002. 大地の女神を崇める、トロールの親子(前編)
やってきたのは、オトジャの村の奥にある、平屋の一軒家。
普通の住宅みたいだけれど、他の建物より古めかしい。
いい意味で、雰囲気のある場所だ。
村民の方々に招かれたとはいえ、部外者きわまりない吾輩は、ただ静かに従うのみ。
ウィヌモーラ大教のユッカちゃんとマルチェさんだけが頼りだ。
若いトロールの女性の案内で、風通しのよい板張りの部屋に通された吾輩たち一行。
どうやらここは、それなりの立場にある方の自宅らしい。
トロールの体格に合わせた造りだからか、吾輩にはずいぶんと広く感じられた。
クーリアとキューイは、好奇心か、それとも緊張からか、すっと周囲を観察している。
マルチェさんは、相変わらずの無表情。
最初はどぎまぎしていたユッカちゃんだけど、今はちょこんと、けれど堂々と座っている。
幼いとはいえ、さすがは大地の女神の巫女だな。
しばらく待機していると、さっきの大きなトロールの男性と、もう一人、上下に続くローブを身につけた別のトロールの男性が部屋に入ってきた。
礼儀として、吾輩が立ち上がって迎えようとすると、
「いや、そのままでいい」
あの大柄のトロール男性が、それを制した。
そういうことならと、吾輩は素直に受け入れる。
彼の指示に従うように、クーリアやマルチェさんも、そのまま姿勢を正すのみだった。
歓迎に際しての野次馬を静めたトロールの男性は壁際に、一方のローブ姿の男性は、部屋の奥の中央に立った。
ローブ姿の男性の顔には、適度にしわが入っていて、それなりに歳を重ねていることがうかがえる。
おそらく、彼がこの家の主なんだろう。
ユッカちゃんに向かってひざを下ろしたローブ姿の男性は、穏やかに口を開く。
「ようこそいらっしゃいました、大地の女神の巫女さま。私は『モルコゴ』。オトジャの村の村長にして、ウィヌモーラ大教本部から司祭の役職を与えられている聖職者にございます」
なるほど、村長か。
それに、ウィヌモーラ大教の司祭。
このオトジャの村における、政教両面での指導者というわけか。
ここまでの素早い対応からして、ユッカちゃんの動向については、彼がウィヌモーラ大教の本部から伝えられていたんだろう。
そうでなければ、こうも手際よくはならない。
自分の信仰する宗教の巫女を招き入れるのだから、村としても、それなりの心構えが必要なはずだしね。
「お会いできてうれしく思います、大地の女神の巫女さま」
「うむ、こちらこそ――みんなが集まってきたときは驚いてしまったが、ワタシの到着を、あのようにして喜んでもらえるというのは、本当にありがたいことなのだ」
体格差はすさまじいけれど、ユッカちゃんは堂々と、この村の村長にして同じ女神を信仰する聖職者――モルコゴさんに返していた。
お互いに司祭という地位ではあるが、やはり巫女であるユッカちゃんは特別なんだろう。
親子ほど、あるいはそれ以上に歳が離れているはずのモルコゴさんが、ていねいな態度で応じているのだから。
「私は、ウィヌモーラさまに仕える聖職者。この地を訪れる大地の女神の巫女さまを歓迎するのは、当然のことでこざいます」
ソノーガ山脈の西の際に、ウィヌモーラ大教の聖地の一つがある――というのが、マルチェさんから聞いている話。
ユッカちゃんが真の巫女となるためには、そこを訪れなければならないと。
この村は、その聖地を管理する者たちが暮らす集落。
ウィヌモーラ大教を代々信仰しているトロール一族が、彼らの伝統的な生活を守りつつ、大地の女神の巫女を迎えるための場所――ということか。
それとなく理解したところで、モルコゴさんが、壁際の男性を手で示す。
「紹介させていただきます、大地の女神の巫女さま――あそこにいる、図体だけは一人前のトロールは『ターボフ』。恥ずかしながら、私の息子にございます」
親子か。
確かに、どことなく似ている気もしなくはない。
吾輩が言えたセリフではないけれど、他種族の年齢というのは、なかなか、外見では判断しづらいものがある。
けれど、親子関係にあるということから考えるに、たぶんモルコゴさんは五十代、その息子――ターボフさんは、三十代くらいだろう。
「ちっ」
父親から発せられた『図体だけは一人前』とか『恥ずかしながら』に腹を立てたのか、小さな舌打ちをしたターボフさん。
けれどユッカちゃんがいる手前か、ひざをつき、体を縮めてあいさつをする。
「あらためまして、大地の女神の巫女。俺の名はターボフ。ウィヌモーラさまを信仰する、トロールの信者です。親父と違って、俺は聖職者ではなく、オトジャの戦士ですが」
「見ての通りの男ですから、体を動かすことしか能がありません。ですがありがたいことに、パジーロ王国からの要請を受け、普段は都――パジーロ城下町で、騎士として働いているのですよ、この愚息は」
こちらに伝えているようで、モルコゴさんの言葉は、明らかにターボフさんに向かっている。
「ちっ……さっきから余計なんだよ、クソ親父が」
「このように汚い言葉を口にする、困った息子なのです」
親子での、軽い言い合い。
とはいえ、ややトゲのある表現をしつつも、モルコゴさんに悪意はないようだ。
内心は、自分の息子を誇らしく思っているに違いない。
それにしても――ターボフさんは、パジーロ王国の騎士だったのか。
きっと、力強い武人なんだろう。
けれど、そういうことなら、王国騎士であるターボフさんが、今はパジーロ城下町から帰郷しているということになる。
休暇をもらうのも、それなりに大変だろうに。
この村のウィヌモーラ大教の信者にとって、ユッカちゃんの来訪は、そんなにも特別なことなのか。
それとも、他に何か意味が?
「うむ、仲のいい親子なのだ」
モルコゴさんとターボフさんの間の空気感を、幼いユッカちゃんも理解したのだろう。
笑顔でうなずいていた。
「では、ワタシからも紹介させてもらうのだ」
お返しとばかりに、ユッカちゃんが立ち上がる。
「ウィヌモーラ大教に所属する、ハーフミノタウロスの戦士――マルチェ。ワタシの、頼れる従者なのだ」
「よろしくお願いします」
ユッカちゃんの紹介に、マルチェさんが頭を下げた。
「それと、こっちはゴーストのワガハイ。さらに、クーリアとキューイなのだ」
「ワガハイです、よろしくお願いします」
「ハーフエルフのクーリアです」
「キュイ、キューイ」
続いて、吾輩たちパーティーもあいさつ。
「彼らはウィヌモーラ大教の信者ではないが、縁あって同行しているのだ。悪い者でないことは、ワタシが保証するぞ」
「ワガハイさん、クーリアさん、キューイさんですね――了解いたしました」
吾輩たちを見ながら、優しくうなずいたモルコゴさん。
聞いていたように、オトジャの村は、部外者にも寛容な集落のようだ。




