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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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002. 大地の女神を崇める、トロールの親子(前編)

 やってきたのは、オトジャの村の奥にある、平屋の一軒家。

 普通の住宅みたいだけれど、他の建物より古めかしい。

 いい意味で、雰囲気のある場所だ。


 村民の方々に招かれたとはいえ、部外者きわまりない吾輩は、ただ静かに従うのみ。

 ウィヌモーラ大教のユッカちゃんとマルチェさんだけが頼りだ。


 若いトロールの女性の案内で、風通しのよい板張りの部屋に通された吾輩たち一行。

 どうやらここは、それなりの立場にある方の自宅らしい。

 トロールの体格に合わせた造りだからか、吾輩にはずいぶんと広く感じられた。


 クーリアとキューイは、好奇心か、それとも緊張からか、すっと周囲を観察している。


 マルチェさんは、相変わらずの無表情。


 最初はどぎまぎしていたユッカちゃんだけど、今はちょこんと、けれど堂々と座っている。

 幼いとはいえ、さすがは大地の女神の巫女だな。


 しばらく待機していると、さっきの大きなトロールの男性と、もう一人、上下に続くローブを身につけた別のトロールの男性が部屋に入ってきた。


 礼儀として、吾輩が立ち上がって迎えようとすると、


「いや、そのままでいい」


 あの大柄のトロール男性が、それを制した。


 そういうことならと、吾輩は素直に受け入れる。


 彼の指示に従うように、クーリアやマルチェさんも、そのまま姿勢を正すのみだった。


 歓迎に際しての野次馬を静めたトロールの男性は壁際に、一方のローブ姿の男性は、部屋の奥の中央に立った。


 ローブ姿の男性の顔には、適度にしわが入っていて、それなりに歳を重ねていることがうかがえる。

 おそらく、彼がこの家の主なんだろう。


 ユッカちゃんに向かってひざを下ろしたローブ姿の男性は、穏やかに口を開く。


「ようこそいらっしゃいました、大地の女神の巫女さま。私は『モルコゴ』。オトジャの村の村長にして、ウィヌモーラ大教本部から司祭の役職を与えられている聖職者にございます」


 なるほど、村長か。


 それに、ウィヌモーラ大教の司祭。


 このオトジャの村における、政教両面での指導者というわけか。


 ここまでの素早い対応からして、ユッカちゃんの動向については、彼がウィヌモーラ大教の本部から伝えられていたんだろう。

 そうでなければ、こうも手際よくはならない。

 自分の信仰する宗教の巫女を招き入れるのだから、村としても、それなりの心構えが必要なはずだしね。


「お会いできてうれしく思います、大地の女神の巫女さま」

「うむ、こちらこそ――みんなが集まってきたときは驚いてしまったが、ワタシの到着を、あのようにして喜んでもらえるというのは、本当にありがたいことなのだ」


 体格差はすさまじいけれど、ユッカちゃんは堂々と、この村の村長にして同じ女神を信仰する聖職者――モルコゴさんに返していた。


 お互いに司祭という地位ではあるが、やはり巫女であるユッカちゃんは特別なんだろう。

 親子ほど、あるいはそれ以上に歳が離れているはずのモルコゴさんが、ていねいな態度で応じているのだから。


「私は、ウィヌモーラさまに仕える聖職者。この地を訪れる大地の女神の巫女さまを歓迎するのは、当然のことでこざいます」


 ソノーガ山脈の西の際に、ウィヌモーラ大教の聖地の一つがある――というのが、マルチェさんから聞いている話。

 ユッカちゃんが真の巫女となるためには、そこを訪れなければならないと。


 この村は、その聖地を管理する者たちが暮らす集落。

 ウィヌモーラ大教を代々信仰しているトロール一族が、彼らの伝統的な生活を守りつつ、大地の女神の巫女を迎えるための場所――ということか。


 それとなく理解したところで、モルコゴさんが、壁際の男性を手で示す。


「紹介させていただきます、大地の女神の巫女さま――あそこにいる、図体だけは一人前のトロールは『ターボフ』。恥ずかしながら、私の息子にございます」


 親子か。


 確かに、どことなく似ている気もしなくはない。


 吾輩が言えたセリフではないけれど、他種族の年齢というのは、なかなか、外見では判断しづらいものがある。


 けれど、親子関係にあるということから考えるに、たぶんモルコゴさんは五十代、その息子――ターボフさんは、三十代くらいだろう。


「ちっ」


 父親から発せられた『図体だけは一人前』とか『恥ずかしながら』に腹を立てたのか、小さな舌打ちをしたターボフさん。


 けれどユッカちゃんがいる手前か、ひざをつき、体を縮めてあいさつをする。


「あらためまして、大地の女神の巫女。俺の名はターボフ。ウィヌモーラさまを信仰する、トロールの信者です。親父と違って、俺は聖職者ではなく、オトジャの戦士ですが」

「見ての通りの男ですから、体を動かすことしか能がありません。ですがありがたいことに、パジーロ王国からの要請を受け、普段は都――パジーロ城下町で、騎士として働いているのですよ、この愚息ぐそくは」


 こちらに伝えているようで、モルコゴさんの言葉は、明らかにターボフさんに向かっている。


「ちっ……さっきから余計なんだよ、クソ親父が」

「このように汚い言葉を口にする、困った息子なのです」


 親子での、軽い言い合い。


 とはいえ、ややトゲのある表現をしつつも、モルコゴさんに悪意はないようだ。

 内心は、自分の息子を誇らしく思っているに違いない。


 それにしても――ターボフさんは、パジーロ王国の騎士だったのか。

 きっと、力強い武人なんだろう。


 けれど、そういうことなら、王国騎士であるターボフさんが、今はパジーロ城下町から帰郷しているということになる。

 休暇をもらうのも、それなりに大変だろうに。


 この村のウィヌモーラ大教の信者にとって、ユッカちゃんの来訪は、そんなにも特別なことなのか。


 それとも、他に何か意味が?


「うむ、仲のいい親子なのだ」


 モルコゴさんとターボフさんの間の空気感を、幼いユッカちゃんも理解したのだろう。

 笑顔でうなずいていた。


「では、ワタシからも紹介させてもらうのだ」


 お返しとばかりに、ユッカちゃんが立ち上がる。


「ウィヌモーラ大教に所属する、ハーフミノタウロスの戦士――マルチェ。ワタシの、頼れる従者なのだ」

「よろしくお願いします」


 ユッカちゃんの紹介に、マルチェさんが頭を下げた。


「それと、こっちはゴーストのワガハイ。さらに、クーリアとキューイなのだ」

「ワガハイです、よろしくお願いします」

「ハーフエルフのクーリアです」

「キュイ、キューイ」


 続いて、吾輩たちパーティーもあいさつ。


「彼らはウィヌモーラ大教の信者ではないが、縁あって同行しているのだ。悪い者でないことは、ワタシが保証するぞ」

「ワガハイさん、クーリアさん、キューイさんですね――了解いたしました」


 吾輩たちを見ながら、優しくうなずいたモルコゴさん。

 聞いていたように、オトジャの村は、部外者にも寛容な集落のようだ。

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