009. 機嫌は直った?(2)
さてさて。
ユッカちゃんからいただいた野草……はとにかく、渋いながら食べられなくもない森の恵みを、あらためて静かに味わおうかな。
そんな吾輩のとなりに、なぜかマルチェさんが腰を下ろす。もといた場所に帰ることもなく、ごく自然な感じで。
「よろしければどうぞ。私は、もう十分に満たされましたので」
差し出されたのは、甘い香りの熟れた果物だ。
当然ながら、ワガハイにあてがわれたものよりも出来がいい。
「もちろん、苦みの強いものを好まれるのでしたら、無理強いはしません。その野草、栄養価は本当に高いですから」
「……いえ、いただきます」
せっかくなので、すぐに一口。
うん、すごく甘い。
水分量があって、酸味もまろやかだ。
確かに、これのあとに、あの野草は食べられないな。
ユッカちゃんの気持ちも、わからなくはなかった。
「いかがですか?」
「おいしいです、すごく。ありがとうごさいます」
マルチェさんに感謝しつつ、さらに一口。
そこで、妙な視線を感じる。
クーリアだ。
「…………」
おそらく、状況の一部始終は認識しているんだろうけど、相手がマルチェさんだから、無碍な対応はできないといった様子。
クーリアは険しい顔をしながら、ただ吾輩を威嚇しているだけだ。
食べづらいから、どうかやめてもらいたい。
「今夜の火の番は、私がします」
吾輩の相棒の『むむむっ』で『ぐぬぬっ』な雰囲気に気づいているのかいないのか、相変わらずのマルチェさんが言う。
「ワガハイさんは、ゆっくり休んでください」
「……いえ、吾輩も付き合いますよ」
正直、彼女に隙を見せたくなかった。
いまだに吾輩は、このハーフミノタウロスの女性の思惑を探れてはいないから。
「なるほど……確かに、ユッカさまやクーリアさんが眠りについたあとならば、ワガハイさんも、私に堂々と『あーんなことやこーんなこと』ができますね――わかりました、うけたまわります」
「……しませんから、うけたまわらないでください」
だいたい何なんだ、その『あーんなことやこーんなこと』って……。
マイペースなマルチェさんは、そのまま話を続ける。
「明日の昼には、グシカ森林内の集落――『オトジャの村』に着くはずです」
オトジャの村。
それが、とりあえずの目的地なのか?
「おそらく、明日はそこで一泊。その翌日に、ソノーガ山脈にあるウィヌモーラ大教の聖地の一つに向かうことになるでしょう」
「村まではとにかく、山登りとなると、簡単にはいかなそうですが?」
しかも、ただの山じゃない。
このルドマ大陸を東西に走るソノーガ山脈を登るんだ。
それなりの準備、装備が欲しいところだろう。
「ご心配なく、ワガハイさん。少なくとも村に入れば、聖地への道は開かれます。ユッカさまは、大地の女神の巫女――あの方と共にある私たちには、たとえ大陸の屋根とも言える山脈さえ、頭を垂れてひれ伏すのですから」
「……そう、ですか」
妙に宗教的なマルチェさんの表現に、吾輩は少し、いぶかしさを覚える。
とはいえ、吾輩たちが訪れようとしているのは、世界宗教たるウィヌモーラ大教の聖地。
そういう場所なのだから仕方がない。
「荒れた地域を進むのには慣れていますけれど、できればのんびりと、豊かな自然と触れ合いながら旅をしたいもの。山道は決して甘くないと思いますが、マルチェさんにそう言ってもらえると、こちらの気分も楽になります」
「強い精神力をお持ちのワガハイさんならば、おそらく、特別険しい道のりではないでしょう……ですが当然、この道中の主役はユッカさま――すべては、あの方が『無事でいられたら』の話になります」
その瞬間、マルチェさんは、離れた場所にいるユッカちゃんに顔を向けた。
表情はわからない。
けれど、そもそも平坦で熱のない彼女の口調が、さらに乾いて聞こえたのは確かだ。
「……どういう意味ですか?」
「いえ、これといって大意は」
「…………」
「…………」
沈黙する、吾輩とマルチェさん。
先ほどの一瞬、わずかに彼女が戦士としての気配を漂わせたのを――いや、鋭い殺意を放っていたのを、吾輩は見落とさない。
揺れる炎が、マルチェさんを照らす。
すると彼女は背中の武器に手をかけ、ユッカちゃんに向かって駆けだした。
同時に吾輩も、立ち上がって走り出す。
「ユッカさま、伏せてください」
「クーリア、少し我慢してよ」
マルチェさんと吾輩の突然の行動に、
「ん?」
「えっ!?」
驚いているような反応を示した二人。
直後、鋭利な軌道が、闇を裂くように走る。
斧槍を茂みへと投げ込んだマルチェさんは、そのままユッカちゃんに覆い被さり、クーリアに飛びついた吾輩は、彼女を抱き抱えながら転がった。
「な、何なのだ!?」
「ちょ、ちょっとワガハイくん!?」
混乱するユッカちゃんとクーリアの声をかき消すみたいに、
「キャグシャァァァァァッ!?」
痛みを訴えるような雄叫びが響く。
横たわりながら確認してみると、そこには、
「グッ、グァシュア……」
ドラゴンに近しい種族と考えられている存在――恐竜が、片方の腕先から血を流し、息を荒らげていた。




