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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第1節] パジーロ王国>ニサの町 
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006. 幼い彼女の意外な正体(3)

「あいつは、ワガハイというのだ。お主を探すのを手伝ってくれた、優しい旅のゴーストなのだぞ」

「まぁ、それはそれは」


 ユッカちゃんの説明を受けて、獣人系の女性が近づいてくる。


「私は『マルチェ』と申します――ユッカさまが、あなたのお世話になったとのこと。あの方の保護者として、お礼申し上げます、ワガハイさん」

「いいえ、そんな」


 自らをユッカちゃんの『保護者』だと名乗った女性――マルチェさんに、吾輩は答えた。


「お主は、ワタシを長とするパーティーの仲間なのだぞ、マルチェ。断じて保護者などではないのだ(ぷんすか)」


 とはいえユッカちゃんは、それを認めてはいないみたいだけど。


 ていねいなあいさつをしてもらったわけだから、吾輩も応じないわけにはいかない。


「こちら、吾輩の仲間のクーリアとキューイです」

「え、あ……ど、どうも。は、ハーフエルフのクーリアです」

「キューイ、キュイ、キュイ」


 いきなりの展開に、クーリアは戸惑いながら、キューイは元気に――吾輩にうながされる形で、それぞれ自己紹介をしていた。


「マルチェです――クーリアさん、キューイくん、どうぞよろしくお願いします」


 吾輩のパーティーメンバーにマルチェさんが頭を下げると、その張り出した胸が、重力で下に流れ、たゆんと揺れる。


 すると、


「うっ……す、すごく胸が大きい――あっ!? ご、ごめんなさい、つい」


 その迫力に、クーリアは思わず心の声らしき感想を漏らしていた。


 いくら女性同士とはいえ、少しデリカシーのない発言。


 しかしマルチェさんは、気にも留めていない様子。

 恥ずかしがることもなく、いたって自然体で返す。


「私は、ハーフミノタウロスなのです。一般的な人間やエルフの方からすれば、大きな胸に見えてしまうのも無理はありません」


 なるほど、人間とミノタウロスの混血児か。


 それなら、女性としては恵まれた武人的体格も、筋力に自信がないと操れない巨大武器を装備していることも、十分に納得できる。


 純粋なミノタウロスは、闘牛を思わせる外見で、非常な怪力を誇る獣人。

 その血が流れている種族なら、戦士として高い能力を持っていたとしても不思議ではないのだから。


「で、出会ったばかりなのに失礼ですが……」


 自分とマルチェさんのスタイルを見比べていたクーリアが、恐る恐る尋ねる。


「マルチェさんは……お、おいくつなんですか?」

「十九歳です」

「そ、その体で十代っ!?」


 マルチェさんが自分と同世代だと知ったクーリアは、まるで翼竜の羽ばたきによる突風をくらったみたいによろける。


「……私、何だか悲しくなってきた(うぅぅ)」


 種族が違うんだから、気にする必要はないよ、クーリア――などと配慮なく口にしたなら、きっと吾輩はデリカシーのないゴーストとして、彼女にののしられたりするんだろうな。


