004. 女性の心はわからない(後編)
すると今度は、タタタッと走ってきたユッカちゃんが、吾輩の前に。
「お主、国境なき騎士団員なのか?」
確かに先ほど、クーリアが流れのままに、そのことを口にしていた。
聞こえていたんだな、ユッカちゃん。
まぁ、この状況で隠しても仕方がない。
「うん、一応ね。とはいえ、末席も末席。流浪の銅の騎士にすぎないけれど」
反応からして、ユッカちゃんは国境なき騎士団について、それなりには知っているのだろう。
ウィヌモーラ大教の巫女という立場もあるし、宗教的なことだけではなく、社会的な物事についての教育も、旅立ちに際して受けていたのかもしれない。
「父上が言っていたぞ――『もしも国境なき騎士団員と出会い、その者が信頼に足る相手だと判断できたなら、一人の人間として親しくなっておきなさい』とな」
「それはそれは」
おそらく、世界的宗教組織を束ねる長として、ある種の利害を考慮した上での意見――に加え、娘を思う親心からのアドバイスでもあったんだろう。
少なくとも誠実な国境なき騎士団員は、いかなる神や精霊を信仰している者であっても、それだけを理由に敵対したりはしない。
吾輩のような肩書きのみの騎士はとにかく、一定の地位にある国境なき騎士団員ならば、巫女であるユッカちゃんの道中を、その権限でサポートすることも可能なはずだ。
もちろんユッカちゃんの父親は、ウィヌモーラ大教の教皇という立場にある聖職者。
そのため、個人的に交流のある国境なき騎士団員、しかも、かなり上位の騎士だっていると思うけれど、そこは彼女の将来を考えてのことだろう。
自ら人脈を作れ――という意味も、含まれているのかもしれないな。
「ワガハイは、えっちだけどいいやつなのだ。ワタシは清らかな魔力を帯びているお主を、信頼に足る相手だと判断するぞ」
「判断の結果についてだけは、素直に受け入れさせてもらうよ」
吾輩は『えっち』じゃないからね。
「ワタシは、お主と親しくなりたいのだ、ワガハイ」
「光栄だね。モテない吾輩は、レディからそんな言葉を聞いたことなんてないんだ」
「別に、父上に言われたからではないぞ。むしろ、お主が国境なき騎士団員であることも、ワタシには大した意味を持たない。それは、ただのきっかけなのだ――昨日、ワガハイと出会ってから、ワタシはずっと、お主のことが気になっていたのかもしれない」
「……ずいぶんと情熱的だね、ユッカちゃんは」
軽く対応していた吾輩――だったけれど、さすがに、ここまで直接的に女性に口説かれた経験なんてあっただろうか?
当然ながら、これがいわゆる男女のそれでないことは理解しているが、恥ずかしくも八歳の女の子に困惑させられるとは、いやはや、実は吾輩、本当に十歳の少年なのかもしれない。
「友だちになろう、ワガハイ。お主とは、これからもずっと仲良くしていきたいのだ」
吾輩を見上げながら、小さな手を、そっと差し出してきたユッカちゃん。
女性にここまで言われて、いったい、どこに断る男性がいるというのだろう。
「もちろんだよ、ユッカちゃん。あらためて、友だちとしてよろしくね」
「ふははっ――やっぱりワガハイの感触は、何となく変なのだ」
吾輩と握手を交わしたユッカちゃんは、うれしそうに笑ってくれた。
「さて、先を急ごう。ちんたらしていたら、すぐに日が暮れてしまうのだぞ」
満足そうに振り返ったユッカちゃんは、また列の先頭へ。
まるでパーティーのリーダーかのごとく、勇ましく歩いていた。
そこでクーリアが、からかうように言ってくる。
「幼くてかわいい女の子の『お友だち』ができて、すごーくよかったですねぇ、ワガハイお兄ちゃん♪」
けれど、先ほどの『守る』『守らない』のやりとりですっきりしたのか、どことなく機嫌はよさそうだった。
「君に『お兄ちゃん』なんて呼ばれると、妙にこそばゆい気持ちになるよ」
吾輩の妹じゃなくて、旅の相棒なんだろう、クーリアは。
「あはは――でもきっと、私はワガハイくんよりも年下だし、そういう呼び方もアリなんじゃないかな?」
「いやいや、そうとも限らないよ、クーリア。吾輩は、もしかすると十歳の少年かもしれない。ユッカちゃんの告白に、純粋にもどぎまぎしちゃったからね。こう見えてもピュアなんだよ。だからたぶん、吾輩はオジサンではな――」
「そういう設定にして、ユッカちゃんと、別の意味で『親しく』なろうとしてるんでしょ? それで何か間違いがあっても『いやぁ、吾輩は十歳の少年だから、ぜんぜん問題ないよね――ぐへへのへ』とか弁解したりして……わ、ワガハイくん、やっぱり健全じゃないゴースト?」
「…………」
どうして、クーリアと話をすると、時々こうなってしまうんだろう。
実に不思議だ。
「でもね、安心していいよ、ワガハイくん。ピチピチ美少女の私とずっといっしょにいれば、すぐに健全なゴーストに戻れるからね――な、なんたって、私はワガハイくんにとって『かけがえのない存在』なんだから(てれり)」
言い残して、クーリアは先頭のユッカちゃんに続いた。
「キュ……キュイ?」
「まぁ、よくわからないけど、クーリアがご機嫌なら、吾輩たちパーティーには、それが一番さ、キューイ」
「キュイ、キュイ」
納得したように身を寄せてきたキューイの首を、優しくなでる。
本当に君は、吾輩のよき理解者だね。
もはや心のオアシスだよ。
「さて。彼女たちにおいていかれないように、吾輩たちも後を――」
そこで気づく。
立ち止まったままのマルチェさんが、吾輩に視線を向けていたことに。
「……何か?」
「ワガハイさん、国境なき騎士団員だったのですね」
「ええ……ユッカちゃんに言った通り、地位や権力とは無関係な末席ですけれど」
「やはり、腕に自信が?」
「そう聞かれると答えにくいですが……まぁ、自由気ままな旅をするくらいには」
「……そうですか」
つぶやくように答えたマルチェさんは、そのまま、ユッカちゃんを追って歩き出す。
彼女の内心は、いまだわからない。
けれど、吾輩の素性が、もしかしたら何かの牽制になっただろうか。
とはいえ、これから起こるかもしれないことについて、吾輩には知る術がないのだけれど。
「……キュイ?」
「そうだね、キューイ……本当に女性は、何を考えているのかわからないよ」
理解者である仲間と二人、吾輩はグシカ森林の奥へ向かう。
この先で待っている――かもしれない何かに、少しの緊張感を覚えながら。




