003. 女性の心はわからない(前編)
吾輩の周りを、木々が囲んでいる。
岩肌が目立つソノーガ山脈の西端が近いという、この場所の地域性だろうか。
イダの森と比べると、湿度が低く乾燥しているような感覚がある。
そう。
ここはもう、グシカ森林だ。
「森では、仲間から離れてはいけないのだ。町や平原とは違い、ここで迷子になると、本当に大変なのだぞ――なぁ、マルチェ?」
「はいユッカさま、迷子になると大変です」
ということなので、機嫌を損ねていたクーリアとも合流。
二つのパーティーメンバーが一つになって、列をなして進む。
先頭は、もちろんユッカちゃん。
その後ろにマルチェさん。
続いてクーリア、キューイときて、最後尾が吾輩だ。
「残念だね、ワガハイくん。そこからじゃ、大好きなたゆんたゆんも拝めないもんね」
嫌みのつもりなのか、首だけこちらに動かしたクーリアが言ってくる。
どうやら、まだ怒っている(?)らしい。
「エッチな変態ゴーストのワガハイくんだから、胸の部分がぱつんぱつんのネグリジェを着たマルチェさんが、添い寝しながら『お兄ちゃん』って呼んでくれるのを想像したりしてるんでしょ、きっと……いやらしい」
クーリアの中での吾輩の嗜好は、相当に混沌としているようだ。
いつの日か、しっかり訂正できることを願う。
「ワガハイさん、クーリアさん――ここから先は、いささか厄介な地域になります」
助け船のつもり――ではないだろうが、マルチェさんが口を開く。
「ソノーガ山脈の周辺には、それぞれに森林地帯が広がっていますが、このグシカ森林におきましては、ガレッツ公国領内のイダの森、その他の類似地域以上に、元来の自然が保たれていると言われています」
マルチェさんは、クーリアのように振り返ったりはしない。
淡々と、事務的に続けるだけだ。
「この森の中にも集落がありますが、そこに住まう彼らは、ほぼ単一種族。そして古くから、偉大なるウィヌモーラさまを正しく崇め、自らの伝統文化を守って生活しています。異邦人に対して排他的ではありませんが、自然との共存は、彼らの持つ哲学なのです」
「ん……つ、つまり、どういうこと?」
話の趣旨がつかめなかったらしいクーリアに、吾輩は伝える。
「要するに、野生の獣やモンスターが活動的だから気をつけて――ってことだよ」
普通の旅人は、ニサの町からパジーロ城下町へ向かうことだろう。
特別な理由でもなければ、部外者が訪れることのない森。
そういうことになるのも当然といえる。
「……ふーん」
吾輩に解説されたのが腑に落ちないのか、クーリアはそっけなく答えていた。
「安心するのだ、クーリア。もしも何かが襲ってきても、ワタシが追い払ってあげるのだぞ」
「あ、う、うん……ありがとね、ユッカちゃん。頼りにしてるよ」
追い払ってくれるのは、マルチェさんじゃないのかな――とか思ってるんだろうな、クーリアは。
彼女の背中に、そんな想像をめぐらせていると、
「わ、ワガハイくんも、ああいうの言ってくれたらどうなの? ほ、ほら……『吾輩が、クーリアを守るからね』とかさ」
今度は振り返ることもなく、クーリアが告げてきた。
「言わないよ、そんなこと」
すると、
「んなっ!?」
吾輩の返答にクーリアが立ち止まり、そのまま詰め寄ってきた。
「ひどい、ワガハイくんっ。何、何なの? 私がたゆんたゆんじゃないから、だからもう守ってもくれないの!? ワガハイくんは、釣った魚にはエサをあげないタイプの、そういう悪い男ゴーストなのっ!?」
何か気に障ったのか、彼女の剣幕がすごい。
「……だってクーリアは、吾輩と出会うまでにも、たった一人で旅をしてきた女の子じゃないか。グシカ森林の獣たちが活動的とはいえ、君の素早さと魔法能力なら、十分に対応できるでしょ?」
「そ、そうだけど、そうかもしれないけど……ひどい、超ひどい! そういう言い方は、本当にひどいよ、ワガハイくんっ!!」
「……クーリア?」
「ワガハイくんは国境なき騎士団員でしょ!? 何より男子じゃん!! オジサンかもしれないけど、それでもれっきとした男子でしょ!? なのに、私のことを守ってもくれな――」
「守るよ、クーリア」
「…………え?」
どういうわけか、予想外に取り乱している彼女に、吾輩は伝える。
「君は、吾輩の旅の相棒になってくれたんでしょ? だから君はもう、吾輩にとってかけがえのない存在さ。どんなことがあったって、君のことは全力で守る。そんなことは、吾輩にとって当たり前、考えるまでもない――だから別に『クーリアを守る』だなんて、吾輩は言わないんだよ」
「わ、ワガハイくん……」
「そんなこと、君はもうわかってくれていると思ってたのに」
だって『私、ワガハイくんと別れるつもりなんてないから』とか『私に捨てられたら困るってことを理解している点は、ちゃんと評価してあげるね♪』とか、クーリアは言っていたじゃないか。
妙な決めつけもされるけれど、そんな女の子のことを守らないなんて、確かに、騎士でもなければ男子でもないからね。
「ふ、ふーん……ま、まぁ、わかってるなら、いいけど」
そこでクーリアは、顔を伏せて前を向き直った。
「(……やっぱりワガハイくんって、悪い男ゴーストだ)」
何かつぶやいたようだけど、吾輩にはよくわからなかった。
「キュイ?」
吾輩のところに来たキューイが、いつものように首を傾げる。
そうだね、キューイ。
女性の言動の理由って、男子の吾輩たちには、まったくわからないね。




