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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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004. 騒然とする宴(1)

 オトジャの村の広場。


 平たい葉のじゅうたんが敷かれ、丸太のイスが並べられているその空間は、まさに、ワイルドで開放的なランチパーティーの様相だ。


 吾輩たち一行は、村の方々とそれぞれに話しながら、用意された食事を楽しんでいる。


「さぁさぁ、どんどん食べてください」

「これもおいしいんですよ、巫女さま」

「甘い木の実で作ったデザートもありますからね」


 もちろん、うたげの中心はユッカちゃん。

 彼女を囲うように、住民たちが入れ替わり立ち替わりやってきていた。


「うむ、ありがとうなのだ(はむはむ、もぐもぐ)」


 トロールのご婦人から勧められた料理を、おいしそうに食べるユッカちゃん。


「かわいいわぁ、巫女さま」

「ウチの娘にしたいくらい」

「私たちが抱きしめたら、姿が見えなくなっちまうね」


 モルコゴさんとターボフさんは、ユッカちゃんに対して、ある種の『おそれ』を持って接していたけれど、ここのトロール全員が、そういう態度なわけじゃないみたいだ。


 神聖なる巫女――というより、同じくらいの歳の娘もいるだろう女性たちにとって、ユッカちゃんはむしろ、マスコット的存在なのかもしれない。


「おい、お前」


 ユッカちゃんに群がる女性の一人に、近くにいたトロールの男性が話しかける。


「今は、まだ巫女さまには――」

「わかってるわよ……わかってるから」


 相手の言葉をさえぎるように、トロールの女性が返す。

 しかも、なぜか伏し目がちだ。


 ウィヌモーラ大教の信者として、大地の女神の巫女を前に、やはり緊張しているということなのか?


 一方で、


「これ、私が作ったの。よかったら食べてね、お嬢さん」

「はい、いただきます」


「ドラゴンなんだから、いっぱい食べて大きくならないとダメだよ、あんた」

「キュイ、キュイ」


 クーリアとキューイも、すごく歓迎されているようだ。


 排他的ではないどころか、ここのトロールの皆さんは、ずいぶんなホスト体質らしい。

 ありがたいことだ。


 そして吾輩は今、緑色のソースで味付けされた麺を食べている。

 一般的なパスタと比べると、やや太いか。

 独特の香りがする味付けは、めずらしいがみつきになる。


 しかし、これってまさか――。


「気に入ったかい、旅の方」


 果実酒らしきものが入ったびんを片手に、トロールの男性が話しかけてきた。


「それは、この村の伝統料理。そこらに生えている『グシカそう』をベースにしたソースをからめたもので、まぁ、ここらの地域における『お袋の味』ってやつだな」

「あの……その『グシカ草』って、もしかして、これじゃないですかね?」


 ほろ酔い加減の男性に、吾輩は尋ねる。

 取り出したのは、昨日んで、少し余っていた、あの苦い野草だ。


「ああ、それだよ、それ。この森固有の食用植物――だから、そのままの名前でグシカ草。栄養があって二日酔いにも効くから、俺もよく食べるんだ」


 笑って教えてくれたトロールの男性。


 なるほど。


 どうも記憶に残っている香りだと思ったら、やはりこれだったか。


「でも、これ……本来はすごく苦いですよね? 調理すると、こんなにも苦みが消えるものなんですか?」


 さわやかな味で嫌みがないんだ、この麺料理には。

 摘んでおいた苦い野草――グシカ草を事前に口にしていなければ、とてもあれが材料になっているとは思えないくらいに。


「生ではつらいよ。基本的には、ゆでてアクを抜いてから食べないと。そうすれば、おいしいソースにもなるってことさ」

「そうでしたか、勉強になります」

「もちろん、あのキツい苦みが好きだってやつもいるけどな」


 普通のサラダとして出される野菜も苦手なユッカちゃんにしてみれば、それはグシカ草に、あんな反応を示すのも無理なかったということか。


 こういう話は、その地域の方に聞かないと、なかなか学ぶことができない。

 これも、旅の醍醐味だいごみの一つだ。


「それよりどうだい、君も一杯? 町で売られているものより、まろやかで飲みやすいんだよ、オトジャの酒は」


 むのが好きらしい男性が、吾輩に勧めてくる。

 ありがたいけれど、答えは決まっている。


「申し訳ない。下戸なんですよ、吾輩」

「そうなの? まぁ、いいじゃないか、今日くらい。悪酔いしないよ、これは。俺が保証するさ」

「いえ、本当に結構。お気持ちだけいただいておきます」

「……そうかい、美味いんだけどな、この酒は」


 やや不満そうにつぶやきながら、トロールの男性は去っていった。


 あの方、気のいいタイプらしいから、心が痛む。

 もちろん、だからといって呑む気にはなれないけれど。


 気を取り直して、グシカ草の麺料理を一口。

 やはりおいしい。

 外見はバジルソースのパスタに似ているけれど、こちらの方が独特。

 万人受けはしないかもしれないが、はまれば抜け出せない――といった感じ。

 もちろん吾輩は、はまってしまう側。

 もう、すっかりとりこだ。


 そこで、ふと周囲を確認すると、広場の隅にマルチェさんの姿。

 宴を楽しむでもなく、ただ立っているだけだ。


 そんな彼女に、あのターボフさんが近づく。


 何か言葉を交わした様子だが、こちらからはよくわからなかった。


 はっきり言おう。


 昨日から今日にかけて、マルチェさんは怪しい。


 あの無表情や平坦な口調を差し引いたとしても、彼女には不可解な部分が多すぎる。


 麺料理を食べ終えた吾輩は、そのまま、マルチェさんの方へ向かう。


 くだんの聖地入りは明日のようだし、この村に滞在する間は、森の獣からの襲撃を受ける心配もない。

 巫女の従者としての役目も、しばらくは休めるはずだ。


 問いただしてみよう。


 何より吾輩としては、彼女が昨日、ユッカちゃんに放った殺気――のようなものが、とにかく気がかりだから。

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