005. 月下の自己紹介
夜の町は実に静かで、暗がりでの頼りは月明かりだけ。
確かに、この時間なら、憲兵も寝ているわけだ。
「さすがに、夜が似合うね、あなた。いい感じに、すごく不気味よ――ふふっ♪」
砦を後にした、誰もいない小道。
となりを歩くハーフエルフの少女は、空を見上げることもなく、からかうように笑った。
青白い人型で、フードを深く被った、のっぺらぼうの吾輩――まぁ、そういう評価をもらっても否定はできない。
「……で、不気味な吾輩を助けて、これからどうするつもりなんですか? 言っておきますけど吾輩は、護身用の剣すら没収された一文無し。謝礼金を要求されても、何も差し出せませんからね」
「わ、私をどんなハーフエルフだと思っているのよ……仮にも私のせいで捕まっちゃったあなたに、そんなことまでしないってば」
よかった。
盗賊を名乗っている彼女でも、そこまでがめつくはないみたいだ。
「本当に、私はあなたを助けたかっただけ……この町の憲兵じゃないってことも、これではっきりしたしね」
どうも彼女は、妙に憲兵を敵対視しているように思える。
盗賊だから、仕方がないのかもしれないけれど。
「あなた、旅人なんでしょ? 今夜の宿は?」
「冷たい地下牢のスイートルームで過ごすつもりだったんですけどね、追い出されて――いや、連れ出されてしまいました」
「ふふっ、ならちょうどよかった。これから、素敵な場所に案内してあげるね。あなたなら、きっと気に入ってくれると思うの」
吾輩の冗談に乗ってくれた彼女は、
「私は『クーリア』――ハーフエルフのクーリアよ」
「……クーリアさん、ですか」
「いいよ、呼び捨てで。それと、敬語もやめてよね。私、本当におばあちゃんなんかじゃないんだし――ねぇ、あなたの名前を教えて」
くるりと前に出て、そう尋ねてきた。
「吾輩は、ワガハイ。旅するゴースト、ワガハイです」
「……変な名前ね、ふふっ♪」
「ほっといてください、クーリアさん」
「むっ、違うでしょ、それは――『さん付け』と『敬語』は、もう一切受け付けてませんからねぇーだっ」
彼女が、口を尖らす。
どうやら、そういうことらしい。
「……ほっといてよ、クーリア」
「うん、よろしい♪」
また、吾輩をからかうように、ハーフエルフの彼女――クーリアは笑い、
「じゃあ行くよ、ワガハイくん」
月夜の町を、軽やかに走り出した。