011. 気の抜けない夜の森
夕食を済ませてから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
夜は静かに、そして、いっそう深くなっていく。
大木の葉を敷き詰めて作ったカーペットの上には、寝息を立てているクーリア、キューイ、ユッカちゃんの三人。
一方で吾輩は、マルチェさんと揺れる炎を囲いながら、火の番にいそしんでいた。
「…………」
「…………」
お互い、無言の時間が多い。
口調が平坦で、言葉からは熱を感じないタイプのマルチェさん。
社交性がないわけではなさそうだけれど、自分から無駄口を叩く女性でもないのだろう。
吾輩も、彼女との距離感をつかみ損ねている。
不信や疑念も、いまだに晴れてはいないのだから。
そんな吾輩の心の内を察したのか、マルチェさんが切り出す。
「先ほどから、ずっと気を張っていますね、ワガハイさん」
視線は向けてこない。
ただ、たき火を見ているだけだ。
「小型とはいえ、二足歩行の肉食恐竜を追い払ったのです。彼らは賢い。分不相応な捕食はしません。おいそれと私たちを襲ってくる野獣は、もういないでしょう」
「……そうですね」
マルチェさんは巨大な斧槍を操り、あの小型恐竜に、明らかな力の差を示した。
あれより大きな森の主でもいるのなら話は別だが、本能で生きる彼らが、自分より強い命を狙うことは少ないはず。
彼女が指摘したように、確かに吾輩は、闘気をしばらく維持している。
クーリアたちが休んでから、今現在に至るまで。
けれど別に、飢えた獣たちからの強襲に備えていたわけではない。
そうじゃなくて――。
「ならばどうして、そんなに気を張っているのですか、ワガハイさん?」
抑揚のない口調が、妙に白々しく聞こえた。
わかっているはずだ。
論理的にも、感覚的にも。
手練れの戦士である彼女なら、間違いなく。
夕食時の襲撃、その直前の刹那。
マルチェさんは、強く明確な殺意を放っていた。
もちろんそれは、あの小型恐竜の接近を感知してのことだろう。
吾輩と同時に動き出したわけだし、彼女は先制攻撃として、武器の投てきを行ったのだから。
しかしマルチェさんは、小型恐竜を殺してはいない。
特徴的な長い爪を斬り落とし、戦意を喪失させて、森の奥へと帰しただけだ。
大地の女神を信仰する戦士として、何より一つの命として、誰であろうと無益な殺生を避けることは正しいし、吾輩も共感する。
マルチェさんの実力なら、あの狩人の心臓を貫くこともできただろうが、彼女はそれを選ばなかったんだ。
だが、だとしたら、どうしてあの瞬間、マルチェさんは闘気だけではなく、明確な殺気まで放っていたのか?
しかも、その視線の先にいたのは、ウィヌモーラ大教の巫女であるユッカちゃんで――。
「お疲れでしたら、どうぞ休んでください、ワガハイさん」
「いえ、大丈夫ですよ」
マルチェさん一人に、夜の見張りを任せるわけにはいかない。
あの斧槍が誰に向けられるのかは、彼女にしかわからないのだから。
遠くで、何かの鳴き声が響いた。
夜が進む。
新しい日を迎えるために、ゆっくり、ゆっくりと。




