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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第2節] パジーロ王国>グシカ森林_01
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006. 頼もしい仲間たち(2)

「う、うわっ!?」


 数を増やした昆虫モンスターの登場に、またしても驚くクーリア。


 出現した巨大トンボ、その一体のはねは、先端が黒く焦げている。


 なるほど。


 キューイが追い払った相手が、群れの仲間を連れてきたんだな。


 再び戻ってきたということは、吾輩たちを襲うつもり満々だということ。


 やれやれ。

 こちらとしては、彼らの縄張りを侵す意思なんてないんだけどね。


「キュイッ!!」


 クーリアの腕から飛び立ったキューイは、今回も勇敢に、五体の巨大トンボたちと対峙する。


 とはいえ、さすがに数とサイズで負けている彼に、これは大きな負担だろう。


 頼もしいキューイにだけ任せていては、またクーリアに嫌みを言われてしまう。

 パーティーで役立たず扱いされないように、最低限の仕事はしておこう。


 剣は守備のために使って、あとは火炎魔法で威嚇いかくして追い払うのが穏当か――そんなことを吾輩が考えていると、


「キューイ、大丈夫だぞ。お主は、よくやってくれた――次は、ワタシの出番なのだ」


 杖を手にしたユッカちゃんが、巨大トンボの群れの前に出てきたんだ。


「え、あっ、ゆ、ユッカちゃん、危ないよ!?」


 クーリアが声を上げる。


「ま、マルチェさん、ほら、助けないと!?」

「心配するな、クーリア。ワタシに手出しは無用だぞ」

「……ということですので、ユッカさまにお任せしましょう」

「え、えぇーっ!?」


 護衛の役目を放棄したマルチェさんに、クーリアは戸惑う。


 本当にマルチェさんは、大木の下から動こうともしない。

 背中の武器に手を伸ばすこともなく、ただただ傍観ぼうかんを決めているようだ。


 ウィヌモーラ大教の巫女とはいえ、ユッカちゃんは修行中で、何より幼い。

 従者の使命は、そんな彼女を守ることにあるはずだ。


 いくらイエスウーマンだとしたって、これは、いくら何でも――。


「イゥブ、イゥブ」

「イゥ、イゥゥゥーッ」

「イゥ、イゥ、イゥゥゥゥゥーブ」


 巨大トンボは、それぞれに不快な鳴き声をもらしながら、今にも襲いかかってきそうな勢いだ。


 しびれを切らしたのか、クーリアが言う。


「も、もういいよ、私がやるから――〈大地の腕ドルク・ラコ〉」


 彼女が呪文を唱えると、こけをまとった土塊つちくれの片腕が出現した。


「キューイ、援護をよろしくね」

「キュイ」


 さて、吾輩の仲間たちが動き出したんだ。

 マルチェさんのように、ただ傍観をしているわけにもいかない。


 吾輩も抜刀して、それに加わろうとしたが、


「おお、クーリアは魔法が得意なのか」


 脳天気な巫女は、巨大トンボたちを前に、お気楽な反応をしていた。


「ゆ、ユッカちゃん!?」


 あろうことか、凶暴な野生の昆虫モンスターに背を向けてしまったユッカちゃん。

 クーリアが焦るのも無理はない。


 さすがに彼らも、なめられていると感じたんだろう。


「イゥブィーッ」

「「「「イゥゥゥゥゥーッ」」」」


 号令のような叫びを合図に、矢のごとき陣形で、巨大トンボたちがユッカちゃんを狙う。


 仕方がない。


 まずは魔法で牽制けんせいして、こちらに注意を引く。


「〈火の飛イーゴ・ジェ――〉」

「うむ。せっかくだから、クーリアのそれに合わせることにしょう」


 吾輩の呪文をさえぎるように、ユッカちゃんが唱える。


「〈大地の腕ドルク・ラコ〉」


