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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第1節] パジーロ王国>ニサの町 
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003. 迷子の幼女

 太陽が低くなる。


 見知らぬ町の夕暮れは、旅を続ける吾輩にとっても、常に新鮮で情緒的な景色だ。


 ずいぶんと遅くなってしまったランチは、この町の食堂で、塩漬け野菜を包んだクレープをいただいた。

 薄切り肉をハニーマスタードで――というわけにはいかなかったけれど、とても満足できるメニューだった。


 空腹から解放されたキューイは、宿屋の部屋でお休み中。


 何だかんだ言って、クーリアも歩き疲れていたんだろう。

 彼をひざに乗せながら、いつの間にか寝息を立てていた。


 そういうわけで吾輩は、一人でニサの町を散歩している。


 穏やかな時間だ。


 パーティーで旅をすることに苦痛を感じることはないけれど、孤独な時間は嫌いじゃない。


 山風が吹き下ろされる地域なのだろうか。

 乾いた空気の流れが、吾輩のコートをばさりと揺らしていた。


 ガレッツ城下町の大通りとは比べものにならないが、それでも、夜の歓楽街のような一角が確認できる。


 酒場なのだろう。


 テラス――とはほど遠い軒先の樽をテーブルに、顔を赤くした町民らしき男性が、泡立つ麦酒を流し込んでいた。


 飲み物はとにかく、彼がつまみにしている炒り豆料理はおいしそうだ。

 香りに誘われる。


 もちろん手持ちのお金などないが、のぞくくらいは許されるはず。


 吾輩がふらりと、中の様子をうかがおうとすると、



「おぬしは一人か?」



 いい頃合いの歓楽街では聞こえてこないはずの、かわいらしい声がした。


 不意に振り返ると、そこには、


「一人かと、そう聞いている」


 広めのおでこがチャーミングな、純血の人間らしき少女の姿が。


 体型や顔つきからして、クーリアよりも一回りは若い――要するに、幼い女の子だった。


「……もしかして、吾輩に尋ねているのかな?」


 妙に大人びた口調の小さな少女に、吾輩は戸惑いながら返した。


「当たり前だろう、お主の目は節穴か?」

「ある意味、そうかもしれないね。このように、吾輩に目はないからさ」

「だとしても、見えていないわけではあるまい。ゴーストとは、そういう種族なのだから」


 この子、幼い人間にしては、他の種族にも慣れているみたいだ。


 しかもアンデッドである吾輩のことも、まったく恐れている気配がない。


 異種族と交流のある環境で育った、そういう女の子なのだろうか?


 突然現れた幼い少女の服装は、白を基調とした光沢のあるローブ。

 二本に束ねられた桃色の髪をなびかせて、見ず知らずの吾輩に対しても、ひるむことなく堂々としていた。


「恥ずかしがることはないぞ。ワタシは、ちゃんとわかっているのだ(くいくい)」


 吾輩を横目で流しながら、幼い少女が人差し指を動かす。

 顔を近づけろ――と、そういうことなのかな?


 素直に応じた吾輩が、ゆっくりと身を寄せると、


「(お主、迷子なのだろう?)」


 ローブ姿の少女が、吾輩に耳打ちしてきた。


「…………」


 無言のままでいた吾輩の態度を、どう思ったのか、


「安心してくれて構わないのだぞ、ゴーストよ。ワタシがいっしょに、お主の尋ね人探しを手伝ってあげるのだからな(ふふんっ)」


 軽やかに後方へ飛んだ幼い少女は、満足げに鼻を鳴らしていた。


「……あのね、吾輩は別に、迷子になっているわけではな――」

「気にすることもないのだぞ、ゴーストよ。ちょうどワタシも、この町で迷子になってしまった相手を探していた最中なのだ――やれやれ、まったく困ったやつなのだ。いつもすぐにはぐれてしまい、ワタシに迷惑をかけるのだから」


