004. 幼い彼女の意外な正体(1)
「まったく、困ったものなのだ」
夕暮れの町を、吾輩と共に歩くユッカちゃん。
「はぐれた迷子を探す、ワタシの身にもなってもらいたいものなのだ――なぁ、ワガハイ」
「……そうだね」
ため息まじりで嘆く彼女に、とりあえず話を合わせる吾輩。
「お主も旅人なのだろう? 知らない町で一人というのは、とても孤独に違いない。おそらくあいつは、ワタシがいなくなって、すごく不安になっているはず――ああ、心配なのだ」
確かに心配だろうな、ユッカちゃんの保護者の方は。
偶然にも出会うことになった吾輩とユッカちゃんだけど、まさか酒場があるような通りで、幼い女の子を連れ歩くわけにはいかない。
彼女の旅の仲間も、夜の歓楽街方面を探したりはしないだろう。
麦酒や蒸留酒の香りのしない地域に場所を移した吾輩は、周囲をうかがっているような大人の方がいないかに気を配る。
帰宅途中だと思われる親子連れはちらほら歩いているが、ユッカちゃんの旅の仲間らしき相手は確認できない。
露天商人も、そろそろ閉店の時間なのだろう。
テントを片づけている男性の姿もある。
もうすぐ夜が来るんだ。
一日の終わりを告げるような、どこか情緒的な風景を、吾輩が穏やかな気持ちでながめていると、
「酒場の酔っ払いから、おもしろそうなことを聞いちゃったぁ♪」
妙に耳に残る、きゃぴきゃぴとした声が聞こえてきた。
やや外にはねた長い赤髪、たれ目気味ながら整った顔立ち、大きく突き出た胸を強調するような袖のない上着――現れたのは、十代後半くらいの少女。
この辺りではめずらしい種族になるのだろう。
彼女はハーピーだった。
鋭い手足の爪と、腕の側面に生えた羽毛が、ハーピーの外見的な特徴。
鳥のように飛行することができ、その能力を発揮する場合は、爪はより長く鋭利に、腕の羽毛は大きな翼へと変化する。
吾輩の知る限り、素早さに秀でたプライドの高い種族だと、一般的には理解されているようだ。
現れたハーピーの女性は、どうやら吾輩たちと同じく、歓楽街の方からやってきたらしい。
「あーしってばカワイイから、みんな、何でも教えてくれちゃうんだよね――えへっ♪」
あの種族は○○だ――という意見には、常に多くの偏見が混じっている。
仮に、全体として評価した場合は的を射ているとしても、当然個人差があるものだ。
けれど、あのハーピーの女性は、確かにプライドが高そうな――というより、
「さっきの酒場で飲んでた醜いオバサンなんて、男たちにチヤホヤされてたあーしを、完全に目の敵にしてたもんね。はぁーあ……まったく、これだからおブスの嫉妬には困っちゃう――あーし、おブスに生まれてなくてホントによかったぁーっ」
自分の容姿に、人並み外れた誇りを持っているようだ。
まぁ、自信があるのは、別に悪いことじゃない。
確かに彼女の顔立ちやスタイルのよさは、間違いなく多くの男性が認めるはずだ――とはいえ吾輩は、ああいうタイプの女性は苦手なのだけれど。
「よぉーし。酒場で聞いたこと、早く『ソレちゃん』に教えてあげよっと――やっぱあーしって、超デキる女♪」
たぶんあのハーピーの女性も、この町に立ち寄っている旅人なんだろう。
同行者らしき相手の名前を口にしながら、うれしそうに去っていった。
「…………」
やや独特なハーピーの女性に、無意識にも注意を向けていた吾輩を疑問に思ったのか、
「ん、どうしたのだ、ワガハイ?」
不思議そうに、ユッカちゃんが尋ねてきた。
「ううん――ごめんね、何でもないよ」
心配させないように答え、吾輩はユッカちゃんと二人、角を曲がる。