 女性は、いろいろと大変だ。

 下手に関わらないようにするのが、男性としての賢明な判断だろう。


「ふははっ、マルチェは『ないすばでぃ』なのだ。すごいだろう(どやっ)」


 自分の仲間が豊満で女性的なスタイルなのが誇らしいのか、ユッカちゃんは、今のところはまだまだ小さな胸を、自慢げに突き出していた。


「先ほどからずっと、ワガハイもマルチェに釘付けなのだ」

「…………え?」

「とぼけても無駄だぞ、ワガハイ。お主は、マルチェの体に興味津々ではないか」


 ユッカちゃんの変な発言に、さすがの吾輩も戸惑う。


「むっ……ワガハイくん(ギロリ)」

「……そんな目で見られても困るんだけど、クーリア」


 吾輩はただ、戦士としてのマルチェさんを、体格や装備武器から観察していただけで、そういうつもりはないんだからさ。


「ワガハイも男なのだ。だからきっと、えっちなゴーストに違いない。私にはわかってしまうのだ――なぁ、マルチェ?」


 適当に吾輩を『えっち』だと決めつけてきたユッカちゃんが、マルチェさんに話を振る。


 その妙な展開に、一瞬返答に困ったような彼女だったけれど、


「……はい。確かにワガハイさんからは、熱い『視線』を感じていました――主に、私の胸辺りに」


 話を合わせるように、なぜか吾輩を、女性の大きな胸が大好きなゴーストに仕立て上げてきたんだ。


「…………」


 なるほど。


 いまだに二人の間柄はわからないままだけど、一つだけ確かなのは、マルチェさんは完全なるイエスマン――ならぬ、イエスウーマンだということだ。

 ユッカちゃんの言うことは、基本的に何でも肯定してしまう。

 それが敬意からなのか、何らかの主従関係からくるものなのか、ただ面倒なだけなのかは不明だけれど。


「もうっ、ワガハイくん、サイテーっ!!」


 あまりの冤罪えんざいに言葉も続かない吾輩を、クーリアがとがめてきた。


 こういう弁解はおかしいかもしれないけど、もしもそうだとしたら、ある意味、君の望んだ通りじゃないか。

 きれいで女性的な体のマルチェさんに興味を抱けるなら、それはちゃんと、吾輩が『健全』ってことだよ。


 とはいえ、健全な男性の多くが気になってしまうだろうスタイルのマルチェさん本人を前に、そんな話をするわけにもいかない。


「……あのね、クーリア。のっぺらぼうの吾輩に、目はないんだからさ」

「ふんっ。目がなくても、相手が感じちゃうくらいの『視線』を向けてたんでしょ!! 顔なしゴーストのワガハイくんは、大きな胸に目がないんだからっ!!」

「あはは、上手いこと言うね、クーリア」

「うるさい、うるさい!! えっち、スケベ、変態ゴーストっ!!」


 健全じゃないと心配されるのに、健全だと文句を言われる。

 難しいな、これは。


 そんな吾輩を見かねたのか、マルチェさんが口を開く。


「クーリアさん、怒らないであげてください。いくら見られたところで、私の胸が減ることはありませんから」

「うっ……」


 サイズに関しては完敗を認めているクーリアは、


「(そりゃ、そんだけ大きければ減りもしないでしょうよ)」


 何か小声でつぶやきながら、肩を落として静かになった。


「なのでどうかワガハイさんも、お好きなだけごらんになってください。こんなものでよろしければ、ぜひ、穴が空くほどに」


 抑揚のない平坦な口調で、胸を強調しながら近づいてくるマルチェさん。


「…………」


 吾輩、無言で後ずさり。


 どうやらマルチェさんは、ちょっと変わった――いや、かなり独特なハーフミノタウロスの女性らしい。


「せっかくの出会いなのだ。ワガハイも、マルチェの胸をもっと見たいのだろう?」


 あのさ、ユッカちゃん。


 おかしな気遣い、別にいらないよ。


「ちょうどいい時間にもなった。ここは互いのパーティー全員で、夕食を共にしようではないか――なぁ、マルチェ?」

「はい、ユッカさま」


 ユッカちゃんの提案に、当然のごとく乗っかるマルチェさん。


「キュイ、キュイ♪」


 キューイも、すっかりその気みたいだ。


 流れるような展開に戸惑っているのか、クーリアがささやいてくる。


「(……ど、どうするの、ワガハイくん? あいさつしておいて何だけどさ、私、まだよく状況がわかっていないんだけど)」


 吾輩としては、別に構わない。


 けれど、向こうのパーティーはとにかく、こちらの旅はリーズナブルをモットーにしているからね。

 同じ食堂でテーブルを囲んだとしても、注文したメニューが、主に価格の面で大きく違ってしまえば、変に気を遣わせてしまうだろうし。


「お金の心配は無用だぞ、ワタシのおごりだ」


 幼いながら吾輩たちの事情を察したのか、太っ腹なことを言ったユッカちゃん。


 とはいえ、まさか八歳の女の子の言葉を、そのまま鵜呑うのみにするわけにもいかない。


「あのね、ユッカちゃん。それはすごくありがたいんだけど、吾輩たちは――」

「安心してください、ワガハイさん。本当に、その点については問題ありませんから」


 マルチェさんが、吾輩に告げる。


「こちらのユッカさまは、幼いながらも、非常に特別な聖職者」

「……聖職者?」

「はい、その通り」


 確認した吾輩に、マルチェさんはうなずく。


「世界宗教の一つである『ウィヌモーラ大教たいきょう』を導く教皇のご息女であり、自らも司祭という地位を有する、清き大地の女神に選ばれし巫女――なのですから」


 この子は――ユッカちゃんは、ウィヌモーラ大教の巫女、なのか……。


「ふふんっ」


 マルチェさんの言葉を受けて、


「どうだワガハイ、驚いただろう(どやっ)」


 ユッカちゃんは自慢げに、小さな胸を張っていた。

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