007. 頼もしい仲間たち(3)
「ふぅ」
一仕事終えたユッカちゃんがため息を吐くと、大地の腕も火の玉も消えてなくなる。
彼女が、魔法を解除したからだ。
「クーリア、もう大丈夫だよ」
「……あ、うん」
吾輩が呼びかけると、彼女もまた、自らが創り出した『腕』を大地に還す。
これで、無事に襲撃を回避できた。
それこそ成竜でも飛び出してこない限り、吾輩たちが危険な目に遭うこともないだろう。
「ほら、心配は無用だったのだ――わかってもらえたか?」
自慢げなユッカちゃんが、まだ少しぽかんとしているクーリアに尋ねた。
「う、うん……すごいんだね、ユッカちゃん。さすがはウィヌモーラ大教の巫女だよ――ねぇ、キューイ?」
「キュイ、キュイ♪」
「た、たいしたことはないのだ(てれり)」
戦闘を通じて、どことなく親交の深まったような三人を確認しながら、吾輩はマルチェさんのところへ。
「まさか、本当に手を出さないとは驚きましたよ、マルチェさん」
「あの程度の野生モンスターであれば、ユッカさまの相手にはなりません。下手に私が関わるよりも、巫女としての魔力で威嚇した方が、無駄な襲撃を受けずに済みますから――ワガハイさんも、結局はそう判断したのではありませんか?」
「役立たずなゴーストですね、吾輩は」
「私も、役立たずなハーフミノタウロスです」
それから、お互いに沈黙。
もちろん吾輩には、彼女に尋ねてみたいことがある。
けれど何となく言葉が続かなくて、どうにも妙な空気が流れた。
「…………」
「…………」
「うかがっても、ワガハイさん?」
「はい、どうぞ」
「やはりワガハイさんは、私のことが気になりますか?」
「……どういう意味でしょう?」
「どのような意味でも構いませんが……うぬぼれかもしれませんけれど、どうもワガハイさんは、私に強い興味を抱いているように思えてなりません――あなたの『視線』は鋭く、私にはあまりにも刺激的ですから」
「……そうですね、否定はしません」
正直に答えることにした。
彼女は武人。
しかも、おそらくは手練れの。
吾輩が今朝から注意を向けていることを、この場でごまかしたところで意味はないだろうから。
「いいんですか? クーリアさんに怒られますよ」
「……そういう意味ではありませんが」
はぐらかされたか?
マルチェさんの本心は、やはりとらえられない。
「けれどワガハイさんは今、クーリアさんたちに気づかれないように、私とおしゃべりをしています……これはあれですか、ちまたで有名な『ナンパ』というものですか?」
「……こんな森の中でナンパをする男性には、あまり関わらない方がいいですよ、マルチェさん」
しかも、少なくとも現在の吾輩たちは旅の同行者だ。
出会ったばかりではあるけれど、見ず知らずの相手を誘うナンパとやらには当てはまらないはず。
「でもワガハイさんは、私に興味津々なのですよね?」
「そう表現されると、何ともうなずきにくいんですが……」
「積極的な男性に、私はきっと弱いですよ、ワガハイさん。今までにそのような経験がないので、たぶんすぐに受け入れてしまいます。誠実なお付き合いならば、偉大なるウィヌモーラさまも祝福してくださるでしょう」
「…………」
「もしかしてワガハイさん、私とは遊びのつもりでしたか?」
「遊びも何も、そもそも吾輩は、そういう話をしていたつもりはありません」
「しかしワガハイさんは、私に興味があると、事実上断言されました」
「言いましたけれど、それは――」
「もしかしてワガハイさんは、私の体にだけ興味があると?」
天然か、意図してか、それはわからない。
けれど、このままじゃ話が進まない。
吾輩は、覚悟を決めて伝える。
「……いいでしょう、はっきり申し上げますよ、マルチェさん。吾輩が興味があるのは、あなたの胸の――」
「マルチェさんの胸が何なの? ねぇ、ワガハイくん(ギロリ)」
「…………」
変なところで入ってきたクーリアが、またとんでもない視線を吾輩に向けていた。
