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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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024. 公国騎士の本懐(前編)

 夜の城内を照らすのは、壁掛けの淡い灯りのみ。


 食事をいただいた広間のある階、吾輩たちが使わせてもらっている部屋がある階については把握しているけど、さて、ガウター公の寝室はどこにある?


 イオレーヌさまのお部屋は、例の広間の上の階だった。

 そこから考えると、彼の君主という立場、そしてあの派手な立ち振る舞いを好む性格からして、おそらくガウター公の寝室は、さらに上の階になるだろう。


 一応の推測に従って、吾輩は周囲を確認しながら上の階を目指す。


 下のフロアを警備すれば問題ないという方針なのか、上階で憲兵とすれ違うことはなかった。


 魔力は感じない。


 仮に外部からの侵入者がいたとして、それが単なる賊ではなく、魔法に長けた者だとしたら厄介だったが、どうやらそういうことでもなさそうだ。


 取り越し苦労に終わればいいが、緊張感は増していく。


 いくつ目かの階段を上ったフロアだった。


「…………」


 不穏な血の気配を感じた吾輩は、剣を抜き、慎重に廊下を進んでいく。


 淡い灯りの先。


 そこには、床を赤く染めながら、物言わず倒れている四肢が。


 左肩から右の腹部へ、鋭く刃を走らされて絶命していたのは、


「……ワーザスさん」


 あの、公国騎士団長だった。


 さらに廊下の奥には、大きく開かれた二枚扉の部屋――まさか。


 吾輩は、疑いと確信に押しやられるようにして、その部屋に飛び込んだ。


「……これは、どういうことですか?」


 おぼろげな灯りの中でも確認できる、派手で豪華な空間。


 壁には絵画が飾られていて、石像や彫刻などもちらほら。


 こんな場所でゆっくり眠れるものかと思うけれど、中央にはしっかりと、成人男性が三人は余裕で横になれるようなベッドが置かれている。


 寝具のシーツは赤い。


 とはいえまさか、最初からそのように染色されていたわけではないだろう。


 なぜなら、その上には――胸の辺りに剣を突き立てられたガウター公が、苦悶の表情で息絶えているのだから。


「どういうことなんですか、サンドロさん?」


 問いかけた吾輩に答えることなく、彼は君主の遺体から、自らが刺したであろう剣を抜く。


 そして、


「くっ」


 素早く床を蹴ったサンドロさんは、吾輩に刃を向けてきたんだ。


「あなたならここにやってくるかもと、そう思っていました――ゴーストは、物理攻撃を無効化できるのでは?」

「……貧乏な旅人にとって、このコートは一張羅。あなたに刻まれては困るんですよ」


 攻撃を剣で受け止めた吾輩に、挑発のようなセリフを告げてきたサンドロさん。


 二人の亡骸と、吾輩への対応――確認するまでもなく、ワーザスさんとガウター公を手に掛けたのは、この副騎士団長に間違いない。


 けれど、どうして?


「はっ」


 とはいえサンドロさんが、吾輩に考える暇など与えてくれるはずもない。

 彼の攻撃は止まらない。


「ふんっ、はっ、はぁーっ」


 角度を変えた剣線が走る。


 後退しながらも、吾輩は防御。

 その真意がつかめない相手に、何とか訴える。


「話を聞かせてください、サンドロさん。それなくして、吾輩とあなたが戦う理由は――」

「戦う理由ならありますよ、ワガハイさん。私は、あなたと剣を交えたい――はぁーっ」


 大きく振り抜いたサンドロさんに押される形で、吾輩は距離をとる。


 広いといっても、ここは所詮しょせん個人の寝室だ。

 屋外での間合いの取り方とは異なる。

 周囲に置かれている美術品が、どうにもじゃまに感じた。


「武人である以上、猛者である相手には挑んでみたくなる――それは、当然の性でしょう?」

「……吾輩は、むやみやたらに争いたくはないですけれどね」


 しかし、そう言われては仕方がない。


 降りかかる火の粉を避けず、もらい火でコートを燃やすことになっては、さすがに脳天気ゴーストもいいところだから。


 構えた吾輩を見て、サンドロさんが攻めてくる。


 突き――からの振り上げ。


 当然、かわす吾輩。


 相手の下半身が無防備になったので、そこをとらえようとしたが、


「ふんっ」


 力強く下げられた剣撃に、タイミングを失う。


 一歩引いて、今度は吾輩から仕掛ける。


 姿勢を低くして右へ回り込み、サンドロさんの背後へ。

 当たり前のように彼は、体を回転させて反応する。


「はぁーっ」


 大きく横へと薙いだサンドロさん。


 けれど吾輩は、もうそこにはいない。


 飛び上がった吾輩はすでに、彼を『眼下』にとらえている――吾輩に目はないんだけれど。


「はっ」


 吾輩は空中から、叩きつけるようにして剣を振り下ろす。


 重なり合う刃と刃、金属の衝撃音――直後、灯りを反射したものが、かんからりと、床に転がった。


 自らの得物で防御したサンドロさんだったけれど、


「……これでは、もう使い物になりませんね」


 その剣は、吾輩の攻撃のダメージにより刀身の半分が割れ落ち、もはや武器としての役目を終えていた。


 貧乏な旅人の護身用と、公国の副騎士団長の装備品――剣としての質の差は歴然だろうけど、それでも結果を分けるのは、あくまで使用者の腕。


 悪いですが、サンドロさん。


 どうやら吾輩の方が、剣術に長けているようですよ。


「私の負けです、ワガハイさん」


 諸刃の根本だけが残っている剣を逆手に持ち替え、サンドロさんは、もはや戦意のないことを示した。


 ならばもう、彼と争う必要はない。


 吾輩もまた剣を下げ、サンドロさんから距離を持った。


「わざわざ答えるまでもないでしょうが、ワーザスさん――そして、ガウター公を殺害したのは、この私です」


 血のベッドに横たわる君主の遺体に目も向けず、サンドロさんは言った。


「……どうして、あなたはこんなことを?」


 吾輩が知りたいのは動機だ。


 サンドロさんが、こんな強行に及んだ理由――。


「あなたは、コンラートさまを政治的に葬り去ることで、ここにいる……今は物言わぬようになったガウター公を、騎士として選んだのではなかったのですか?」

「ええ、そうです」

「ならば、あなたが吾輩に語った、国に仕える騎士としての忠誠心とは、いったいどう――」

「だからですよ、ワガハイさん」


 サンドロさんからは、迷いのない信念のようなものが感じられた。


「私は国に仕える騎士としての忠誠心から、ガウター公の胸に剣を突き立てたのです」


 まるで、それを吾輩に教え諭すかのように。


「…………」


 理解できなかった。


 感情的に――ということではなく、言葉の論理として、まったく。


「公国に仕えるようになった日から今日まで、自分の騎士としての矜持きょうじに反することを、私は何一つ行ってはおりません。こんなこと、あなたにはうぬぼれに聞こえるでしょうが、私はこの国で最も誠実で忠誠心に満ちた騎士だと、心の底から思っているくらいですから」


 真剣な表情、はっきりとした言葉。


 冗談を言っているのでもなければ、気が触れているわけでもないのだろう。

 サンドロさんは、いたって冷静。

 実に理性的に、吾輩に話していた。


「私が忠誠を誓った相手は、コンラートさまでもなければ、もちろんガウター公でもない……たった一人の高貴なる女性こそ、私が命を賭すに相応しい絶対の主なのですから」


 その、どこか恍惚感すらにじませたサンドロさんの表情に、吾輩は動揺する。


 同時に浮かんだのは、あの、青髪の姫君の姿だった。

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