008. 幼き巫女と、従者の戦士(2)
すると、
「……ワガハイくん」
顔を上げたクーリアが、吾輩を見る――いや、にらむ。
「胸の大きな女性をながめながらの夕食は、さぞおいしいことでしょうね(ギロリ)」
「…………え?」
鋭い視線を向けてきたクーリアに、吾輩は固まる。
「ユッカちゃんの言う『ないすばでぃ』が目的でしょ!? ま、マルチェさんのたゆんたゆんが目当てなんでしょ!?」
……クーリアが少しらしくないのって、それが原因?
通りでのユッカちゃんの適当な発言を、まさか真に受けていただなんて、勘弁してよ。
「あのね、クーリア。吾輩は、旅における出会いを大切にしたいタイプのゴーストだよ」
だから、君やキューイとパーティーを組むことになったんじゃないか。
「吾輩は紳士。そういったことに目がくらむなんてことはないんだ」
毎度ながら、吾輩に目はないからね。
「それに、吾輩が興味を持ったのは、ユッカちゃん――」
「や、やっぱりワガハイくん、健全じゃないゴースト!?」
「……吾輩が興味深く感じたのは、ユッカちゃんがウィヌモーラ大教の巫女だという点だよ。宗教とは無縁の吾輩たちが彼女のような存在とテーブルを囲めるだなんて、そうそうある機会じゃないわけだしね」
「とか言って『げへへのへ、眼福眼福――吾輩に目はないけどね、うへへのへ♪』とか思ってるんでしょ? ウィヌモーラ大教とか巫女とかは、ぜったい言い訳だもん、ワガハイくん(ぷいっ)」
ふくれているクーリアに、
「キュイ?」
キューイはやはり首を傾げていた。
やれやれ、クーリアにも困ったものだ。
「ふっ、ワガハイ。ワタシと食事ができることが、そんなにうれしいのか? まったく仕方のないやつめ(てれり)――なぁ、マルチェ?」
「はい、ワガハイさんは仕方のないやつです」
何だかさげすまれている吾輩だけど、ふと気になったことを尋ねてみる。
「あの、マルチェさん」
「はい」
「ユッカちゃんが修行の旅をしているのはわかりましたけど、ここから二人はどちらへ?」
普通なら、町や村を転々としていくものだろうが、巫女としての鍛錬や求道が目的なら、単純な話ではないはずだ。
「私たちは明日、このニサの町の東に広がる森――『グシカ森林』へ向かいます」
「森林地帯に、ですか?」
確か、ここから北に進めば、都であるパジーロ城下町にたどり着けると聞いたけれど、やはりそういうルートは選ばないらしい。
吾輩の返答を受けて、マルチェさんが店内を見渡した。
彼女の視線の先には、壁に貼られた古びた地図が。
どうやら、この国の領土を示したもののようだ。
「あの地図を見てください」
マルチェさんが、吾輩をうながす。
「現在、私たちがいるパジーロ王国は、西と東で大きく地域が分かれています」
ガレッツ公国と同じく、ルドマ大陸の内陸部に位置する国家――パジーロ王国。
マルチェさんの言うように、地図上では西側に平野や草原地帯があり、いくつかの町が形成されている様子。
南の国境付近には、このニサの町の名前も記されていた。
対して東側は、ほぼ一面、山裾から西部に流れてくるように森林地帯が広がっている。
村らしき集落の名前も確認できるが、当然ながら都市などはなさそうだ。
「東部のほとんどが、グシカ森林と呼ばれている地域となります。王国西部は、周辺各国との交流を受けたモダンな発展をしていますが、グシカ森林や、その内部の集落においては、そこに住まう種族や息づく文化が、都市部と大きく異なるのです」
地図上のグシカ森林のさらに東の山岳部には『ソノーガ山脈』の文字が。
それは、ガレッツ公国のイダの森に接していた山脈で、キューイの母親が降り立ったと思われる地域だ。
なるほど。
ソノーガ山脈は大陸を南北で分断するように連なっていて、その西の際が、このパジーロ王国にあるということなんだな。
「マルチェさんがユッカちゃんと共にそこを訪れるということは、当然、ウィヌモーラ大教にとって特別な場所ということなんですよね?」
「はい、もちろん」
吾輩にうなずいたマルチェさんに続いて、
「パジーロ王国内のソノーガ山脈には、ウィヌモーラ大教の聖地の一つがあるのだ」
ユッカちゃんが口を開く。
「グシカ森林に住まうある種族は、昔からウィヌモーラ大教を信仰していた者たちなのだ――なぁ、マルチェ?」
「はい、ユッカさま」
「彼らは自分たちの文化を守りながら、ウィヌモーラ大教の信者として、大事な聖地を管理し続けてくれているのだぞ――なぁ、マルチェ」
「はい、ユッカさま、その通りです」
「ワタシは巫女として聖地に入り、これからなすべきことを学ばなければならない。だからワタシたちは、グシカ森林へ向かうのだ――なぁ、マルチェ?」
「はい。ユッカさまはグシカ森林から聖地に入り、これからなすべきことを学びます。ご自分の使命を正確に把握しているとは、ユッカさまはさすがです」
「ふっ、たいしたことはないぞ(どやっ)」
抑揚のないマルチェさんの声におだてられながら、まんざらでもない様子のユッカちゃん。
まぁ、二人の妙な掛け合いはとにかく、彼女たちがグシカ森林を目指す理由は理解できた。
それにしても聖地か。
神や精霊、それら信仰には縁遠い吾輩だけど、そういう場所には興味が湧く。
加えて、グシカ森林で暮らしている方々のことも気になるな、正直。
そんな吾輩の心の内が伝わったのだろうか、
「どうだワガハイ、お主もついてくるか、ワタシたちに?」
ご機嫌なユッカちゃんが、テーブルに這い上がるようにして提案してくれた。
「いいのかい、ユッカちゃん?」
「うむ、構わないぞ。お主はえっちかもしれないが、悪いゴーストではない。きれいな魔力のお主といると、何だかワタシも気分がいいのだ」
ウィヌモーラ大教の巫女に魔力の清らかさをほめられるなんて、なかなか光栄なこと。
でも、吾輩は『えっち』じゃないからね、ユッカちゃん。