「なるほど……私の体の、特に胸に興味津々だと、そういうことですね、ワガハイさん」
納得したように自分の大きな二つのふくらみを持ち上げ、けれど相変わらず恥ずかしがることもなく受け入れたマルチェさん。
吾輩は、マルチェさんの胸――ではなく、彼女の『胸の内』を探ろうとしただけだ。
おかしなところでクーリアに言葉をさえぎられたから、いかにもな発言になってしまっただけで。
「ワガハイさんのおかげで、私もやっと自覚できました。ユッカさまの言う通り、どうやら私は、男性に好まれるスタイルを持つ女性のようです」
クーリアがこちらの話に加わってきたからか、ユッカちゃんにも聞こえていたみたいで、
「ふっ――ワタシは知っていたのだぞ、マルチェ。お主がないすばでぃであることも、ワガハイがえっちなゴーストだということもな(どやっ)」
なぜか、やっぱり彼女は誇らしそうにしていた。
「旅の相棒であるかけがえのない存在の私をモンスターから守ろうともしないのに、たゆんたゆんなマルチェさんの胸に興味津々だなんて……まったく、ずいぶんなゴーストだよね、ワガハイくんって!!」
「キュ、キュイ、キュイ!?」
なだめようとしてくれたキューイだけど、ぷんすかモードのクーリアは耳を貸さない様子。
「いいんだよキューイ、こんなエッチなゴーストの肩なんか持たなくって――もう、今夜のごはんは抜き。私たちがおいしい木の実や果物を見つけても、ワガハイくんにはあげないんだからねっ!!」
それは困る。
新鮮な森の果実を味わうのは、野宿におけるささやかな楽しみの一つなんだ。
「クーリア、ちょっと吾輩の話を――」
「さぁ行こうね、キューイにユッカちゃん――マルチェさんも、そんな変態ゴーストの近くにいたら、あーんなことやこーんなことをされちゃいますよ(イライラ)」
威圧的なクーリアを前に、マルチェさんが吾輩にささやく。
「(もしも私の胸に『あーんなことやこーんなこと』をしたくなったら、どうかクーリアさんの見ていないところでお願いします。私の長年の疑問を解消してくれたワガハイさんには、それなりのお礼をすることも、やぶさかではありませんから)」
「……丁重にお断りします」
仮にもウィヌモーラ大教に属する若い女性が、そんな『お礼』を男性に提案したりしないでもらいたい。
世界宗教の威厳に傷がつくよ。
「何ですか、マルチェさん? ワガハイくんに、内緒の話ですか? ん? んんんっ!?」
「……いいえ。何でもありませんよ、クーリアさん」
戦士として恵まれた、それでいて女性としても魅力的なスタイルのマルチェさんの大きな体も、ご立腹なクーリアに詰め寄られると、やや小さくなったような錯覚を受ける。
「ワガハイくんは、女性チームから離れてついてくるように――返事は?」
「……はい」
捨て台詞のように吾輩に告げて、マルチェさんの手を引いていくクーリア。
キューイは男の子だよ――なんて指摘は、彼女の怒りに油を注ぐだけだろうな。
吾輩から遠くなる、旅の同行者たち。
ユッカちゃんはおもしろがっていて、マルチェさんは無表情だけど、キューイだけは、クーリアに配慮しつつも、吾輩のことを気にしてくれているみたいだ。
いいんだよ、キューイ。
その気持ちだけで、吾輩は満足だからね。
「……さて、目立たないようについていくか」
今夜のために、自分で何か食べられるものを探さないとな。
冗談かもしれないけど、本当にクーリア、吾輩に木の実をわけてくれないかもしれないし。
そこでふと、大木の下の野草の存在を思い出す。
マルチェさんが摘んでいたけど、まだ残っているみたいだ。
彼女いわく、ちゃんと食べられるし、しかも栄養があるらしい。
一応、確保しておこう。
味見がてら、ちょっと一口かんでみる。
「…………」
うん、すごく苦い。
これを野菜嫌いなユッカちゃんが食べたら、思わず吐き出してしまいそうなくらいに。
でも、背に腹はかえられないね。
非常食として確保確保と。
あらためて、吾輩は思う。
女性を相手にするのは難しい。
苦手だな、いろいろな意味で。