 肩をすくめながら、幼い少女は首を振っていた。


 なるほど。


 どうやら、迷子はこの子の方らしい。


 両親か、あるいは兄弟姉妹か、そういった保護者とニサの町を訪れた旅人なんだな。


 だって、この町に住む女の子だとしたら、今日初めてこの地にやってきた吾輩に、こんな対応をしてくるとは考えにくいからね。


 共に旅をしてきた誰かと離れてしまい、しかも夜が近くなってきて、それで不安になったのだろう。


 何となくにぎやかなこの通りまでやってきたところで、つれづれに酒場の前を歩く吾輩を見つけた――だから、声をかけてきたんだな。


 要するにこの子、はぐれてしまった旅の仲間を探すのを、吾輩に手伝ってもらいたいってことなんだ。


 素早く理解、そして納得。


「……うん、それは助かるよ。吾輩、迷子だから、いろいろと困っていたんだ。この町にも、まったく詳しくないからね」


 まぁ、幼いとはいえ、彼女も立派なレディ。

 プライドを傷つけるようなことを、あえてする必要もない。


 これも何かの縁だ。


 彼女の保護者探しに、付き合ってあげることにしよう。


「そうだろう、そうだろう。やはり、ワタシのにらんだ通り。お主、実に不安そうに辺りをさまよっていたから、迷子に間違いないと思ったのだ」


 満足げに、ローブ姿の少女がうなずく。


 吾輩が受け入れたから、とりあえず安心してくれたのかもしれない。


「あはは、情けないところを見られちゃったね……けれど、あまりこういう場所に一人で来るのはよくないよ」


 自分の年齢すらわからない吾輩だけど、たぶん、この子よりは年上だろう。


 それとなく、彼女に注意する。


「お酒が飲めるようなところでは、必ず、信頼できる大人の誰かといっしょじゃないとね」


 この際、吾輩自身が成人していない可能性は、ちょっと棚に上げさせてもらおう。

 言葉に説得力がなくなるからね。


「吾輩は紳士だから問題ないけれど、世の中には、悪いことを考えている不届き者もいるんだからさ」


 要するに、伝えたいのはそういうこと。

 残念ながら、若い少女が犠牲になる犯罪は、どこであっても起こるものなんだ。


「この町がどうこうってわけじゃないけど、声をかける相手を間違えていたら、もしかしたら君は、ひどく危険な目に遭っていたかもしれないよ」


 年長者(?)として、旅人の先輩として、ちゃんとためになるアドバイスをしたつもりだったんだけど、


「大丈夫、心配は無用なのだ」


 迷子の少女は、まるで吾輩をあしらうように答える。


「お主の魔力は安定していて、すごく美しい。だから、お主が悪いゴーストではないことを、ワタシはすでに見抜いていたのだ。そうでなければ、夕暮れの町の中、知りもしない相手に無防備に近づくなど、このワタシがするはずもないだろう?」

「…………」


 当然のように答えた幼い少女は、どこか神秘的で、とらえどころがなくて――吾輩には、ただの人間とは思えなかった。


「お主、名は何というのだ?」

「ワガハイ、だよ」

「ふっ、ワガハイか……おかしな名前なのだ」


 名前を伝えると、彼女はそこでやっと、年相応の笑顔を見せてくれた。


「ワタシは『ユッカ』――しっかり覚えておくのだぞ、ワガハイ」


 そう言った迷子の女の子――ユッカちゃんは、なぜかうつむきながら、吾輩に手を差し伸べてきた。


「ま、迷子で心細かっただろうからな。わ、ワタシが手をつないであげるのだ……と、特別だぞ」

「……うん。それじゃ、お言葉に甘えて」


 人肌より冷たい吾輩の手を、彼女はどう感じたんだろう。


「ふはっ、おかしな感触なのだな、ゴーストというやつは――よし、ついてくるのだ、ワガハイ」


 吾輩を引いて、ユッカちゃんはうれしそうに走り出した。

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