005. 頼もしい仲間たち(1)
休憩を挟みながら、歩き続けて数時間。
気づけば、ずいぶんと森の奥に来ていた。
日はまだ出ているが、野宿は確定だろう。
夜になる前に、手頃な場所を見つけた方がいいかもしれない。
「これは食べられるのか、マルチェ?」
「はい、その木の実は食べられます」
「あっちの果物はどうなのだ、マルチェ?」
「まだ熟れていませんので、あまりおいしくはないでしょう」
巫女と戦士のパーティーも、やはり旅には慣れているらしい。
日暮れ後のことを考えて、彼女たちなりに準備をしているようだ。
垂れ下がる枝先に生っている木の実を、背伸びでつかんだユッカちゃん。
一方のマルチェさんは、大木の根本を前にひざを折った。
「この野草は食べられますよ、ユッカさま。栄養があって、体力も回復します」
「……それは苦いのか、マルチェ?」
「はいユッカさま、すごく苦いです」
「うえっ、苦いならいらないのだ、そんなもの――そうだろう、マルチェ?」
ウィヌモーラ大教の巫女は渋い顔で拒否していたが、
「はいユッカさま、苦いからいらないです」
そのセリフとは裏腹に、従者の戦士は涼しい顔で野草を摘んでいた。
「何だか、おもしろいパーティーだよね、ユッカちゃんとマルチェさんって」
クーリアが笑う。
ウィヌモーラ大教に属する、若い女の子二人組――と聞けばシンプルで、しかも華やかだ。
吾輩は紳士で、不健全でもなければ、胸の大きな女性を過度に好んだりもしない。
とはいえ、ユッカちゃんは幼くてかわいい少女だし、マルチェさんのスタイルは、たぶん多くの男性を興奮させるはず。
二人の旅の趣旨は、もちろんユッカちゃんの巫女としての修行だが、各地に住まう信者との交流や、信仰的に未開の地に対する布教というのも、間接的な目的だと言っていた。
ウィヌモーラ大教の信者からすれば、将来的に大地の女神の力を操るという巫女と触れ合うことは、特別な経験になるはず。
他方、世界的に信仰されているウィヌモーラ大教だけれど、何らかの理由で浸透していない地域も当然にある。
組織の勢力拡大という、やや現実的な利害が絡んではくるが、その布教という仕事も、もっともらしい男性聖職者が説き広めるより、幼い巫女と、やや刺激的にも思えるハーフミノタウロスの女性が行った方が、下世話だけれど効果的なのは間違いない。
そういう意味で、確かに二人はバランスのいいパーティーには思える。
思えるが、
『ゴーストの男性はいささか厄介そうですが、手出しをさせないようにすれば問題ないかと』
ニサの町でのマルチェさんの言動を踏まえると、いろいろと考えてしまう。
「じゃあキューイ、私たちも何か探そうか? 今夜は森で『お泊まり』だからね」
「キュイ、キューイ」
ウィヌモーラ大教の二人を見習ったのか、クーリアの呼びかけにキューイが答えた直後――異様な振動音が森に響いた。
風を裂くような鋭い音。
羽音の――いや、翅音のような。
すると現れたのは、一匹の巨大なトンボだ。
「イゥーブ、イゥゥゥゥゥーブ」
森の茂みから飛び出してきたそれは、吾輩たちの前で、威嚇するように浮遊している。
「う、うわっ、何か来たっ!?」
突然のことに、クーリアが体を縮めた。
それに反応したのか、怪物トンボが彼女を狙う。
木々の枝を、左右の翅で切り落としながら。
素早く走り出し、剣の柄に手をかけた吾輩――だったけれど、先に動いていたのはキューイだ。
「キュイッ」
まだ幼い彼は、巨大トンボより体が小さい。
けれど翼を目一杯広げて、仲間であるクーリアの盾になったんだ。
「キュイーッ」
子供とはいえ、彼は強く美しきドラゴン。
サイズでは勝っていても、昆虫モンスターが白き翼竜に気圧されるのも無理はない。
「イゥーブ、イゥーブ」
高速の滑空を止めた巨大トンボは、キューイとにらみ合い、そして固まった。
戦闘経験なんて、おそらくキューイにはないはず。
しかし、ドラゴンとしての本能だろう。
恐れている様子はない。
彼は冷静に、雄々しく、その口を開く。
「キュイィィィーッ」
放たれたのは、紅色の熱き波。
まだ頼りなさはあるが、それでも立派なドラゴンの炎だった。
「イッ、イゥゥゥーブッ!?」
もちろん回避行動を起こした巨大トンボだったが、その飛行を可能にしていた片方の翅が、キューイの攻撃で燃える。
致命傷ではないものの、機動力は格段に低下したようだ。
「キュイ、キュイキュイ、キュイーッ」
「……ブッ、イゥブ」
威嚇するキューイに、巨大トンボは完全に飲まれていた。
弱々しくなった翅音で、森の奥へと去っていく。
キューイが、クーリアを――いや、吾輩たちを守ってくれたんだ。
「キュイ、キュ――」
「ありがとう、キューイ」
振り返った白く頼もしい仲間に、クーリアが抱きつく。
どうやら彼は、吾輩以上にたくましい男子らしい。
「かっこいいよ、キューイ」
「キュイ、キュイ」
クーリアの胸の中で、キューイもどこか誇らしげだ。
まだ時間はかかるだろうけど、いつかは彼の母親のような、美しくも強力なドラゴンへと成長していくに違いない。
「ワガハイくんより、何倍も頼りになるね」
「まったく、返す言葉もないよ」
クーリアの指摘も、素直に受け入れるしかない。
吾輩は、剣も抜けずにいたんだから。
「うむ。キューイは子供だが、なかなかやるやつなのだ――なぁ、マルチェ?」
「はいユッカさま、キューイくんはなかなかやります」
一部始終を見ていたであろうウィヌモーラ大教の二人も、吾輩の勇敢な仲間を称えていた。
「確かに、この森のモンスターは少し厄介みたいだけど、キューイがいれば大丈夫だね」
「キュイ、キュイ」
クーリアの言葉に、キューイが力強く答えた。
さて、これで大丈夫――と思った矢先、一度は消えたはずの薄い翅音が、また周囲に響く。
しかも今度は、先ほどよりも大きい。
すいぃーっ。
いよん、いよん。
緑の茂みが、風でも吹き抜けたかのごとくざわめくと、
「「「「「イゥブ、イゥゥゥゥゥーブ――イブゥゥゥゥゥゥゥゥーッ」」」」」
巨大トンボ五体が、隊を組むように現れたんだ。




