021. 無言の扉
少なくとも、昨日よりは落ち着いて食事を済ませることができた吾輩は、機嫌よく酔っているガウター公へ適当な言葉を残して、すぐに広間を後にする。
廊下に出た直後、
「ワガハイさん」
追ってきたのか、サンドロさんが声をかけてきた。
「どうかされましたか?」
何気なく返した吾輩に、サンドロさんが尋ねてくる。
「あなたは……私に幻滅しましたか?」
予想外の質問に、吾輩は一瞬戸惑ってしまう。
けれどすぐに、先ほどの会食中に向けられた彼からの妙な視線を思い出して、それとなくは、この副騎士団長の意図するところをつかむことができた。
つまりサンドロさんは、今回の一件を通して、どこか青臭い吾輩に軽蔑されたのではないかと、そう感じていたらしい。
どこぞの旅人ゴーストからの評価なんて、彼が気にする必要はないと思うけれど。
「いいえ、幻滅だなんて……ただ吾輩のようなゴーストは、国家に属する騎士にはなれないなと、そう学んだだけです」
公国の副騎士団長と、国境なき騎士団の末席――同じ騎士という立場でも、お互いに求められているものは、どうやら大きく違っているみたいだから。
「あなたの言いたいことは、私にもよくわかります……しかし、国に仕える騎士というのは、こういうものなのです。忠誠を誓った相手のためならば、いかなることでもする――たとえその身を、赤黒い血で汚すことになったとしても」
単なる自己弁護――というわけではないのだろう。
サンドロさんは、彼なりの信念を口にしていた。
「……一つ、うかがっても?」
「ええ、どうぞ」
少し興味を抱いた吾輩は、サンドロさんに問いかける。
「あなたは、自らを『国に仕える騎士』だと表現しました。だから、聞かせてください――さまざまな経緯、政治的な問題があるとはいえ、あなたは今回、間接的ながら一人の人間の殺害に荷担しました。要するにそれは、コンラートさまよりも、あのガウター公を選んだということです……サンドロさんは、それが本当に国のためになると?」
「……はい、間違いなく」
わずかに間が空いた。
けれど、サンドロさんの答えに迷いはなかった。
ならばもう、吾輩から彼に尋ねることなどない。
「ワガハイさんは、このままお部屋に戻られますか?」
「はい」
「ならば、少しだけお時間を」
そう言ってサンドロさんは、廊下を進んでいく。
黙ってついていく吾輩。
階段を一つ上がり、そのまま奥へ。
すると、一つのドアに突き当たる。
何か特別な部屋なのだろうか、細かな装飾が目立つ二枚扉だった。
「こちら、イオレーヌさまのお部屋になります」
「ああ、なるほど」
サンドロさんの説明に納得する。
この向こうに、傷心している姫君がいるというわけか。
「声をかけても?」
「ええ――ですが、お返事は期待しないでいただけると」
「わかっています」
サンドロさんに許可をもらった吾輩は、努めて普通に話しかける。
「イオレーヌさま、ワガハイです」
当然ながら反応はない。
「今夜もう一晩、こちらでお世話になることになりました。クーリアとキューイもいっしょです……もし、もしもお茶会の相手がいないのならば、どうか訪ねてきてください。深夜でも飛び起きますよ。しかしながら、吾輩はゴースト。闇の中で吾輩の姿を目撃しても、どうか驚かないでいただけると助かります」
冗談を交えながら伝えたが、果たして、彼女の胸に届いたのだろうか。
返事がないのを確認して、吾輩はサンドロさんに首を振る。
「……イオレーヌさま、サンドロです――どうか、前だけを見ていてください。あなたが進み続けることが、この国の未来を明るくするのですから」
そう呼びかけたサンドロさんと共に、吾輩はイオレーヌさまの部屋の前から離れた。




