001. 森の守護者の住まう村
ニサの町で、ユッカちゃんとマルチェさんに出会った吾輩たち。
ウィヌモーラ大教の巫女と従者である彼女たち一行に連れられてやってきたのは、パジーロ王国の東半分を占めるグシカ森林だ。
巨大トンボや二足歩行の恐竜などが出現するこの地域は、王国西部に広がる平野部とはもちろん、周辺国家の領土内にある森や林と比べても、生息している獣の種類が違うようだ。
木々の中で一夜を過ごした吾輩たちは、日の出に背中を押されながら、再び歩き出す。
すると次第に、生い茂る緑の中で、生活感のある小道が確認できるようになってきた。
足早に進むユッカちゃんを先頭に吾輩たちが到着したのは、自然に囲まれた、穏やかで落ち着いた集落だった。
「皆さん、おつかれさまです」
マルチェさんが言う。
「ここが目的地、オトジャの村です」
細く高く伸びている二本の樹木が、まるで村の門のようにそびえ立つ。
ニサの町の民家は、石造りのものが多かったけれど、ここで確認できる建物は、木造の平屋ばかり。
まぁ、周囲にこれだけ立派な材料があるのだから、使わない手はないということか。
ここが、オトジャの村。
グシカ森林内部にある、ウィヌモーラ大教を信仰する者たちの住まう集落か。
「ふぅ、無事に着いたのだ」
ユッカちゃんが、広めのおでこを拭う。
魔法が得意な彼女でも、体力は年相応。
きっと疲れたことだろう。
「キュイ、キュイ」
キューイは朝から元気だ。
新しく訪れたこの場所に、新鮮な好奇心を抑えられない様子。
「同じパジーロ王国でも、ニサの町とは全然雰囲気が違うんだね」
オトジャの村を前に、それとなく感想を口にしたクーリア。
すると彼女は、何かに気づいたように、視線を奥の民家へと向ける。
そこにいたのは、母親らしき女性に何やら注意されている、二人の男の子の姿だった。
しかし、そのいたずらっぽい態度から男の『子』だと判断できるけれど、彼らの身長は、すでに吾輩と変わらないくらい。
母親らしき女性の方は、かなり大きいはずのマルチェさんよりも体格がよかった。
ちらほら確認できる他の村民たちを含め、彼らの肌の色は、総じて緑色。
ヘアースタイルは、丸めている方、短く刈りそろえられている方、地面に垂れるほどに長い方までさまざまだ。
確かマルチェさんは、グシカ森林内の集落で暮らしているのは、ほぼ単一の種族だと言っていた。
そうか。
つまり、オトジャの村は――。
「ここは、トロールの集落。大地と共に生きる、気高き信仰者たちの村なのです」
マルチェさんが、吾輩たちに説明するように伝えてくれた。
トロールは、恵まれた巨大な体と、そこから生み出される怪力が特徴とされる種族だ。
肌の色や髪の色は多種多様だと聞いているが、この地域のトロールは緑色の肌を持つタイプらしい。
野蛮な種族――という偏見で見られることもある彼らだが、神や精霊を敬いながら伝統的な生活を維持する、森の穏やかなる守護者という印象が、吾輩には強い。
現に、オトジャの村のトロールは、大地の女神を誠実に信仰しているみたいだし。
まぁ、ゴーストである吾輩同様に、いろいろと勘違いされてしまう種族ではあるだろうな。
「彼らたち種族の住まう村を訪れるのは初めてなのか、クーリア?」
興味深そうに村をながめるクーリアに、ユッカちゃんが尋ねた。
「うん。旅の途中ですれ違うことはあったかもしれないけど、トロールが中心となって築いている集落に来るのは初めてだよ」
「彼らの生活様式から考えると、あまり都市部で見かけないのも、無理はありません。もちろん、私たち世代の若いトロールの中には、積極的に町へ出ていく者も多いのですが」
補足するように、マルチェさんが続いた。
トロールが中心となる集落は、森や山岳部などにあるのが一般的。
この村の方々は違うみたいだけど、他種族との交流を拒む者たちもいるらしい。
要するにトロールは、城下町などで顔を合わせることが少ないタイプの種族だと言えるんだ。
「この村を訪れるのはワタシも初めてだが、緊張することはないぞ、クーリア。きっと、オトジャのトロールは優しいトロールなのだ――なぁ、マルチェ」
「はいユッカさま、その通りです」
いつもの感じでやりとりをする、ウィヌモーラ大教の巫女と従者。
ユッカちゃんが満足げにうなずいていると、
「キュイ、キュイ、キューイ」
彼女の頭上をキューイが舞った。
「ほら、キューイが急かしている。さぁ早く、みんなで村に入るのだ」
「キュイ、キュイ」
ユッカちゃんとキューイのキッズコンビが、村の門のような樹木の間を通ろうとすると、
「うわっ、な、何だ!?」
「キュ、キュイ!?」
いきなり、二本のそびえ立つ木々が揺れ始めた。
「えっ、風?」
不思議そうにつぶやいたクーリアだけど、そうじゃない。
だって、まだ村の外側にいる吾輩たちは、強い空気の流れなんて感じていないのだから。
そこで、マルチェさんが口を開く。
「知らせているのです、ユッカさまの到着を。この地の自然が、ウィヌモーラ大教の巫女の力に反応しているのですよ」
わかっていたみたいに、彼女は冷静。
何でもないように足を進め、ユッカちゃんのうしろに侍った。
すると民家の中や村の奥から、老若男女さまざまなトロールが、ひょっこりと姿を現す。
「あっ、あの女の子って、もしかして?」
「おおっ、なんて神々しいお姿」
「輝く広めのおでこがチャーミング♪」
大きな体でドタドタとやってきた彼らは、ものの数秒で、ユッカちゃんのところまで駆けてくる。
「ど、どど、どういうことなのだ、マルチェ!?」
さすがに驚いたのか、おびえながらマルチェさんに訴えるユッカちゃん。
「大丈夫ですよ、ユッカさま。皆さんは、巫女であるユッカさまを歓迎しているのですから」
平坦な口調でマルチェさんが伝えると、
「おい、お前ら、どけどけっ。俺が通れないだろうーが」
集まっていた村人をかき分けて、一人の男性が出てきた。
「……ったく」
野次馬たちに嘆く、一際大きなトロールの男性。
強面の顔に、筋骨隆々のスタイル。
上半身は、荒い生地の半袖の上着。
下半身には、鮮やかな色の布を巻いている。
周囲の者たちがやや距離を保っているところからすると、この集落における、何か特別な立場の方なのだろうか?
ふと吾輩は、彼の姿に既視感を覚えた。
この巨体は、ニサの町でマルチェさんと話していた、あの――。
「騒がしくて申し訳ない」
その外見には似つかわしくないくらいていねいに頭を下げたトロールの男性は、
「ウィヌモーラ大教本部より、神聖なる旅立ちの連絡を受けてから、村民一同、今日の日を心待ちにしておりました――ようこそ、大地の女神の巫女、我らがオトジャの村へ」
大きな体を縮め、ひざをつき、ユッカちゃんに礼を尽くすトロールの男性。
一方、巫女である本人は、
「えっ、あ……う、うむ」
戸惑いながらも、それらしく答えていた。




