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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第2節] パジーロ王国>グシカ森林_01
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010. 機嫌は直った?(3)

 二足歩行で、その種としては比較的小型。

 マルチェさんより、一回り大きいくらいだ。

 体格とは不釣ふつり合いなほどに、手から生えている爪が異様に長い。

 まるで、首を刈る鎌のように。


「グ、グァシュ……」


 躊躇ちゅうちょしているのか、肉食らしき小型恐竜はやや後退。


「キューイ、焦らず慎重に」

「キュイ」


 茂みに潜む飢えた気配に、キューイはすでに気づいていた様子。

 高く上昇して、吾輩に答えてくれた。


「大丈夫かい、クーリア」

「う、うん……へ、平気だよ」


 戸惑いながらだけれど、クーリアも状況を理解できたらしい。

 今夜の獲物を探していたグシカ森林の狩人が、たき火にも恐れず、吾輩たちを襲ってきたという事実を。


 小型恐竜の腕の傷は、マルチェさんが投げ込んだ武器によるものに違いない。

 あの爪による攻撃を防ぎ、なおかつユッカちゃんの盾となるために、彼女は投てきという牽制けんせい手段を選んだんだ。


 なるほど。


 いくら魔法にけたウィヌモーラ大教の巫女だとしても、ユッカちゃんは武人ではないんだ。

 魔術師同士の決闘や、それに類似したシチュエーションでならとにかく、刃物や鈍器による攻撃、あるいは空腹に耐えかねた生物からの強襲などには、素早く反応できるはずがない。


 こういう場面において、保護者けん護衛役である戦士が、ユッカちゃんには必要になるんだな。


「た、助かったぞ、マルチェ」


 大きな体で覆われている下から、ユッカちゃんの声が聞こえた。

 彼女も、事態を把握できたらしい。


「ワガハイさん、少しお任せしてもよろしいですか?」

「ええ」


 素早く会話を交わした吾輩とマルチェさん。


 続けて吾輩は、腕の中のクーリアへ。


「ユッカちゃんのこと、頼んでもいいかい? 吾輩は、あの恐竜の相手をしないと」

「う、うん」


 うなずいてくれたクーリアを抱き起こして、吾輩は剣を抜いた。


 マルチェさんも立ち上がり、そのまま茂みの中へと加速。

 小型恐竜の脇を、素早く抜けていく。


 彼女の動きに反応して、小型恐竜が旋回。

 腕の負傷で興奮しているのか、それとも飢えているだけか、森の狩人は、刃物のような爪をマルチェさんへ向ける。


 けれど、彼女には届かない。

 回り込んだ吾輩が、鋭い爪を剣で受け止めているから。


「キューイ、頼むよ」

「キュイ、キュイ」


 吾輩の求めに応じて、キューイが空中で口を開く。

 火炎放射攻撃だ。


「グ、グァシュ!?」


 致命傷にはならないまでも、ドラゴンのブレスにひるんだ小型恐竜。


 そこに、マルチェさんの声。


「お待たせしました、ワガハイさん」


 剣を弾き上げて、すぐさま後退する吾輩。


 入れ替わるように小型恐竜へ向かうのは、投げた武器を回収してきた彼女だ。


「はっ」


 あの大きな斧槍ふそうを、飢えた狩人へと薙ぐ。


 一線。


 首刈り鎌のような鋭い爪は、汚れた鱗の指先をかすめつつ、そのすべてが斬られて落ちた。


「キャグァシュァァァァァァァァァッ!?」


 血を滴らせながら、叫ぶ小型恐竜。


 巨大な武器を軽やかに、なおかつ的確に操ってみせたマルチェさんを前に、もはや戦意など失せてしまったんだろう。

 爪を失った狩人は、逃げるように茂みの奥へと消えていった。

 あれでは当分、獲物を襲うことなどできないはずだ。


 周囲を確認。

 他に飢えた気配はないようだ。

 吾輩は、静かに剣を収めた。


「ワガハイさん」


 そこで、マルチェさんが呼びかけてきた。


 彼女は、すでに武器を背中に戻していて、すっかり闘気を沈めている。


「時間を作っていただき、ありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ」


 先ほどの恐竜を追い払ったのはマルチェさんだ。

 吾輩は、少し援護をしただけ。


 それに今回も、


「キュイ、キュイ」


 吾輩より活躍したのは、頼れる白き仲間なんだから。


 誇らしげに近づいてきたキューイに、マルチェさんが言う。


「キューイくんも、どうもありがとうございました」

「キュイ、キューイ、キュイ」


 全然たいしたことないよ――と、そう返しているらしい。

 勇ましくて助かるよ、キューイ。


 それにしても、このグシカ森林は、やはりすごいな。

 小型とはいえ、恐竜まで生息しているなんて。

 生半可な力量の旅人では、すぐにエサにされてしまうに違いない。


 とはいえ、この森の奥に集落があるというのだから、いったいそこには、どんな種族が住んでいるのか。

 正直、興味が強まった。


「ワガハイ、マルチェ」


 すると、ユッカちゃんの声。

 安全が確認できたからか、クーリアといっしょにやってきたんだ。


「ご無事ですか、ユッカさま?」

「うむ、大丈夫だぞ、問題ない」


 マルチェさんに、元気よく答えるユッカちゃん。

 もちろん、ケガをしている様子なんてない。


「やはり、マルチェは強いのだ。助かったぞ、ありがとう」

「いいえ、お気になさらず」


 相変わらずの平坦な口調で、マルチェさんがユッカちゃんに返す。

 その背中には、当然ながら、あの斧槍だ。


 投げることも、振るうこともできる武器。


 しかも巨大で、当たれば威力は絶大。


 それを素早く、さらには繊細に操るハーフミノタウロスの女性――マルチェさん。


 かなりの重さがあるはずの斧槍で、狙い澄ましたように小型恐竜の指先の爪だけを斬り落とすなんて、ただの怪力戦士――というだけの武人にできるはずがない。


 想像はしていたけれど、やはり相当の手練てだれだな、彼女は。


 そんなことを考えていると、


「わ、ワガハイくん……」


 どことなく体を縮めているようなクーリアが、吾輩に告げてくる。


「あ、ありがとね。ちょ、ちょっと強引だったけど、さっき……ま、守ってくれて」

「いきなりのことだったから、ああするしかなかったんだけど、まぁ勘弁してよ、クーリア」

「う、うん。し、仕方ないから……許してあげる」


 美少女の私の魅力に我慢できなくなったら――とか、普段はそんなことを言ってふざけているのに、今回は妙にしおらしい。

 とっさの行動とはいえ、現在絶賛『オジサン』認定されている吾輩が、自称『ピチピチ』の十七歳を押し倒したのはまずかったかな?


「……こ、これからも、ちゃ、ちゃんと守ってよね、私が危ないときは」

「もちろん、必ず」


 吾輩が答えると、


「ま、まだ甘い果物が残っているから……いっしょに食べる?」


 残念な木の実や果実しか与えてくれなかったクーリアが、急に優しく誘ってくれたんだ。


「ありがたいけど、いいの?」

「い、いいよ(てれり)」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 するとクーリアは、そそくさとき火の方へ。

 どうやら、出来のいい果物を用意してくれるみたい。


 そんな様子を見て、


「キュイ、キュイ」


 よかったね、ワガハイ――みたいに喜んでくれたキューイ。


 何だかよくわからないけれど、クーリアの機嫌は、とりあえず直ったらしい。

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