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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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005. 騒然とする宴(2)

 すると、吾輩がマルチェさんにたどり着く前に、話を終えた様子のターポフさんがこちらに近づいてきた。


「聞いたぜ、ワガハイ――あんた、国境なき騎士団員なんだってな」

「……ええ」


 無視するわけにもいかない。

 吾輩がターボフさんに応じていると、マルチェさんは、クーリアたちがいる場所へ行ってしまった。


 逃げられた――と考えるべきか?


 だとしたら、ますます疑念が強まる。


「腕が立つんだろうな、やっぱり」

「どうでしょうかね」

謙遜けんそんするなよ。これでも俺は、パジーロ王国の騎士を務めているんだ。対面した武人の力量くらい、だいたいわかる」

「いやいや、吾輩は末席の銅の騎士ブロンズナイト。名前だけのようなものですから」


 マルチェさんを意識しながらも、ターボフさんとやりとり。


 すると、広場全体に合図するように、大きく数回、手を叩く音――モルコゴさんだ。

 吾輩が気づかないうちに、先ほどの屋敷から来ていたんだろう。


「皆さん、しばし私に時間を」


 村長であるモルコゴさんが呼びかけると、それぞれにうたげを楽しんでいたトロールの男女たちが、彼へと注目する。


「皆さんも知っての通り、本日、このオトジャの村に、大地の女神の巫女さまが訪れました」


 モルコゴさんが、あらためてユッカちゃんを紹介すべく、手の平を上に向けて指し示すと、


「ん、あっ……う、うむ、どうもなのだ」


 果物で作った甘いジャムのようなものを口につけながら、彼女は慌てて立ち上がった。


 まだ、いろいろと食べている最中だったんだな、ユッカちゃん。


 そんな、八歳の少女らしい彼女に微笑むこともなく、モルコゴさんは続ける。


「幼くも神聖な彼女は、自らの使命を自覚し、偉大なる聖職者へと成長すべく、ソノーガ山脈にある聖地へのぞまれる決意をいたしました」


 ウィヌモーラ大教を信仰するトロールたちの前で、大地の女神の巫女が聖地入りすると宣言された。


 ユッカちゃんの将来にとって必要なことなんだろうし、それは同時に、大地の女神を崇拝するオトジャの村の方々にとっても、たぶん喜ばしいことなんだろう。

 見ず知らずの吾輩たちを含めて、彼女の来訪を、このように歓迎してくれているわけだから。


 この村のトロールは、寛容で社交的。


 なので当然、歓声や拍手が起こっても不思議ではないが……どういうわけか誰一人、そんな反応を示さない。


 それどころか、異様なほどに静まりかえっていた。


「大地の女神の巫女さま――どうか、この場でもう一度、私が聞かせていただいたあなたの覚悟を、村の者たちにも語ってくださいませんか?」

「うむ、わかったのだ」


 口をぬぐったユッカちゃんは、モルコゴさんの求めに応じて、それらしく姿勢を正す。


 彼女に緊張している素振りはない。

 巫女として進んでいくという自分の気持ちに迷いがないから、ああやっていられるんだろうな。


「あらためまして、ワタシはユッカなのだ。この村のみんなには、こうやっておいしい食べ物を振る舞ってもらって、本当に感謝し――」

「〈痺れる花粉ラパズ・ペッサ〉」


 突然、呪文を唱えたのはモルコゴさん。


 あいさつを始めたユッカちゃんの前に花が咲き、それが弾けると、黄色い粉末が彼女にかかる。


「かっ……あ、ぁが」


 その直後、ユッカちゃんはけいれん。

 苦悶くもんの表情で、その場に倒れ込んでしまった。


 一瞬、あまりのことに、思考が回らない吾輩。


 しかし、モルコゴさんは冷静すぎるほどに、また呪文を唱える。


「〈蔦の鎖ニャセン・ジェデン〉」


 地面から這い出る、意思持つ縄のようなつた

 横たわるユッカちゃんを、まるで罪人のように縛り上げてしまった。


「大地の女神の巫女さま――だとはいえ、幼い少女くらい、私なら、いくらでもねじ伏せられるのですよ」


 穏やかな聖職者であったモルコゴさんの雰囲気は、いつの間にか大きく変わっていた。

 冷酷で淡泊たんぱく

 心がなくなってしまったかのように、呼吸すらままならない状態のユッカちゃんを見下ろしている。


 何が何だかわからない。


 けれど、ユッカちゃんを助けないと。


「あっ……がかっ、は」


 かすれた声しか出せない彼女に駆け寄ろうとすると、


「待てよ、ワガハイ」


 驚いた様子もなく、ターボフさんが立ちふさがった。


「悪いが、あんたにじゃまされるわけにはいかないんだ」

「……どいてください」

「行きたきゃ、力ずくでやってみろよ。国境なき騎士団員なんだろ、あんたは」


 くっ、どういうことなんだ、いったい。


 しかし、迷ってなんかいられない。


「申し訳ないですが、遊んでいられる状況ではないんです――本気で潰させてもらいますよ」

「ああ、望むところだ」


 答えたターボフさんに、牽制けんせいのつもりで抜刀。


 しかし彼は、テーブルとして使用されていた厚手の板を持ち上げ、それに対抗。


 料理は散らばり、周囲が乱れる。


「ふんっ」


 強引に板を薙いだターボフさん。


 当たっても問題のない攻撃だが、これは好機。

 吾輩は、体勢を低くして距離を詰め、剣の柄を腹部に叩き込む。


「はっ」

「んくっ……」


 声が漏れた。

 当然、吐き気がするほどに苦しいはず。


 しかし、さすがはトロールの武人。

 倒れることなく、頭上から板を振り下ろしてきた。


「どらっ」


 次の動きに備えるべく、横に飛んで回避した吾輩。


 ターボフさんの力に耐えきれなかったんだろう。

 地面に叩きつけられた板は、弾けるようにして割れた。


 生半可な打撃では、彼を制圧することはできない。

 本気を宣言した以上、多少のケガくらいは覚悟してもらおう。


 大地を蹴り、瞬時に接近――剣を左手に持ち替えて、吾輩は呪文を唱える。


「〈魔力充填・鋼マギド・レージ・ルアイゼ〉」


 魔法で変化した腕を、力強く突き出す。


「〈錬鉄の拳ルアイゼ・オスト〉」


 鋼の拳が、巨体トロールの顔面をとらえた。


「ごがっ!?」


 感触がある。


 確かに入った。


 勢いよく転がったターボフさんは、そのまま、別のテーブルへと突っ込んでいった。


 しかし、目的は彼を倒すことなんかじゃない。

 ユッカちゃんの救出だ。


 クーリアやキューイはどうしている?


 それらのことが思考の中を駆けめぐった瞬間、


「動かないでください、ワガハイさん」


 聞き覚えのある声が、吾輩を制する。


「剣を捨ててください」


 振り返ったそこには、冷静さを保っているマルチェさん。


 しかも彼女は、


「んっ、んん……ん」


 あろうことかクーリアの口をふさぎ、その首もとに、あの斧槍の先端を突きつけていたんだ。

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