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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第1節] ガレッツ公国>オーヌの町
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007. 慇懃無礼な町役人

「じゃあ、今度は僕と戦いごっこね」

「ダメよ。次は私と、おままごとの番だもの」

「残念だけどな、これから俺たちとかけっこ大会やるんだよ」


 ダニエさんの家でお世話になった翌日、吾輩は、昨日のクーリアのセリフの意味を知る。


「顔なしゴーストさんは、僕と遊ぶの」

「私よ」

「俺だっ」


 ダニエさん宅の庭先。


 今の吾輩は、ここで暮らす人間やエルフの子供たちに囲まれ、手脚を引っ張られ、背中に乗られ――とにかく、そんな感じだった。


 ゴーストの特性で、物理攻撃は無効化できる吾輩だけど、それ以外は基本、他の種族と変わらない。

 当然、物を持つことはできるし、誰かに触れることも、触れられることも可能だ。

 もちろんその感触は、相手にとって、かなり独特なものではあると思うけれど。


「吾輩は、みんなと遊ぶから、ケンカはしないでね、頼むから」


 そんな吾輩は、元気な子供たちに戸惑うばかり。


 自分で言うのも何だけど、アンデッドの容姿は不気味なものが多い。

 その中でもゴーストは特殊で、他種族の目には、異質かつ無機質に映る。

 腐敗や白骨化を伴う一部の同胞たちとは、また違う奇妙さがあるんだ。


 けれど、ここの子供たちは、吾輩を恐れるどころか、強い好奇心を示してきた。

 さまざまな旅人が行き交うオーヌの町で過ごしているから、自分たち以外の種族に対しても抵抗がないのかもしれない。


 もしかしたら、ダニエさんの教育もあるのだろうか?


 そういうわけで吾輩は、ベッドから起こされたとたん、こうやって、子供たちのおもちゃになってしまっていた。


「人気者ね、ワガハイくん」


 庭に現れたクーリアが、吾輩をからかってくる。


「意外と、小さな子たちのお世話とか、向いているんじゃないの? 夜は、その姿が怖くて泣かれちゃいそうだけどねぇ」

「…………」


 吾輩の状況を見て、明らかに楽しんでいるクーリア。

 他人事だと思って、いい気なものだ。


 そこで、家から出てきたダニエさんが呼びかける。


「おーい、みんな、お昼の時間だよ」


 手を叩きながらの合図に、子供たちが大きく返答。


「「「「「「「はーい」」」」」」」


 ふぅ、これで少しは休憩できるかな。


 吾輩も楽しく遊ばせてもらってはいたけれど、さすがに慣れないことだから、少し疲れた。


「二人も、いっしょにランチよ。焼きたてのパン、たくさんあるからね」


 ダニエさんが、吾輩とクーリアを誘う。


 焼きたてのパンか、おいしそうだ。

 昨日からお世話になってばかりだけど、せっかくだし甘えさせてもらおう。


「じゃあ、家に入ろうか、ワガハイくん」


 クーリアが、そう言った直後だった。


 町の中心部に続く小道の奥から、数人の人影。


 ここには食堂や宿屋はないし、普通の旅人なら、まず訪れないところだと思うけど――などと考えていた吾輩とは違って、いつの間にかクーリアは、その表情を険しくしていた。


「ダニエさん」

「ええ、わかってるわ。クーリアは、みんなを連れて中へ」

「で、でも……」

「いいの、これは私の問題。あなたが騒いで、どうこうできる話じゃないんだから」


 何やら、一瞬にして空気が張りつめる。


 ダニエさんに説得されたクーリアは、吾輩と子供たちを急かすようにして、家の中へ。

 この家の主だけが、庭に残る状態になった。


「……あの、クーリア」


 事態が把握できていない吾輩は、部屋の中でたたずむばかり。


 子供たちを奥の寝室まで誘導したクーリアは、無言のまま、身を潜めるようにして、わずかに開けた窓の外に注意を向ける。


 ここで問いつめるのも野暮なので、吾輩も静かに、庭の様子を見守ることにした。



「やぁやぁ、ダニエさん、ごきげんよう」


 やってきたのは、面長で筋張った顔をした、人間の中年男性。

 身なりが整っている上に、二人の憲兵まで引き連れている。

 どう考えても旅人じゃないな。

 この町の役人か?


「……白々しい」


 対するダニエさんは、警戒しながら冷たく答える。


「つれないですね、ダニエさんは相変わらず」

「憲兵二人も侍らせて、ごきげんようも何もないだろうに」


 ダニエさんの発言自体は強気だけど、その体はどこか震えている。

 無理もないか。

 相手は男性三人。

 しかも、その内の二人は、細身の剣をこれ見よがしに装備しているのだから。


「……まぁ、いいでしょう。こうやって訪ねてきたのは他でもありません――おわかりですよね、ダニエさん?」

「腐った役人なんかに払う金なんて、もうこれっぽっちもないよ」


 やはり、あの男性は町の役人みたいだな。

 詳しい経緯は不明だけれど、何か金銭関係で、二人はもめているらしい。


「だいたい、本当ならあの子たちに使えるはずのお金だって、あんたらが上手いことくすねてい――」

「おやおや、滅多なことを言わないでくださいよ、ダニエさん。困りますね。証拠もなしに、私たちを侮辱してもらっては」


 挑発気味に、役人らしき男性がほほを緩ませる。


 ちらりと横を確認すると、クーリアは鋭い視線で庭の様子をながめていた。

 きっかけさえあれば、彼らに飛びかかりそうな気配すら漂わせている。


 どうやらダニエさんは、何か複雑な問題を抱えているようだ。

 それだけは、吾輩にも理解できた。


「……とにかく、今日は帰っておくれよ。あの子たちの食事がまだなんだ。あんたらがいたら、焼きたてのパンもまずくなる」

「わかりました、いいでしょう。私も、あなたたちの生活をじゃましたくはありません。出すものさえ出してもらえれば、こちらも手荒なまねはしませんから――しかし」


 紳士的な振る舞いをしていた役人らしき男性が、明らかにその雰囲気を変える。


「もしも誠意を見せてもらえないのなら、この町を司る立場として、それなりの対応はとらせてもらいますよ。こちらも仕事ですからね」


 いやらしく言い残すと、役人らしき男性は、憲兵を引き連れて去っていった。


 庭には、やるせない表情で固まるダニエさん。


 一方、吾輩のとなりにいるクーリアは、


「……あいつら、最低」


 拳を握りながら、怒りに満ちた言葉を吐いていた。

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