表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第2節] パジーロ王国>グシカ森林_01
73/278

005. 頼もしい仲間たち(1)

 休憩を挟みながら、歩き続けて数時間。

 気づけば、ずいぶんと森の奥に来ていた。


 日はまだ出ているが、野宿は確定だろう。

 夜になる前に、手頃な場所を見つけた方がいいかもしれない。


「これは食べられるのか、マルチェ?」

「はい、その木の実は食べられます」

「あっちの果物はどうなのだ、マルチェ?」

「まだ熟れていませんので、あまりおいしくはないでしょう」


 巫女と戦士のパーティーも、やはり旅には慣れているらしい。

 日暮れ後のことを考えて、彼女たちなりに準備をしているようだ。


 垂れ下がる枝先にっている木の実を、背伸びでつかんだユッカちゃん。


 一方のマルチェさんは、大木の根本を前にひざを折った。


「この野草は食べられますよ、ユッカさま。栄養があって、体力も回復します」

「……それは苦いのか、マルチェ?」

「はいユッカさま、すごく苦いです」

「うえっ、苦いならいらないのだ、そんなもの――そうだろう、マルチェ?」


 ウィヌモーラ大教の巫女は渋い顔で拒否していたが、


「はいユッカさま、苦いからいらないです」


 そのセリフとは裏腹に、従者の戦士は涼しい顔で野草を摘んでいた。


「何だか、おもしろいパーティーだよね、ユッカちゃんとマルチェさんって」


 クーリアが笑う。


 ウィヌモーラ大教に属する、若い女の子二人組――と聞けばシンプルで、しかも華やかだ。


 吾輩は紳士で、不健全でもなければ、胸の大きな女性を過度に好んだりもしない。


 とはいえ、ユッカちゃんは幼くてかわいい少女だし、マルチェさんのスタイルは、たぶん多くの男性を興奮させるはず。


 二人の旅の趣旨しゅしは、もちろんユッカちゃんの巫女としての修行だが、各地に住まう信者との交流や、信仰的に未開の地に対する布教というのも、間接的な目的だと言っていた。


 ウィヌモーラ大教の信者からすれば、将来的に大地の女神の力を操るという巫女と触れ合うことは、特別な経験になるはず。


 他方、世界的に信仰されているウィヌモーラ大教だけれど、何らかの理由で浸透していない地域も当然にある。


 組織の勢力拡大という、やや現実的な利害が絡んではくるが、その布教という仕事も、もっともらしい男性聖職者が説き広めるより、幼い巫女と、やや刺激的にも思えるハーフミノタウロスの女性が行った方が、下世話だけれど効果的なのは間違いない。


 そういう意味で、確かに二人はバランスのいいパーティーには思える。


 思えるが、



『ゴーストの男性はいささか厄介そうですが、手出しをさせないようにすれば問題ないかと』



 ニサの町でのマルチェさんの言動を踏まえると、いろいろと考えてしまう。


「じゃあキューイ、私たちも何か探そうか? 今夜は森で『お泊まり』だからね」

「キュイ、キューイ」


 ウィヌモーラ大教の二人を見習ったのか、クーリアの呼びかけにキューイが答えた直後――異様な振動音が森に響いた。


 風を裂くような鋭い音。


 羽音の――いや、翅音はおとのような。


 すると現れたのは、一匹の巨大なトンボだ。


「イゥーブ、イゥゥゥゥゥーブ」


 森の茂みから飛び出してきたそれは、吾輩たちの前で、威嚇いかくするように浮遊している。


「う、うわっ、何か来たっ!?」


 突然のことに、クーリアが体を縮めた。


 それに反応したのか、怪物トンボが彼女を狙う。

 木々の枝を、左右のはねで切り落としながら。


 素早く走り出し、剣の柄に手をかけた吾輩――だったけれど、先に動いていたのはキューイだ。


「キュイッ」


 まだ幼い彼は、巨大トンボより体が小さい。


 けれど翼を目一杯広げて、仲間であるクーリアの盾になったんだ。


「キュイーッ」


 子供とはいえ、彼は強く美しきドラゴン。

 サイズでは勝っていても、昆虫モンスターが白き翼竜に気圧されるのも無理はない。


「イゥーブ、イゥーブ」


 高速の滑空を止めた巨大トンボは、キューイとにらみ合い、そして固まった。


 戦闘経験なんて、おそらくキューイにはないはず。

 しかし、ドラゴンとしての本能だろう。

 恐れている様子はない。

 彼は冷静に、雄々しく、その口を開く。


「キュイィィィーッ」


 放たれたのは、紅色の熱き波。

 まだ頼りなさはあるが、それでも立派なドラゴンの炎だった。


「イッ、イゥゥゥーブッ!?」


 もちろん回避行動を起こした巨大トンボだったが、その飛行を可能にしていた片方の翅が、キューイの攻撃で燃える。

 致命傷ではないものの、機動力は格段に低下したようだ。


「キュイ、キュイキュイ、キュイーッ」

「……ブッ、イゥブ」


 威嚇するキューイに、巨大トンボは完全に飲まれていた。

 弱々しくなった翅音で、森の奥へと去っていく。


 キューイが、クーリアを――いや、吾輩たちを守ってくれたんだ。


「キュイ、キュ――」

「ありがとう、キューイ」


 振り返った白く頼もしい仲間に、クーリアが抱きつく。

 どうやら彼は、吾輩以上にたくましい男子らしい。


「かっこいいよ、キューイ」

「キュイ、キュイ」


 クーリアの胸の中で、キューイもどこか誇らしげだ。

 まだ時間はかかるだろうけど、いつかは彼の母親のような、美しくも強力なドラゴンへと成長していくに違いない。


「ワガハイくんより、何倍も頼りになるね」

「まったく、返す言葉もないよ」


 クーリアの指摘も、素直に受け入れるしかない。

 吾輩は、剣も抜けずにいたんだから。


「うむ。キューイは子供だが、なかなかやるやつなのだ――なぁ、マルチェ?」

「はいユッカさま、キューイくんはなかなかやります」


 一部始終を見ていたであろうウィヌモーラ大教の二人も、吾輩の勇敢な仲間を称えていた。


「確かに、この森のモンスターは少し厄介みたいだけど、キューイがいれば大丈夫だね」

「キュイ、キュイ」


 クーリアの言葉に、キューイが力強く答えた。


 さて、これで大丈夫――と思った矢先、一度は消えたはずの薄い翅音が、また周囲に響く。

 しかも今度は、先ほどよりも大きい。


 すいぃーっ。


 いよん、いよん。


 緑の茂みが、風でも吹き抜けたかのごとくざわめくと、


「「「「「イゥブ、イゥゥゥゥゥーブ――イブゥゥゥゥゥゥゥゥーッ」」」」」


 巨大トンボ五体が、隊を組むように現れたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