すると、
「キュイ、キュイ……キュイ?」
そこにはなぜか、ふわふわ浮いているキューイがいたんだ。
首を傾げている彼に、吾輩は呼びかける。
「おーい、キューイ」
「……キュイ、キュイーッ!!」
こちらに気づいたようで、通りの奥から飛んできたキューイ。
「宿で休んでいたはずなのに、いったいどうしたんだい?」
「キュイ、キュイ、キューイ。キュイ、キューイ」
なるほど。
どうやら吾輩を探しに、町に出てきていた――ということらしい。
「迎えに来てくれたんだね、キューイ――うん、そうだね。確かに、もう夕食の時間だ」
予定していた以上に町をぶらついちゃったからな。
もしかしたらキューイ、いなくなっていた吾輩のことを、ちょっと心配しちゃったのかもしれない。
いきなり現れたキューイを前に、
「ど、ドラゴンか……」
一瞬驚いたようなユッカちゃんが、吾輩の手を強く握った。
「し、知り合いなのか、ワガハイ?」
「うん、吾輩の仲間だよ。名前は『キューイ』っていうんだ」
「キュイ、キュイ」
自己紹介をするように、キューイがユッカちゃんの前で羽ばたいた。
「そ、そうか、キューイ……ど、どれどれ」
恐る恐るではあるけれど、ユッカちゃんは空いている左手で、ゆっくりとキューイに触れる。
「キュイ」
そんな彼女に彼は、自らそっと首を擦り付けた。
「お、おお……な、なかなか、かわいいやつなのだ♪」
愛らしいキューイの反応に、ユッカちゃんはご満悦の様子。
恐怖心は完全に消えたようで、幼い女の子らしくテンションを上げていた。
「きれいな体なのだ、キューイは。ワタシとおそろいだぞ」
自分の着ている白地のローブと、キューイの白いうろこを指しているのだろう。
ユッカちゃんは、楽しげに微笑んでいた。
そこに、また吾輩の仲間が到着。
「もう……キューイまでいなくなっちゃ――あっ、いたいた、ワガハイくん!!」
クーリアだ。
どうやら町で吾輩を探していたところ、いっしょに宿を出たキューイまで見失って、それで困っていた――って感じなのかな。
悪いことしちゃったね。
部屋に書き置きくらい残しておけばよかったかも。
まぁ、クーリアとキューイには迷惑をかけたみたいだけど、とりあえず全員そろったわけだし、これで解決――のはずが、
「はうっ!?」
「何? どうしたのさ、クーリア?」
なぜか、そうはいかなくて。
「わ、ワガハイくんって……そ、そそ、そういう趣味なの?」
駆け寄ってきてくれたクーリアが、吾輩に不審のまなざしを向けている。
「お、幼い女の子にあんなことやこんなことをして興奮しちゃう……へ、へへ、変態ゴーストなのっ!?」
「…………」
ああ、そうか。
うん……さて、どうしよう。
もちろん、クーリアの言いたいことはわかる。
現在進行形で吾輩は、彼女からすれば見ず知らずの幼い少女であるユッカちゃんと手をつないでいるわけだ。
あんなことやこんなこと――は、さすがに飛躍しすぎだけど、誤解を受けるような状況なのは確かだからね。
「わ、ワガハイくんはオジサンかもしれないから、若い女性が大好きなのは理解できるけど、わ、わわ、若いって言っても、そういう年齢の女の子は違うよ!?」
「あのね、クーリア。まずは吾輩の話を――」
「わ、私みたいなピチピチの美少女に興奮しないと、それは健全じゃないんだよ!?」
「そもそも吾輩は、君が勘違いしているような――」
「私のもとへ帰ってきてよ、ワガハイくんっ!!」
「…………」
女性の趣味という意味で、いつから吾輩の帰る場所はクーリアになっていたんだろう?