 振り返ることもなく、一言。


 直後、土塊の腕が四本、ユッカちゃんを守るように出現。

 しかもクーリアが創り出したそれより、何倍も太くてたくましいものだ。


 当然のように、巨大トンボ五体の突進は無効化。

 むしろ自滅行為よろしく、彼らは雄々しい『腕の壁』に激突していた。


「う、うそ……一回の呪文詠唱で、これだけの数を!?」


 自分の得意な魔法の一つだったからだろう。

 クーリアは、ユッカちゃんの行ったことに驚愕きょうがくしている。


 吾輩もまた、動揺を隠せない。


 確かにユッカちゃんからは、微量ながら安定した魔力を感じていた。

 その緩やかだが神聖な力は、巫女である彼女が帯びる特別なものなのだろうと、門外漢もんがいかんの吾輩は自分なりに理解していたんだ。


 しかし呪文詠唱の瞬間、彼女の魔力は跳ね上がった。

 まるで熟練の魔術師が、身の程知らずの暴漢に己の力を見せつけるがごとく。


「これで、ワタシたちの創り出した『腕』は全部で五本になったぞ、クーリア」

「え、あ……う、うん」


「相手は五体だから、敵の襲撃から身を守るためには、もうこれで十分なのだ――なぁ、マルチェ?」

「はいユッカさま、それで十分です。加えてユッカさまは、計算が速くて賢いです。さすがです」

「ふっ、簡単なことだぞ(どやっ)」


 ただの太鼓持ち状態のマルチェさんに、どうやらご満悦のユッカちゃん。


 ここまでに、我らが幼い巫女の彼女は、敵の群れを一瞥いちべつもしていない。


 あの大地の腕は、創り出した後に操作するたぐいのものだ。


 感覚でやっているということなのか、そのすべてを――。


 あれが、ウィヌモーラ大教の巫女。


 大地の女神の力を宿すという、選ばれた女性聖職者なのか。


「さて、これで逃げ去ってくれればいいが……うむ。残念ながら、そうはいかないみたいなのだ」


 やっと振り返ったユッカちゃん。


 彼女を守るように存在する大地の腕の先には、まだ巨大トンボの群れが浮遊している。


「ワガハイ」


 何一つ役に立てていない吾輩を気遣ってくれたのか、ユッカちゃんが聞いてくる。


「お主も、ちょっとは働いてみるか? ワガハイがその魔力量を示せば、野生のこいつらは身を持って知るはずだぞ――この旅のパーティーには、おいそれと手を出さない方がいいと」

「いや、ユッカちゃんに任せるよ。吾輩よりも頼りになるからね、ユッカちゃんは。だから、よろしくお願いします」


 吾輩はもう、剣を抜く気も、呪文を唱えるつもりもない。


 彼女は、ただの八歳の少女じゃないって、本当の意味で理解できたから。


「し、仕方のないやつなのだ、ワガハイは……う、うむ。そこまで言われれば、よろしくされてあげるのだ(てれり)」


 顔を赤らめたユッカちゃんは、杖をかかげて呪文を唱える。


「〈火の飛礫イーゴ・ジェハ〉」


 吾輩にもなじみのある、火球を放つ魔法。


 けれどユッカちゃんは、自分の手や杖からそれを放出したりしない。


 火の玉が創り出されたのは、彼女が生んだ大地の腕四本それぞれにだ。


 野生のモンスターが、通りがかりの旅人などを襲うのは本能。

 敵意はあっても悪意はない。

 追い払えれば十分だ。


「「「「「イゥブ、イゥゥゥゥゥッーッ!?」」」」」


 おびえているような巨大トンボたち。


 威嚇のためだろう。

 大地の腕の手のひらに浮かぶ魔法の火球が、次第に大きくなっていく。


 もしもあれを投げつけられたらどうなるか、昆虫モンスターとはいえ、それがわからないはずもない。


「「「「「イ、イゥゥゥゥゥーッ!!」」」」」


 巨大な土塊の腕、真っ赤に燃える火の玉――ユッカちゃんの魔力に気圧されたらしい巨大トンボ五体は、我先にと去っていった。

 今度こそ、本当に。

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