化した腕を、力強く突き出す。
「〈錬鉄の拳〉」
鋼の拳が、巨体トロールの顔面をとらえた。
「ごがっ!?」
感触がある。
確かに入った。
勢いよく転がったターボフさんは、そのまま、別のテーブルへと突っ込んでいった。
しかし、目的は彼を倒すことなんかじゃない。
ユッカちゃんの救出だ。
クーリアやキューイはどうしている?
それらのことが思考の中を駆けめぐった瞬間、
「動かないでください、ワガハイさん」
聞き覚えのある声が、吾輩を制する。
「剣を捨ててください」
振り返ったそこには、冷静さを保っているマルチェさん。
しかも彼女は、
「んっ、んん……ん」
あろうことかクーリアの口をふさぎ、その首もとに、あの斧槍の先端を突きつけていたんだ。




