008. 機嫌は直った?(1)
日は沈み、グシカ森林の夜。
飲み水を確保するため、細い小川の近くで野宿。
想定していた展開なので、特に戸惑うこともない。
巨大トンボに襲撃された以外は、大きな混乱もない一日だった。
この地域の地理には当然詳しくはないが、水辺があるところには、その付近に集落ができやすいもの。
こういう森の中ならなおさらだ。
つまり、水の流れを道しるべに進めば、目的の場所にたどり着けると考えられる。
問題がなければ、明日の野宿は避けられそうだな。
さて。
それはいいんだけど、
「ワガハイくん、何か?」
「……いいえ」
相変わらず吾輩は、あれからずっと女性同行者からの――というより、主にクーリアからの迫害を受けている。
落ちていた小枝に火をくべ、こうやって焚き火を囲んでいる現在においても、なぜか少し遠くに追いやられているくらいだ。
まぁクーリアも、さすがに悪魔じゃない。
吾輩にも、道中で見つけた木の実や果物を分けてはくれたけど、女性陣のそれに比べると、何だか小さかったり、まだ熟れていなかったりするものばかりで。
仕方なく吾輩は、肩身の狭い思いをしながら、やや渋みのある果実を食べている。
そんなワガハイのことが、よほどかわいそうに思えたんだろう。
キューイが訴える。
「キュイ、キュ、キュイ」
「いいんだよ、キューイ。ワガハイくんには、ちゃんと反省してもらわないとなんだからね」
「キュ、キュイ……」
しかし、事実上の吾輩たちパーティーのリーダーには、優しい彼の声は届かないみたい。
ごめんよ。
そして、ありがとね、キューイ。
そんな中で、
「(ワガハイ、ワガハイ)」
おでこを炎の反射で赤く染めながら近づいてきたユッカちゃんがささやく。
「(ワタシのを、少し分けてあげるのだ。誰にも内緒なのだぞ)」
「(いいのかい、ユッカちゃん?)」
「(たいしたことはないぞ、ワガハイ。ワタシとお主は、もう友だちなのだから)」
誇らしげにうなずくユッカちゃん。
さすがは巫女だ、慈悲深い。
すると彼女は、クーリア――ではなく、なぜかマルチェさんを気にしながら、お皿代わりにワガハイが使っている大木の葉の上に、こそこそと何かを置いた。
確認してみると、
「(さぁワガハイ、たくさん食べるのだ)」
「…………」
ユッカちゃんが恵んでくれたのは、吾輩も摘んでいた、あの苦い野草だった。
どうやら彼女、健康維持と今後の成長のためにマルチェさんから差し出された野草を食べたくなくて、それで吾輩に押しつけてきたらしい。
厄介払いができて油断したのか、ユッカちゃんの声が大きくなる。
「うれしくて言葉も出ないのか? いいのだぞ、ワガハイ。礼には及ばな――」
「ユッカさま」
「んひゃ!? ま、マルチェ!?」
クーリアたち側にいたマルチェさんが、息を殺してぬわっと登場。
特に指摘はしないが、彼女の無表情からでも、何が言いたいのかは歴然だった。
不意に呼ばれたユッカちゃんは、いたずらがばれたみたいに慌てる。
「こ、これは違うぞ。わ、わわ、ワガハイがかわいそうだから、ワタシの分を与えてあげただけなのだ、うむ……み、巫女としては、と、とと、当然の行いなのだぞ」
「なるほど……ユッカさまは、お優しい」
「そ、そうなのだ。ワタシは優しい巫女なのだ――なぁ、ワガハイ?」
「……うん、そうだね」
ユッカちゃんに体よく利用されたワガハイだけれど、まさか八歳の女の子を、この場でマルチェさんに売るわけにもいかない。
心ない返事で、流れに乗っておいた。
「じゃ、じゃあな、ワガハイ。遠慮せずに、しっかり食べるのだぞ」
自分の場所に戻ろうとしたユッカちゃんに、マルチェさんが一言。
「優しいユッカさまには、まだまだ野草のお代わりを確保してあります。大木の葉の上に用意しておきましたから、たくさん召し上がってください」
「…………」
絶望的な表情で、声も出せずに固まってしまったユッカちゃん。
そのまま肩を落として、とぼとぼと戻っていった。
何でもかんでも、幼い巫女の言いなりのイエスウーマン――というわけじゃないみたいだな、マルチェさん。
強引でもあり、それでいて淡泊でもあるアプローチで、未成年ながら年長者としての立場から、彼女なりの『お姉さん』をやっているようだ。




