020. 盛り上がらない夕食
さすがに馴染んできた、ガレッツ城の広間。
「いつもと同じ酒だが、今日は格段に舌の上を転がる」
味わいながら、ガウター公がグラスを揺らす。
奇妙な面々だとは思う。
吾輩、サンドロさん、ワーザスさん、そして、もちろんガウター公――この四人で、夕食のテーブルを囲んでいるのだから。
クーリアと相談して、もう一泊、この城でお世話になることを決めた吾輩。
ガウター公に皮肉を口にしておいて恥ずかしい限りだけれど、イオレーヌさまのことが、どうしても気がかりだ。
意地を張って、青髪の姫君からの恩を仇で返すわけにもいかない。
彼女は、まだ部屋から出てこないんだ。
吾輩の言葉がどれだけの意味を持つかはわからないが、別れのあいさつくらいは、しっかりと伝えたい。
それが、貧乏な旅人にできる、最低限の振る舞いだろう。
この場での夕食には、当然ながらクーリアも誘われた。
けれど彼女は、あまり気乗りしないらしい。
キューイと二人、用意された客間にてディナーをいただくことにしたようだ。
吾輩としても、旅の仲間たちと食事の時間を過ごしたいところだったが……図々しくも城という場所に滞在させてもらっている手前、誰一人としてガウター公との会食に姿を現さないのは問題だろう。
そういうことで吾輩が、損な役回りを引き受けたというわけだ。
「どうだい、ワガハイくん。この酒は、決して悪酔いはしないぞ。一度試してみては?」
「ありがたい提案ですが、お断りさせていただきます。もしもそのようなことになれば、せっかくおいしくいただいているお肉やスープを『戻す』という粗相を、ガウター公の前で披露してしまうかもしれませんので」
「はははっ、残念だ――まぁ、ゴーストの粗相とやらにも興味がないわけではないが、衣装やじゅうたんを汚されては困るからな。君に酒を勧めるのは、もうあきらめるとしよう」
残りのぶどう酒を、一気の飲み干したガウター公。
さて、これで何杯目だろうか。
グラスを揺らして給仕係を呼びながら、顔を赤らめた君主が言う。
「ワーザス、そしてサンドロ――この度の忠義を、ガレッツの支配者として称えよう。お前たちは、まごうことなき本物の騎士だ」
特に無駄口を叩くこともなく、昨日と同じように食事を続けていた二人の騎士は、
「もったいないお言葉」
「当然のことでございます」
素早く食器を置いて、それぞれに答えていた。
直後、何を思ったのか、サンドロさんが吾輩に視線を飛ばしてきた。
どこか、こちらの反応をうかがうように。
「お前たちのような騎士がいてくれれば、この国は安泰だ。しかもワーザスは、大衆の目の前で『国賊』の首を落としてくれた。あんな場面を見せられては、仮に私に不満を抱くような公国民がいたとしても、何か事を起こす気も失せただろう」
確かに、集まっていたガレッツの国民は恐怖に支配されていた。
ガウター公が仕掛けた、公開処刑というショーによって。
「……恐れながら申し上げます、ガウター公さま」
「ん、何だ?」
そこで、ワーザスさんが伝える。
「コンラートさまは、我が剣にて排除できました。しかし、まだ城内には、愚かにもガウター公さまの政治をよしとしない者も……おそらくは少なからず」
騎士団長がこの場にいるのだから、騎士団と憲兵隊はもちろん、ガウター公側の勢力だ。
しかしそれは、騎士と憲兵の全員が、心の底からガウター公に忠誠を誓っていることを証明するものではない。
集団や組織としては反コンラート派だったとしても、個人的には彼を支持していた者だって、いないとは限らないのだから。
「ひ弱な役人にそのような度胸はないでしょうが、亡きコンラートさまのために一矢報いようとする騎士や憲兵が、何食わぬ顔で城内を闊歩している可能性もあります。事態が落ち着くまでは、私とサンドロの二人で、ガウター公さまの寝室を警備するのがよろしいかと」
さすがは、経験のある老騎士といったところか。
ワーザスさんは、こういう場合に起こりうる事態を、十分にわかっているようだ。
「……なるほどな」
年長者からの忠告に、素直にうなずいたガウター公。
「いいだろう――今夜から二人は、私の寝室の前に侍ることを許す。日が昇るまで、ネズミの一匹すら通すなよ」
「「はい」」
上級騎士二人の返事を受けて、吾輩は思う。
まったく、立派なお城の中とはいえ、権力の中枢というのは、実に危険な場所だ。
これなら、野犬がさまよう夜の森の方が、よほど安全なのかもしれない。




