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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第2節] パジーロ王国>グシカ森林_01
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011. 気の抜けない夜の森

 夕食を済ませてから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。


 夜は静かに、そして、いっそう深くなっていく。


 大木の葉を敷き詰めて作ったカーペットの上には、寝息を立てているクーリア、キューイ、ユッカちゃんの三人。


 一方で吾輩は、マルチェさんと揺れる炎を囲いながら、火の番にいそしんでいた。


「…………」

「…………」


 お互い、無言の時間が多い。


 口調が平坦で、言葉からは熱を感じないタイプのマルチェさん。

 社交性がないわけではなさそうだけれど、自分から無駄口を叩く女性でもないのだろう。


 吾輩も、彼女との距離感をつかみ損ねている。

 不信や疑念も、いまだに晴れてはいないのだから。


 そんな吾輩の心の内を察したのか、マルチェさんが切り出す。


「先ほどから、ずっと気を張っていますね、ワガハイさん」


 視線は向けてこない。

 ただ、たき火を見ているだけだ。


「小型とはいえ、二足歩行の肉食恐竜を追い払ったのです。彼らは賢い。分不相応な捕食はしません。おいそれと私たちを襲ってくる野獣は、もういないでしょう」

「……そうですね」


 マルチェさんは巨大な斧槍ふそうを操り、あの小型恐竜に、明らかな力の差を示した。

 あれより大きな森の主でもいるのなら話は別だが、本能で生きる彼らが、自分より強い命を狙うことは少ないはず。


 彼女が指摘したように、確かに吾輩は、闘気をしばらく維持している。

 クーリアたちが休んでから、今現在に至るまで。


 けれど別に、飢えた獣たちからの強襲に備えていたわけではない。

 そうじゃなくて――。


「ならばどうして、そんなに気を張っているのですか、ワガハイさん?」


 抑揚よくようのない口調が、妙に白々しく聞こえた。


 わかっているはずだ。


 論理的にも、感覚的にも。


 手練れの戦士である彼女なら、間違いなく。


 夕食時の襲撃、その直前の刹那せつな


 マルチェさんは、強く明確な殺意を放っていた。


 もちろんそれは、あの小型恐竜の接近を感知してのことだろう。

 吾輩と同時に動き出したわけだし、彼女は先制攻撃として、武器の投てきを行ったのだから。


 しかしマルチェさんは、小型恐竜を殺してはいない。

 特徴的な長い爪を斬り落とし、戦意を喪失させて、森の奥へと帰しただけだ。


 大地の女神を信仰する戦士として、何より一つの命として、誰であろうと無益な殺生を避けることは正しいし、吾輩も共感する。

 マルチェさんの実力なら、あの狩人の心臓を貫くこともできただろうが、彼女はそれを選ばなかったんだ。


 だが、だとしたら、どうしてあの瞬間、マルチェさんは闘気だけではなく、明確な殺気まで放っていたのか?


 しかも、その視線の先にいたのは、ウィヌモーラ大教の巫女であるユッカちゃんで――。


「お疲れでしたら、どうぞ休んでください、ワガハイさん」

「いえ、大丈夫ですよ」


 マルチェさん一人に、夜の見張りを任せるわけにはいかない。

 あの斧槍が誰に向けられるのかは、彼女にしかわからないのだから。


 遠くで、何かの鳴き声が響いた。


 夜が進む。


 新しい日を迎えるために、ゆっくり、ゆっくりと。

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