009. 幼き巫女と、従者の戦士(3)
さて。
最初から、あてのない旅だ。
この国でやろうとしていたこともないし、ユッカちゃんたちに同行させてもらうのもおもしろいかもしれない。
すると、
「ワガハイくん……やめた方が、いいよ」
クーリアが、コートの袖を引っ張ってくる。
「しゅ、宗教の聖地とか行っちゃったら、ゴーストのワガハイくん……その場所に流れる特別な力とかで祓われちゃうよ、きっと」
「……あのね、クーリア、そんなわけないでしょ」
吾輩、巫女であるユッカちゃんに魔力をほめられるようなゴーストだからね。
悪霊とかじゃないからね。
「私、そういうところって……怖いの。もしもワガハイくんが消えちゃったら、私、嫌だよ」
くだらない心配だけど、しおらしく訴えてきたクーリアの表情はどこか真剣で、ゴーストへの偏見――みたいな、そういうものじゃない気がした。
吾輩は、クーリアとパーティーを組んでいる。
自由気ままな旅ではあるけれど、自分勝手なままではいられない。
彼女が望まないのなら、旅の相棒が楽しめないのなら、吾輩の独断でユッカちゃんに同行するなんて決められない。
わかったよ、クーリア。
的外れだけれど、吾輩のことを心配してくれている君に、そんな顔をしてもらいたくはないからね。
「ユッカちゃん。ありがたい話だけど、吾輩は――」
「ちなみにグシカ森林には、古い時代からの伝承がいくつも残っている。そのため、いまだに発見されていない古代のアイテムが眠っているとも言われているのだ。ワガハイは貧乏みたいだからな。何か見つければ、すごい大金持ちになれるかもしれないのだ。とはいえ、ちゃんと住民に確認してからでないと、もしかしたら泥棒になってしま――」
「わかったよ、仕方ないよね、うん――行こう、ワガハイくん、ウィヌモーラ大教の聖地へ。せっかくだし、これもきっと、いい経験になるよ」
「…………」
ユッカちゃんの言葉に態度を大きく変化させたクーリアに、吾輩は沈黙。
いいけどね、いいんだけどね。
「そうか。なら明日、いっしょに町を発つとしよう――なぁ、マルチェ?」
今までの流れだと『はい、ユッカさま』となりそうなところだけど、
「…………」
なぜかマルチェさんは、吾輩たちの同行に不本意な様子。
どういうことだろう。
マルチェさんは、ユッカちゃんや自分の素性、旅の目的まで素直に話してくれた。
ウィヌモーラ大教という宗教だって、世界的に知られた正当なものだ。
隠すような教えや組織でもない。
なのにマルチェさんは、吾輩たちが森や聖地へ向かうことに関しては消極的らしい。
やはり、ウィヌモーラ大教にとっての特別な地には、部外者を立ち入れさせたくはないという宗教的な理由だろうか。
それとも、何か別の意図が?
「どうしたのだ、マルチェ?」
「……いえ」
ユッカちゃんに一言答えた彼女は、
「ワガハイさんたちが望むなら、ぜひ。ウィヌモーラ大教は、広く開かれた宗教ですから」
相変わらずの平坦な声で、吾輩たちの一時的な参加を受け入れてくれた。
そこに、料理が運ばれてくる。
甘いソースで煮た鶏肉や、トマトベースのパスタなど、食欲をそそるものばかりだ。
「キュイ、キューイ♪」
並べられていくお皿に、キューイは興奮していた。
確かに、すごくおいしそうだね。
「うむ。では、さっそくいただくとしよう」
ユッカちゃんがフォークを取り、パスタに手を伸ばそうとすると、
「ユッカさま、どうぞ」
マルチェさんが、葉野菜のサラダを目の前に置いた。
「うっ……」
「まずは、これを口にしてください。鶏肉やパスタはその後ですよ、ユッカさま」
巫女とはいえ、そこは八歳の女の子。
新鮮でみずみずしいサラダだけど、ユッカちゃんは野菜が苦手みたいだ。
「わ、ワタシはウィヌモーラ大教の巫女として、大地の恵みである小麦から作られたパスタを食べなければなら――」
「この野菜も、大地の恵みにより育ったものです。ウィヌモーラ大教の巫女であるユッカさまなら、ぜひとも食べなければなりません」
「く、くぅ、マルチェめ……い、いじわるなのだ」
「はいユッカさま、私はいじわるです」
うらめしそうに文句を言うユッカちゃんに、マイペースを崩さないマルチェさん。
何だか巫女と従者というより、二人は妙な関係の姉妹みたいに思えた。
しかし、今はまったくの自然体だけど、
「『あーん』をしてあげましょうか、ユッカさま?」
「や、野菜は苦いから嫌いなのだ……」
先ほどのマルチェさんの態度には、少し違和感が残る。
出会ったばかりの吾輩たちと、しばらく付き合うのが単純に面倒――という程度ならば、それでいいのだけれど。
それとなく、マルチェさんの様子をうかがっていると、
「ワガハイくん(ギロリ)」
となりのクーリアが、怖い顔でにらんできた。
「さっきから、ずっとマルチェさんばかり気にしてるよね? やっぱり、ワガハイくんは胸の大きな女性が好きなんじゃない(ぷんすか)」
勘違いしてきたクーリアが、フォークで勢いよく鶏肉を突き刺す。
まるで、吾輩への怒りと不満をぶつけているみたいに。
「…………」
どうやらクーリアは、吾輩が女性に対して向ける『視線』には、異様に敏感らしい。
吾輩に目はない……はず、なんだけどな。




