003. 大地の女神を崇める、トロールの親子(後編)
「では早速、皆さんを歓迎する宴を――といきたいところですが、まずは大事な話を済ませてしまいましょう」
モルコゴさんが言う。
「大地の女神の巫女さま。あなたは当然、この地を訪れるということの意味を、ご自身で理解されてますね?」
「うむ」
ユッカちゃんがうなずいた。
「ワタシは真の聖職者を目指すべく、さまざまなことを学ばなければならない。とはいえ正直、ワタシは何をなすべきか、それを正確には把握できていないのだ……しかし、ワタシは成長したい、しなければならない」
迷いのいない言葉。
こういうときの彼女は、まったく八歳の女の子だなんて思えない。
魔力とはまた別のオーラのようなもが、あの小さな体から漂ってくる――そんな気さえしてしまう。
子供扱いされるのを嫌がったり、渋みのある野草が苦手だったりすることが、一瞬、信じられなくなってしまうほどに。
「だからワタシは、未来へ向かう道しるべがほしい。これからいかに進むべきか、大地の女神の巫女として歩むための啓示を求め、この村にやってきたのだ」
初めて訪れた土地で、初めて顔を合わせた相手を前に、ユッカちゃんは堂々と言い切った。
やはり彼女は違う、特別だ。
でもそれは、決して、巫女という立場にあるからじゃない。
そういう宿命を与えられながらも、自分の生き方を自分なりに探ろうとしている凛とした姿勢に、吾輩はそう感じてしまうんだ。
こちらが聞き入ってしまうような決意の宣誓に、
「よろしいです、大地の女神の巫女さま」
納得した様子で、モルコゴさんが答えた。
「あなたには明日、我らが管理しているウィヌモーラ大教の聖地へ入っていただきます。そこできっと、あなたはソノーガ山脈に住まう大地の精霊から、あなたの求める『何か』を示されるでしょう……覚悟はできていますね?」
「うむ、もちろんだ」
モルコゴさんへ、端的に返したユッカちゃん。
大地の精霊か、興味深い。
聖地というくらいだから、遺跡でもあるのだろうか?
吾輩にも許されるのなら、ぜひとも訪れてみたい。
しかしながら、どうして『覚悟』を問うのだろう。
大地の精霊から何かを――つまり啓示を得るというだけなら、何もそこまでのことはないはずだ。
要するに、巫女としてどうすればいいのか、そのヒントを聞きに行くということなのだから。
山登りの過酷さを伝えているのか?
けれどマルチェさんは、このオトジャの村まで来れば、聖地への道のりは特別険しくないと言っていたし……不可解だな、どうも。
「それだけ聞ければ結構でございます、大地の女神の巫女さま。明日は、愚息のターボフが案内いたします」
「よろしくお願いします、大地の女神の巫女」
ターポフさんが、軽く頭を下げた。
どうやらこれで、モルコゴさんの『大事な話』は終わりらしい。
「どうか今夜は、村でゆっくりと体を休めてください、大地の女神の巫女さま」
「うむ、お世話になるのだ」
小さな体を曲げて、ユッカちゃんは、村の代表者に礼儀を示した。
「では、歓迎の宴に参りましょう。外では村の者たちが、会場を準備してくれているはず。同行者の方々も、この村が自分たちの故郷だと思って、ぞんぶんにくつろいでください――ターボフ、皆さまをお連れして」
「ああ」
父親の指示に一言答えたターボフさんが、吾輩たちをうながす。
今は、昼を少し過ぎたくらいの時間か。
宴というには早いけれど、この地域の珍しい食べ物を味わえるとすれば、なかなか興味深い。
「楽しみだね、キューイ」
「キュイ、キュイ」
立ち上がったクーリアに、キューイが応じる。
「ワタシも、実はお腹が空いていたのだ」
ユッカちゃんも加わって、三人はそそくさと部屋の外へ。
さて、それでは吾輩も続くとしよう。
するとそこで、なぜかモルコゴさんが、マルチェさんに一言。
「あなたの望み通りになればよいですね、従者の方」
「…………」
視線は交わらない。
けれどマルチェさんは、確かに反応を示していた。
気になった吾輩は、彼女に尋ねる。
「マルチェさん、今のはどういう――」
「ワガハイ、だったよな?」
そこでターボフさんが、いきなり吾輩に声をかけてきた。
言葉がさえぎられてしまう。
「ウィヌモーラ大教の上級聖職者とかならとにかく、大地の女神の巫女の単なる連れだっていうなら、あんたにはフランクにいかせてもらうぜ。堅苦しいのは苦手なんだ」
ある意味、無骨な外見を裏切らない態度のターボフさん。
そんな彼であっても、ユッカちゃんにはていねいな言葉遣いだった。
自分の娘であってもおかしくはない年齢だろう少女に。
やはりウィヌモーラ大教を信仰している者にとって、大地の女神の巫女というのは、神聖な存在のようだ。
「俺はこういう性格だ、他意はない。悪く思わないでくれよ」
「……ええ、構いませんよ」
吾輩は、しがない旅人。
人様に敬語を遣われるような身分のゴーストではないのだから。
「あんたも、俺には適当に接してくれ」
「わかりました」
「ほら、じゃあ早く行くぞ、ワガハイ」
ターボフさんが、吾輩を急かす。
まるで、何かをごまかしたいみたいに。
振り返ると、そこには、
「行きましょう、ワガハイさん」
自然体のマルチェさん。
「……そうですね」
どうやら、問いただすタイミングを失ってしまったらしい。
マルチェさんと二人、吾輩はターボフさんに連れられ、部屋を出た。




