007. 幼き巫女と、従者の戦士(1)
訪れたのは、歓楽街の食堂。
「巫女としての修行?」
「うむ」
問いかけた吾輩に、ユッカちゃんがうなずいた。
テーブルを囲んだ二つのパーティーは、性別も種族もバラバラだけど、偶然の出会いから、こんなふうに夕食を共にすることになったんだ。
まぁ吾輩たちが、ユッカちゃんとマルチェさんの好意に甘えたようなものなんだけどね。
「巫女と言っても、ワタシにはまだまだ学ばなくてはならないことがある。だから、マルチェを連れて旅をしているというわけなのだ」
頼んだ料理を待つ時間。
ユッカちゃんは、自分のことを話してくれていた。
巫女。
神や精霊などに仕える、あるいは彼らを従え使役する、特別な女性聖職者のこと。
神聖な力を宿すとされていて、強力な魔法を操る魔術師でもある。
しかし、それがこのユッカちゃんだなんて。
「ワガハイさんは、ウィヌモーラ大教のことを?」
「はい、もちろん」
尋ねてきたマルチェさんに、吾輩はうなずいた。
ウィヌモーラ大教。
大地を司る女神である『ウィヌモーラ』を主神として崇める宗教と、その信仰組織のことだ。
世界には無数の神や精霊が存在し、それぞれを祀る種族や民族が各地に根を下ろしている。
神話や伝説と結びつき、独自の魔法文化を保持している集団も少なくないが、それらは基本、局所的なもの。
だが、このウィヌモーラ大教は、種族や地域を超えて、世界中に信者を持つ宗教――まさに、世界宗教なんだ。
「残念ながら吾輩は、あらゆる宗派、すべての信仰から縁遠いゴーストですが、ウィヌモーラ大教を知らない旅人なんて、さすがに無知がすぎるというものですよ」
太古の昔から今日まで受け継がれし原初の神話によれば、この世界は三柱の女神によって創られた――とされている。
その一柱である清らかな女神が、大地を司るウィヌモーラ。
信者であるか否かに関わらず、世界を生み出したと伝えられる偉大な女神――その一柱である彼女の名は、一般的な知識として、もはや常識というレベルを超えている。
これは、そういう次元の話だ。
「我がウィヌモーラ大教は現在、ユッカさまのお父さまが教皇として、その組織や私たち信者を導いてくださっています。しかしユッカさまは、教皇さまのご息女であるがゆえに巫女という立場を授かったわけではありません」
マルチェさんは、淡々と説明してくれる。
「ユッカさまが巫女であるがゆえ、ユッカさまのお父さまが、現教皇という地位にあられるのです」
この世界は、三柱の女神から始まった。
神聖なる彼女たちは、各地に住まう神や精霊たちの頂点であり、言うまでもなく特別な存在。
そんな女神たちの力を宿し、強大な御身に等しい魔法を操ることができるのは、やはり女性のみなのだとか。
そういった理由から、宗教の世界では、女性は男性よりも尊ばれることが多いと聞く。
「代々教皇は、巫女である女性の親族、あるいは信頼できる後見人が就くとされる役職です。もちろん、組織の長となる立場なのですから、誠実な信仰心と聡明な知識は必要となります。しかしそれも、すべてはあくまで巫女ありき。ウィヌモーラ大教にとっての巫女とは、それほどに重要で大切な女性なのです」
なるほど。
世界宗教であるウィヌモーラ大教も――いや、世界宗教であるウィヌモーラ大教だからこそ、女性の地位が高いんだな。
つまりユッカちゃんの父親は、彼女が巫女であることを前提として、ある意味反射的に、その特別な地位に就いているということか。
「ユッカさまはいずれ、偉大なるウィヌモーラさまの神託を受け、神聖な力を授かり、自らの能力として使役し、この世界を導いていくお方となるでしょう。とはいえ、まだユッカさまは幼い。聖職者として求道しなければならない信仰がありますし、さまざまな文化に触れて、一人の女性として成長する必要もあります」
「わ、ワタシは幼くないのだぞ、もう大人だ」
「はい、ユッカさまは大人です」
「うむ、わかればいいのだ♪」
一般的な大人用の椅子が体に合わないのか、顔だけがテーブルの上に出ているユッカちゃん。
マルチェさんはイエスウーマンなんじゃなくて、単にユッカちゃんをあしらっているだけなのかもしれない。
「光栄なことに私は、巫女として旅立つことを決めたユッカさまの従者として同行する使命を与えられました。ユッカさまと私は、そういったパーティーなのです」
「それだけではなく、各地の信者と交流したり、まだウィヌモーラ大教の教えを知らない者たちに、いろいろと伝えたりもするのだぞ。まったく、巫女であるワタシは大変なのだ――なぁ、マルチェ?」
「はい、ユッカさまは大変です」
マルチェさんとユッカちゃんの説明に、吾輩はいろいろと納得。
ウィヌモーラ大教における巫女と、その護衛役兼事実上の保護者であるハーフミノタウロスの女性――そういう間柄なら、二人の年齢差からするとやや不可解な呼び方や会話も、十分に理解できる。
それに、世界宗教の一つであるウィヌモーラ大教の巫女がいるパーティーなら、贅沢はしないまでも、潤沢な旅の資金を用意しているはず。
ユッカちゃんが太っ腹なわけだ。
「……ふーん、ウィヌモーラ大教ね」
とりあえず、ユッカちゃんとマルチェさんのことを把握したらしいクーリアが、それとなくつぶやいた。
「ウィヌモーラ大教は、クーリアも知ってたでしょ?」
「もちろん、名前くらいはね。でも、私は信者じゃないし、それに……女神とか、そういうのよくわからないから」
機嫌でも悪いのか、なぜかクーリアがうつむく。
吾輩が迷子のユッカちゃんに、年長者(?)として付き合っていたという事実を、ちゃんとわかってくれはずの彼女だけど、いつになく静かだな。
初対面の相手であっても社交的に接するのが、クーリアって感じなのに。
こんなことを言うのはいやしいが、今夜の食事代は、これで浮くことになる。
お金に厳しいクーリアにしてみれば、喜んでいてもいいくらいだ。
おかしい。
クーリアがおかしい。
 




