006. 頼もしい仲間たち(2)
「う、うわっ!?」
数を増やした昆虫モンスターの登場に、またしても驚くクーリア。
出現した巨大トンボ、その一体の翅は、先端が黒く焦げている。
なるほど。
キューイが追い払った相手が、群れの仲間を連れてきたんだな。
再び戻ってきたということは、吾輩たちを襲うつもり満々だということ。
やれやれ。
こちらとしては、彼らの縄張りを侵す意思なんてないんだけどね。
「キュイッ!!」
クーリアの腕から飛び立ったキューイは、今回も勇敢に、五体の巨大トンボたちと対峙する。
とはいえ、さすがに数とサイズで負けている彼に、これは大きな負担だろう。
頼もしいキューイにだけ任せていては、またクーリアに嫌みを言われてしまう。
パーティーで役立たず扱いされないように、最低限の仕事はしておこう。
剣は守備のために使って、あとは火炎魔法で威嚇して追い払うのが穏当か――そんなことを吾輩が考えていると、
「キューイ、大丈夫だぞ。お主は、よくやってくれた――次は、ワタシの出番なのだ」
杖を手にしたユッカちゃんが、巨大トンボの群れの前に出てきたんだ。
「え、あっ、ゆ、ユッカちゃん、危ないよ!?」
クーリアが声を上げる。
「ま、マルチェさん、ほら、助けないと!?」
「心配するな、クーリア。ワタシに手出しは無用だぞ」
「……ということですので、ユッカさまにお任せしましょう」
「え、えぇーっ!?」
護衛の役目を放棄したマルチェさんに、クーリアは戸惑う。
本当にマルチェさんは、大木の下から動こうともしない。
背中の武器に手を伸ばすこともなく、ただただ傍観を決めているようだ。
ウィヌモーラ大教の巫女とはいえ、ユッカちゃんは修行中で、何より幼い。
従者の使命は、そんな彼女を守ることにあるはずだ。
いくらイエスウーマンだとしたって、これは、いくら何でも――。
「イゥブ、イゥブ」
「イゥ、イゥゥゥーッ」
「イゥ、イゥ、イゥゥゥゥゥーブ」
巨大トンボは、それぞれに不快な鳴き声をもらしながら、今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
しびれを切らしたのか、クーリアが言う。
「も、もういいよ、私がやるから――〈大地の腕〉」
彼女が呪文を唱えると、こけをまとった土塊の片腕が出現した。
「キューイ、援護をよろしくね」
「キュイ」
さて、吾輩の仲間たちが動き出したんだ。
マルチェさんのように、ただ傍観をしているわけにもいかない。
吾輩も抜刀して、それに加わろうとしたが、
「おお、クーリアは魔法が得意なのか」
脳天気な巫女は、巨大トンボたちを前に、お気楽な反応をしていた。
「ゆ、ユッカちゃん!?」
あろうことか、凶暴な野生の昆虫モンスターに背を向けてしまったユッカちゃん。
クーリアが焦るのも無理はない。
さすがに彼らも、なめられていると感じたんだろう。
「イゥブィーッ」
「「「「イゥゥゥゥゥーッ」」」」
号令のような叫びを合図に、矢のごとき陣形で、巨大トンボたちがユッカちゃんを狙う。
仕方がない。
まずは魔法で牽制して、こちらに注意を引く。
「〈火の飛――〉」
「うむ。せっかくだから、クーリアのそれに合わせることにしょう」
吾輩の呪文をさえぎるように、ユッカちゃんが唱える。
「〈大地の腕〉」
振り返ることもなく、一言。
直後、土塊の腕が四本、ユッカちゃんを守るように出現。
しかもクーリアが創り出したそれより、何倍も太くてたくましいものだ。
当然のように、巨大トンボ五体の突進は無効化。
むしろ自滅行為よろしく、彼らは雄々しい『腕の壁』に激突していた。
「う、うそ……一回の呪文詠唱で、これだけの数を!?」
自分の得意な魔法の一つだったからだろう。
クーリアは、ユッカちゃんの行ったことに驚愕している。
吾輩もまた、動揺を隠せない。
確かにユッカちゃんからは、微量ながら安定した魔力を感じていた。
その緩やかだが神聖な力は、巫女である彼女が帯びる特別なものなのだろうと、門外漢の吾輩は自分なりに理解していたんだ。
しかし呪文詠唱の瞬間、彼女の魔力は跳ね上がった。
まるで熟練の魔術師が、身の程知らずの暴漢に己の力を見せつけるがごとく。
「これで、ワタシたちの創り出した『腕』は全部で五本になったぞ、クーリア」
「え、あ……う、うん」
「相手は五体だから、敵の襲撃から身を守るためには、もうこれで十分なのだ――なぁ、マルチェ?」
「はいユッカさま、それで十分です。加えてユッカさまは、計算が速くて賢いです。さすがです」
「ふっ、簡単なことだぞ(どやっ)」
ただの太鼓持ち状態のマルチェさんに、どうやらご満悦のユッカちゃん。
ここまでに、我らが幼い巫女の彼女は、敵の群れを一瞥もしていない。
あの大地の腕は、創り出した後に操作するたぐいのものだ。
感覚でやっているということなのか、そのすべてを――。
あれが、ウィヌモーラ大教の巫女。
大地の女神の力を宿すという、選ばれた女性聖職者なのか。
「さて、これで逃げ去ってくれればいいが……うむ。残念ながら、そうはいかないみたいなのだ」
やっと振り返ったユッカちゃん。
彼女を守るように存在する大地の腕の先には、まだ巨大トンボの群れが浮遊している。
「ワガハイ」
何一つ役に立てていない吾輩を気遣ってくれたのか、ユッカちゃんが聞いてくる。
「お主も、ちょっとは働いてみるか? ワガハイがその魔力量を示せば、野生のこいつらは身を持って知るはずだぞ――この旅のパーティーには、おいそれと手を出さない方がいいと」
「いや、ユッカちゃんに任せるよ。吾輩よりも頼りになるからね、ユッカちゃんは。だから、よろしくお願いします」
吾輩はもう、剣を抜く気も、呪文を唱えるつもりもない。
彼女は、ただの八歳の少女じゃないって、本当の意味で理解できたから。
「し、仕方のないやつなのだ、ワガハイは……う、うむ。そこまで言われれば、よろしくされてあげるのだ(てれり)」
顔を赤らめたユッカちゃんは、杖を掲げて呪文を唱える。
「〈火の飛礫〉」
吾輩にもなじみのある、火球を放つ魔法。
けれどユッカちゃんは、自分の手や杖からそれを放出したりしない。
火の玉が創り出されたのは、彼女が生んだ大地の腕四本それぞれにだ。
野生のモンスターが、通りがかりの旅人などを襲うのは本能。
敵意はあっても悪意はない。
追い払えれば十分だ。
「「「「「イゥブ、イゥゥゥゥゥッーッ!?」」」」」
おびえているような巨大トンボたち。
威嚇のためだろう。
大地の腕の手のひらに浮かぶ魔法の火球が、次第に大きくなっていく。
もしもあれを投げつけられたらどうなるか、昆虫モンスターとはいえ、それがわからないはずもない。
「「「「「イ、イゥゥゥゥゥーッ!!」」」」」
巨大な土塊の腕、真っ赤に燃える火の玉――ユッカちゃんの魔力に気圧されたらしい巨大トンボ五体は、我先にと去っていった。
今度こそ、本当に。




