022. ネグリジェに思い入れはない
また一晩使わせてもらうことになった部屋に戻ると、クーリアが迎え入れてくれる。
「あ、おかえり、ワガハイくん」
続いて、キューイ。
「キュイ、キューイ」
どうやら吾輩を待っていてくれたようで、彼は勢いよく胸に飛び込んできた。
「よしよし」
「キュイ、キュイ」
のどの辺りに指を滑らせると、キューイはうれしそうに鳴いていた。
どうやら二人も、運んでもらっていた夕食を食べ終えていたらしい。
今は、ほどよくハーブティーの香りが立ちこめているだけだった。
「で、どうだったの、ワガハイくん?」
いろいろなことを含めて、という意味なのだろう。
クーリアが尋ねてきた。
「ガウター公は相変わらず。ワーザスさんとサンドロさんも、自然体だったよ」
少なくとも吾輩には、コンラートさまを殺害したことなんて、彼らには特別なことではないのだと思えた。
「……イオレーヌさまは?」
「いや」
首を振って、彼女とは会えていないことを伝える。
「サンドロさんの案内で、イオレーヌさまの自室前まで連れていってもらえたんだけど、残念ながら、何も返事はなかったよ」
「……そっか」
「キュイ……」
クーリアもキューイも、イオレーヌさまのことが心配な様子。
同時に、優しくしてくれた彼女のために何もできないという歯がゆさを、それぞれに感じているようだった。
どことなく、空気が重くなる。
吾輩たちが神妙にしたところで、何も解決はしないのに。
するとクーリアが、
「じゃあ私が、イオレーヌさまの部屋に侵入しちゃおうか――なぁーんてね」
明るい口調で、盗賊らしいセリフを口にした。
これは、暗くなりかけた雰囲気を楽しくするための、彼女なりの冗談なのだろう。
だから吾輩も、ふざけて返す。
「いいね。高貴な女性の寝室には、吾輩も興味があるよ――なぁーんてね」
「……ワガハイくんって、そういう趣味?」
「え?」
なのにクーリアは、吾輩が独特の性癖を吐露したと理解したみたいで。
「身分の高い女性の夜に寝間着姿に興奮しちゃうような、そういう変態ゴーストなのっ!?」
「そういう変態ゴーストじゃありません……あのね、クーリア。今のは、君の言葉を受けて、吾輩なりの――」
「き、絹のネグリジェでしょ!? 何だか肌触りよさそうなああいうのをすりすりして、そ、それで、その口がニヤニヤしちゃうんでしょ!?」
「キュイ、キュ、キューイ♪」
「いやいや、キューイ、違うから……そんなふうに『僕も、うろこ触りのいいものをすりすりするのは好きだよ♪』みたいな顔をされても困るからね、吾輩は」
「ゴーストって、エルフや人間と比べてひんやりしているし……さ、触られると少し気持ちいいから、あ、ああ、相手もまんざらじゃなくなって――ご、ごご、ゴーストって、実はすごくいやらしい種族!?」
「うん、謝って。世界の全ゴーストに謝って、クーリア」
「キュ、キューイ、キュイ♪」
「いやいや、キューイ、今はそういうのいらないよ……ここで『僕も、ワガハイに撫でられるの、すごく好き♪』みたいな雰囲気を出されると、話がややこしくなっちゃうから」
さっきまでの沈んだ空気がうそのような、吾輩たちの混沌としたやり取り。
だけど、どうしてだろう。
彼らと何でもない時間を過ごしていると、自然と心が落ち着いていく自分がいる。
そうか。
ふたりとは、まだ出会って間もないけれど、もうしっかり、吾輩たちは旅の仲間なんだ。
だから、こんなにも――。
「ひ、一つ、確認、だけど……」
クーリアが、少し顔を赤くしながら尋ねてくる。
「わ、私がネグリジェで夜を過ごしたりしたら……わ、ワガハイくんは、うれしかったり、する?」
「…………」
だからさ、クーリア。
吾輩、本当に『ネグリジェ萌え』とかしないから。




