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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第1節] ガレッツ公国>オーヌの町
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004. 牢獄に響く腹の虫

 薄暗い牢屋を、淡い炎の明かりが照らしている。


 まさか吾輩が、罪人として投獄されるなんて。


 もちろんあれから、憲兵に事情を説明してはみた。

 けれど誤解とはいえ、若い女性をぺろぺろしようとした――ってことになっているゴーストの話を、おいそれと信じてくれるわけもない。


 盗みの方に関しては、あの路地に、ばっちり残っちゃってたしね、証拠の品が。


 まったく、今日は厄日だ。


 鉄格子の中で、ただただ一人きり。

 手持無沙汰な吾輩は、唯一身に着けている装飾品である銅製のペンダントに触れる。

 投獄と同時に剣も、わずかな蓄えさえも没収された。

 今はこのペンダントと、穴の開いたコートだけが、吾輩の全財産だ。


 ふと、ネズミの抜け道くらいにしかならない窓から外を確認――星の輝きが、少し散らばっているだけ。


 もう夜だ。


 かれこれ数時間、いわれのない罪で、吾輩はこんな場所に押し込まれている。


 哀れだな、我ながら。



 ぐぅぅぅぅぅぅーっ。



 お腹の虫が鳴った。


 思えば、吾輩は今日、何も口にしていない。

 出来たての鶏のソテーだって、食べないままに食堂を出たのだから。


 逃した魚――ならぬ、逃した鶏は大きい。

 存在していない『目』を閉じてみれば、あの肉厚な姿が、吾輩の脳裏に浮かんでくる。


 嘆いたところでどうにもならないが、一口だけでも食べておけばよかった。


 すると、


「ゴーストでも、お腹は減るのね」


 鉄格子の向こう側から、女性の声。


 現れたのは、


「出入り口の方まで丸聞こえだよ、あなたのお腹」


 吾輩がこんな状況になってしまった元凶――あの、盗賊の少女だった。


「……吾輩には口があるんですよ、ありがたいことに」


 だから吾輩は、他の種族と同じように、食事を楽しむことができる。


「で、何なんですか、こんなところに?」


 事情が事情なだけに、普段は穏やかな吾輩も、ついつい口調が刺々しくなる。

 とはいえ、怒鳴り散らしてもいいくらいの相手なのだから、これくらいは、十分に紳士的態度だと評価してもらいたい。


「私の代わりにおとなしく捕まってくれたあなたの顔を、ちょっとのぞきにきてあげたの――まぁ、あなたに顔はないけどね」

「…………」

「あなた強いんだから、憲兵なんかやっつけて逃げちゃえばよかったのに」

「無用な騒ぎは起こしたくないんですよ。そんなことをしたら、本格的に追われるじゃないですか、吾輩」


 女性へのいたずら未遂と窃盗――もちろん、とんでもない濡れ衣だけど、それくらいなら、たぶん死刑にはならない。

 しばらく我慢すれば解放されるだろうから、それならそれでいいと思っていたんだ。


「ふーん、度胸がないんだね、意外と」

「ほっといてください」


 憲兵に抵抗することで下手に罪が大きくなるより、彼女に『度胸がない認定』をされる方がよっぽどましだ。


「じゃあさ、ゴーストなんだから、壁とか通り抜けられないの? 今みたいに、おとなしく牢屋に入っている必要なんてないじゃない」

「……吾輩に、そういう特性はないんですよ」


 物理攻撃の無効化と障害物の通過は違うんだ。

 ゴーストにも、いろいろな性質や個体差がある。

 吾輩を、何でもアリのびっくり種族にはしないでもらいたい。


「あらら、怒ってる?」

「当たり前です。だいたい、誰が『ぺろぺろ』ですか、誰が」


 彼女、あろうことか吾輩に、変態ゴーストの汚名を着せてきたんだ。

 いくらなんでもプライドが傷つく。


「だって、のっぺらぼうのゴーストのくせに、口だけはあるんでしょ? なら、私の柔肌をぺろぺろできちゃう舌だって――うふっ♪」

「吾輩の舌は、おいしい食事を味わうためのものです。どこぞの泥棒になんか、かけらの興味もありませんよ、吾輩には――残念でしたね」


 売り言葉に買い言葉。

 吾輩も、ちょっと熱くなってしまう。


「だ、だから、泥棒じゃないっての!! だ、だいたい、私の清くてみずみずしい体に興味がないなんて、あなた、男性として問題があるんじゃないの!?」

「確かにあなたは若々しい容姿ですが、エルフは一般的に長寿であり、そのため、外見と実年齢が整合していないことが多い種族。無理やり若作りしているみたいですけど、本当は『おばあちゃん』なんじゃないんですか? 悪いですが吾輩、ご高齢の方にまで欲情するようなゴーストではないんですよね」

「し、失礼ね!? 私は十七歳よ、十七歳っ!! 正真正銘、ピチピチの女の子っ!!」


 静かな牢獄に、彼女の声が響き渡る。


「それと、私はエルフじゃなくてハーフエルフだからね。人間との混血児だから、極端に長寿であるエルフの特性は弱まっているの。だから、私がおばあちゃんなわけがないでしょ!!」

「正真正銘の若い女の子は、自分のことを『ピチピチ』だなんて言わないと思いますけど……お察しします」

「本当のことを言ってるのに、何なの、その態度!? むきぃーっ、むかつく!!」


 不毛なやりとりが続いたところで、吾輩は少し冷静になる。


「……それで、どうしてこんなところに?」


 あらためて、先ほどの質問を聞いてみた。


「ここは、町の中に建つ砦の地下牢。憲兵だって常駐しているし、部外者は入れないはずですよね、普通?」

「言ったでしょ、私は盗賊。こんなところくらい、簡単に潜入できちゃうの」

「じゃあ、吾輩をからかうためだけに、わざわざそんなことを?」


 たとえ暇を持て余していたとしても、さすがにそれは趣味が悪い。


 だいたい彼女は、何らかの理由で憲兵と関わりたくないから、吾輩に濡れ衣を着せて逃げたはずなのに。


「そ、それは、その……」


 すると彼女は、少しばつが悪そうに、顔を伏せる。


「い、一応、あなたには迷惑をかけたわけだし……私のせいで、おマヌケなゴーストが捕まってるだなんて、ちょっと寝覚めが悪いから、だから、だからね、よ、要するに――」

「もしかして、吾輩を助けに来てくれたんですか?」

「うっ……そ、そうよ、悪い?」


 淡い燭台の炎よりも顔を赤くして、彼女は吾輩から視線を逸らしていた。


 何というか、なかなか面倒な女の子だけど、とりあえず、悪いハーフエルフじゃないってことだけはわかったよ。


「そうですか……ありがとうございます」


 吾輩は素直に、感謝の気持ちを伝えた。


 まぁ、彼女のせいでこうなったわけだし、お礼を言うのはおかしな話なんだけど。


「こ、ここの鍵は、もうちゃんと盗んであるの。今は夜中だし、憲兵たちはみんな寝ているから安心よ――ほ、ほら、出るわよ、早く」


 盗賊らしく手際のいい彼女は、その長い耳を色づけながら、素早く鉄格子に鍵を通した。

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