006. 町外れの平屋
ひっそりと町外れにたたずむ、簡素ながら大きな、庭付きの平屋。
ドアを開けると、わずかな灯りが広がる。
そこにいたのは、人間の中年女性だった。
「ただいまぁ、遅くなっちゃったね」
「おかえりなさい、クーリア」
ごく自然に、返事をした女性。
深夜に尋ねてきた吾輩たちを迎え入れてくれたということは、当然、クーリアとは親しい関係にあるってことなんだろう。
「紹介するね、ワガハイくん――こちらは『ダニエ』さん。私がこの町でお世話になっている、すごく優しい方なの」
「どうも、はじめまして。事情は、クーリアから聞いているわ。たいしたもてなしはできないけれど、外で野宿するよりは快適なはずよ。ゆっくりしていって」
クーリアに続いて、人間の中年女性――ダニエさんが言った。
どうやら、事前に話は通していたみたいだな。
ぺろぺろうんぬんは、さすがに伏せていると思うけれど、吾輩が濡れ衣で投獄されたことを理解した上で、あえて招き入れてくれたんだろうか?
「これはこれは、ごていねいに――吾輩は、ワガハイと申します。いろいろありまして、その……今夜はお世話になります」
何となく恐縮しながら吾輩が頭を下げると、
「いいのよ、そんな。私は、ただのおせっかいおばさん――ところでワガハイさん、お夕食なんて、もちろん食べてないわよね?」
あいさつもそこそこに、ダニエさんが部屋の奥へ歩き出す。
「野草スープしかないんだけど、すぐに温めるから。ペンネを入れれば、お腹もふくらむはずよ。ちょっと待ってて」
「はい、ありがとうございます」
ダニエさんの背中に、吾輩は伝える。
ようやく、落ち着いて食事ができそうだ。
人様の優しさに感謝。
それから、ぐるりと周囲を確認。
置かれているのは、テーブルとかイスとか、そういうありきたりなもの。
あとは、いくつかのドア。
外観からして、この場所以外にも多くの部屋があるようだから、そこへとつながっているんだろう。
するとクーリアが、吾輩の食事の支度をしてくれているダニエさんに呼びかける。
「みんなは、さすがにもう寝ちゃったみたいだね」
「ええ。こんな時間だし、起きてられても困るもの」
ここには、他にも誰かが住んでいるのだろうか?
まぁ、女性が一人で暮らすには、かなり過ぎた広さではありそうだけど。
それとなく聞いていた吾輩のことを、クーリアが手招きする。
「ワガハイくん、ちょっと来て」
言われるがままクーリアに従い、吾輩は部屋を出て廊下に。
少し進むと、別の部屋のドアが。
「起こしちゃダメだよ、ワガハイくん」
つぶやきながらクーリアが扉を開けると、そこには、人間やエルフの幼い子供たち十数人の姿が。
みんなそれぞれ思い思いの格好で、窓からの月明かりに照らされながら眠っていた。
「ダニエさんはね、事情があって親を失ってしまった子供たちを、ここで保護しているの」
「……そう、だったんだ」
クーリアの言葉に、吾輩は小さく答える。
私は、ただのおせっかいおばさん――ダニエさんがそう言っていたのは、こういう意味だったんだな。
困っている誰かに手を差し伸べずにはいられない、彼女の優しい気質を謙遜して。
「この『オーヌの町』は、旅人たちが立ち寄る庶民的な宿場町なんだけど、往来が激しくて定住者が少ないから、いろいろな理由で行き場のない子供たちが、少なからず集まってきちゃうみたいで」
確かに、昼間の食堂にも、多種多様な種族がいた。
装備や服装から考えても、明らかに、吾輩と同じ旅人が多かったような印象。
空腹を満たし、一晩二晩泊まって次の目的地へ――そういう者が、大半だということなんだろう。
「ダニエさんも、元々は旅人。けれど、オーヌで苦しんでいる子供たちの状況を知った彼女は、母親代わりとして町に留まり、この子たちを養うことを決めたんだって……すごいよね。ああいう人が、本当に強い女性って言えるんだよ」
「確かに、頭が下がる話だね……じゃあ、もしかしてクーリアも、親御さんを?」
一言では話せない複雑な過去から、クーリアは盗賊なんて職業を選んでしまったのかもしれない――そんなふうに想像して、吾輩は少し胸が痛くなった。
けれど、
「ううん、そういうんじゃないよ。ワガハイくんと同じく、私も旅人だもん。この町に来たのだって、ほんの一ヶ月くらい前だし、そもそも、この国の出身でもないから」
クーリアは、どうも違うらしい。
「……なるほど」
何だか、一方的に裏切られた気分。
まぁでも、旅人で同じ集落に一ヶ月も宿泊するなんて、それなりの理由がないとあり得ないはず。
ここは観光地でもないみたいだし、女の子が長期間滞在するにしては、ちょっと味気ない場所だ。
好んで残るとは思えない。
盗賊として、宿場町の旅人はいいターゲットになるから?
確かに小銭は稼げるかもしれないけど、場合によっては、腕に覚えのある猛者に手を出してしまうこともあるから、それなりにリスキーだ。
魔法が得意で身のこなしが軽いクーリアは、十分に一人旅を続けられる実力がある。
吾輩と接触したときも、勝てないと判断したから深追いをしてこなかったんだ。
状況に応じて、ちゃんと引くということも学んでいる。
そんな彼女が、あえて宿場町に滞在し続けているということは、やはりこの場所に、何らかの要因があると考えるのが筋だろう。
立ち入っていいのか、悪いのか――いろいろと吾輩が思案していると、クーリアはそっと、子供たちが眠っている部屋のドアを閉めた。
そして、
「朝になったら大変だよ、ワガハイくん。子供たち、本当に元気なんだから」
どことなく含みのある表情で、クーリアが言った。