007. 慇懃無礼な町役人
「じゃあ、今度は僕と戦いごっこね」
「ダメよ。次は私と、おままごとの番だもの」
「残念だけどな、これから俺たちとかけっこ大会やるんだよ」
ダニエさんの家でお世話になった翌日、吾輩は、昨日のクーリアのセリフの意味を知る。
「顔なしゴーストさんは、僕と遊ぶの」
「私よ」
「俺だっ」
ダニエさん宅の庭先。
今の吾輩は、ここで暮らす人間やエルフの子供たちに囲まれ、手脚を引っ張られ、背中に乗られ――とにかく、そんな感じだった。
ゴーストの特性で、物理攻撃は無効化できる吾輩だけど、それ以外は基本、他の種族と変わらない。
当然、物を持つことはできるし、誰かに触れることも、触れられることも可能だ。
もちろんその感触は、相手にとって、かなり独特なものではあると思うけれど。
「吾輩は、みんなと遊ぶから、ケンカはしないでね、頼むから」
そんな吾輩は、元気な子供たちに戸惑うばかり。
自分で言うのも何だけど、アンデッドの容姿は不気味なものが多い。
その中でもゴーストは特殊で、他種族の目には、異質かつ無機質に映る。
腐敗や白骨化を伴う一部の同胞たちとは、また違う奇妙さがあるんだ。
けれど、ここの子供たちは、吾輩を恐れるどころか、強い好奇心を示してきた。
さまざまな旅人が行き交うオーヌの町で過ごしているから、自分たち以外の種族に対しても抵抗がないのかもしれない。
もしかしたら、ダニエさんの教育もあるのだろうか?
そういうわけで吾輩は、ベッドから起こされたとたん、こうやって、子供たちのおもちゃになってしまっていた。
「人気者ね、ワガハイくん」
庭に現れたクーリアが、吾輩をからかってくる。
「意外と、小さな子たちのお世話とか、向いているんじゃないの? 夜は、その姿が怖くて泣かれちゃいそうだけどねぇ」
「…………」
吾輩の状況を見て、明らかに楽しんでいるクーリア。
他人事だと思って、いい気なものだ。
そこで、家から出てきたダニエさんが呼びかける。
「おーい、みんな、お昼の時間だよ」
手を叩きながらの合図に、子供たちが大きく返答。
「「「「「「「はーい」」」」」」」
ふぅ、これで少しは休憩できるかな。
吾輩も楽しく遊ばせてもらってはいたけれど、さすがに慣れないことだから、少し疲れた。
「二人も、いっしょにランチよ。焼きたてのパン、たくさんあるからね」
ダニエさんが、吾輩とクーリアを誘う。
焼きたてのパンか、おいしそうだ。
昨日からお世話になってばかりだけど、せっかくだし甘えさせてもらおう。
「じゃあ、家に入ろうか、ワガハイくん」
クーリアが、そう言った直後だった。
町の中心部に続く小道の奥から、数人の人影。
ここには食堂や宿屋はないし、普通の旅人なら、まず訪れないところだと思うけど――などと考えていた吾輩とは違って、いつの間にかクーリアは、その表情を険しくしていた。
「ダニエさん」
「ええ、わかってるわ。クーリアは、みんなを連れて中へ」
「で、でも……」
「いいの、これは私の問題。あなたが騒いで、どうこうできる話じゃないんだから」
何やら、一瞬にして空気が張りつめる。
ダニエさんに説得されたクーリアは、吾輩と子供たちを急かすようにして、家の中へ。
この家の主だけが、庭に残る状態になった。
「……あの、クーリア」
事態が把握できていない吾輩は、部屋の中でたたずむばかり。
子供たちを奥の寝室まで誘導したクーリアは、無言のまま、身を潜めるようにして、わずかに開けた窓の外に注意を向ける。
ここで問いつめるのも野暮なので、吾輩も静かに、庭の様子を見守ることにした。
「やぁやぁ、ダニエさん、ごきげんよう」
やってきたのは、面長で筋張った顔をした、人間の中年男性。
身なりが整っている上に、二人の憲兵まで引き連れている。
どう考えても旅人じゃないな。
この町の役人か?
「……白々しい」
対するダニエさんは、警戒しながら冷たく答える。
「つれないですね、ダニエさんは相変わらず」
「憲兵二人も侍らせて、ごきげんようも何もないだろうに」
ダニエさんの発言自体は強気だけど、その体はどこか震えている。
無理もないか。
相手は男性三人。
しかも、その内の二人は、細身の剣をこれ見よがしに装備しているのだから。
「……まぁ、いいでしょう。こうやって訪ねてきたのは他でもありません――おわかりですよね、ダニエさん?」
「腐った役人なんかに払う金なんて、もうこれっぽっちもないよ」
やはり、あの男性は町の役人みたいだな。
詳しい経緯は不明だけれど、何か金銭関係で、二人はもめているらしい。
「だいたい、本当ならあの子たちに使えるはずのお金だって、あんたらが上手いことくすねてい――」
「おやおや、滅多なことを言わないでくださいよ、ダニエさん。困りますね。証拠もなしに、私たちを侮辱してもらっては」
挑発気味に、役人らしき男性がほほを緩ませる。
ちらりと横を確認すると、クーリアは鋭い視線で庭の様子をながめていた。
きっかけさえあれば、彼らに飛びかかりそうな気配すら漂わせている。
どうやらダニエさんは、何か複雑な問題を抱えているようだ。
それだけは、吾輩にも理解できた。
「……とにかく、今日は帰っておくれよ。あの子たちの食事がまだなんだ。あんたらがいたら、焼きたてのパンもまずくなる」
「わかりました、いいでしょう。私も、あなたたちの生活をじゃましたくはありません。出すものさえ出してもらえれば、こちらも手荒なまねはしませんから――しかし」
紳士的な振る舞いをしていた役人らしき男性が、明らかにその雰囲気を変える。
「もしも誠意を見せてもらえないのなら、この町を司る立場として、それなりの対応はとらせてもらいますよ。こちらも仕事ですからね」
いやらしく言い残すと、役人らしき男性は、憲兵を引き連れて去っていった。
庭には、やるせない表情で固まるダニエさん。
一方、吾輩のとなりにいるクーリアは、
「……あいつら、最低」
拳を握りながら、怒りに満ちた言葉を吐いていた。