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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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027. 公女の部屋で、為政者は語る(2)

「本当は、劇的な事件や悲劇的な運命にでも翻弄されていれば、私の語ることにも重みが出るのでしょうが……幸か不幸か私は、公爵家の娘という、非常に恵まれた環境の中で育ちました。両親二人はずいぶんと早く旅立ってしまいましたが、それでも私は、十分に満たされた側の女だと言えるでしょう」


 どこか自虐的に、イオレーヌさまは自分自身を表現した。


「大きな不満は、特にありませんでした。上を見れば際限ないですが、都のお城で生活できている私が、いったいどんな文句を口にできるでしょうか? そんなわがままは許されません」


 ガウター公の立ち振る舞いを反面教師にでもしていたのだろうか。

 イオレーヌさまは、貴族としては慎ましい思考を持っているようだ。


「恥ずかしながら私は、十代の少女ではないというのに、未だに箱入り娘のような状態。男性とお付き合いしたことも、もちろんございません……きっと、女性としての魅力に乏しいのでしょう」

「あなたは美しい女性ですよ、イオレーヌさま」

「まぁ♪ ワガハイさんに言ってもらえると、お世辞でもうれしいです」

「いえ、お世辞などでは」

「……この私に、女性としての魅力がどれほどあるかはわかりませんが、いつかは誰かと出会い、その男性の妻になるものだと、そう思っていました」


 吾輩の言葉を流すように、イオレーヌさまは続ける。


「ガウターお兄さまは、知っての通り、ああいうお方。その妹である私は、おそらく、しかるべき地位の殿方の家に嫁ぎ、しかるべき地位の妻としての幸せを与えられ、しかるべき地位に生まれた女としての人生を終える――もちろん、それは政治的な意味を持つものになったのでしょうが、それでも私は、そのすべてを受け入れるつもりでおりました」


 女性の生き方の一つとして、決して悪い人生ではないだろう。


「貴族の家の三人目――しかも女ともなれば、どこの国でも、多かれ少なかれそういうものでしょう。公国民もきっと、それを望んでいたと思いますしね」


 しかし、その立場におられるイオレーヌさまが口にしたからか、何だかとてもつまらないような気もしてくる。


 吾輩が男で、しかも貴族とは縁遠い自由な旅人だからだろうか?


 とにかく彼女は、ガレッツの貴族として、ある種の政略結婚さえ受け入れる覚悟をしていたみたいだ。

 高貴な一族の家に生まれた女性としては、それもめずらしくはないのかもしれない。


「それが私に求められた『機能』ならば、私はよろこんで、それを果たすまでですから」

「……機能?」

「はい、機能です」


 イオレーヌさまは、それを『運命』とも『宿命』とも表現しなかった。


 機能。


 それは、神秘性や偶然性を意図的に排除したような言葉。


 たとえば、風車や水車を回す歯車のような――風が吹けば、水が流れれば、何も迷うことなく動き続ける、そういったものを想像させた。


「けれど、どうやら……私に求められた機能は、ガレッツ公国の『三人目』としてのものではなかったみたいです――ワガハイさん、サンドロは最期に何を語りましたか?」

「国に仕える騎士として、彼なりの矜持きょうじを……それと、これ以上のことは、あなたの口から聞けと」

「なるほど、サンドロらしいですね」


 すると彼女は洋灯ランプを手に、席から立ち上がる。


「この部屋に入った男性は、幼き頃のお兄さまたちを除いて、あなたで二人目です」


 足下を照らしながら、ゆっくりと歩くイオレーヌさま。


「最初の男性はサンドロでした――けれど、そういう意味ではありませんよ、もちろん」


 自分が淑女であることを強調するように、彼女は断りを入れた。


「数年前の、とある晴れた初夏の午後――だったと記憶しています。私が、日課である城外への散歩の準備をするに際し、その護衛のために廊下で待機していた彼が、偶然にも扉から見えてしまったらしい『あるもの』に驚き、自ら入ってきてしまったのです」


 いくつかの壁掛けの燭台に火を灯しながら、部屋全体を明るくしていく。


「あの時のサンドロは、息をするのも忘れているように固まっていました。あまりのことに、彼は許可なく私の部屋に足を踏み入れるという失態を犯してしまったわけですが、それくらい、彼にとっては衝撃だったようです」


 暗闇で閉ざされていた空間は、ガウター公の寝室にも負けないほどの、とても広い部屋だった。

 過剰なほどに置かれた絵画や彫刻などがない分、すっきりとした印象になっているのかもしれない。

 インテリアは木目の美しい家具で統一されており、シンプルながら穏やかな女性の寝室――という雰囲気。

 吾輩を城に招いてくれた、優しい姫君であるイオレーヌさまのイメージにぴったりだ。


 まだ薄暗い、奥の一角。


 イオレーヌさまが、最後の火を灯す。


「サンドロが目にしたものを、あなたにもお見せしましょう――こちらです」

「……これは」

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