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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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017. 晴天の祝賀祭(2)

 馬車の中央にコンラートさま。


 後方に、イオレーヌさまとサンドロさん。


 そして前方にはガウター公と、彼に刃を見せているワーザスさん。


 町は一瞬にして静まり、誰も彼もが動けないでいた。

 理解できない場面を目の当たりにして、何も考えられないのだろう。


 そんな状況を確認したらしい公爵家次男が、ゆっくりと語り出す。


「まずは、この祝うべき日を台無しにしてしまったことを詫びさせてください……本当に、本当に申し訳ない――しかし、これは必要な通過点。ガレッツの未来のために、越えなくてはならない試練に他ならないのです」


 先ほどの怒鳴り上げるような口調とは違い、声量は大きいながら、コンラートさまは冷静なように思えた。


「異国より参られた方々も少なくないだろうが、おそらく大半の皆さんは、我が公国の国民であることでしょう。だからこの場で信を問いたいのです、ガレッツの民の信を」


 公爵家次男の言葉に、ざわつき始める聴衆。


「わ、ワガハイくん、これって……」


 クーリアも、何か答えを求めているようだ。

 けれど吾輩に、彼女を納得させられるようなセリフは浮かんでこなかった。


「町でのうわさは、僕の耳にも届いております。公爵家の長男と次男は仲が悪い――その理由は、君主として未熟な兄に、弟がいらだっているからだと」

「き、貴様っ、兄である私を――」

「どうか落ち着かれるように、ガウター公さま」

「く、くそっ……」


 再度、コンラートさまにつかみかかろうとしたガウター公だったが、立ちはだかるワーザスさんに制されては、いくら国の主であっても何もできない。


「そのうわさ、実に正しい。何一つ間違ってはおりません」


 コンラートさまは、もはや兄君に視線を飛ばすことすらしない。


「僕は、政の才の欠片もない、ただただ公爵という地位に甘んじるだけの哀れな君主――兄のガウターに、ほとほとあきれかえっているのです」

「コンラートぉぉぉぉぉぉっ!!」


 さすがに切れたのか、ガウター公が怒鳴り上げる。

 けれど当然、彼の腕が弟君に届くようなことはなかった。


「この中には、すでにご存じの方もいるでしょう。我が国の宿場町――オーヌでは、長い間、汚職役人が私利私欲を肥やしていた……恥ずかしながら僕を含めた城の人間は、誰一人、そのような事実を知ることもなかったのです」


 聴衆は皆、コンラートさまに注目していた。


「僕も公爵家の人間。自分に罪がない、などとは言わない。けれど、だかからこそ、このままではいけないと考えたのです」


 混乱する様子もなく、町の人は、ただただ聞き入っている。


「異国の貴族に対する体裁ばかりを気にして、内政には目もくれず、国を治める者としてあまりに愚かな兄が今後も君主であり続ければ、このガレッツは、必ず崩壊します……しかもそれは、他国からの侵略などではなく、内部から蝕まれるようにして」


 もう、疑う余地もない。


「兄の人間性、政治家としての力量に不安を覚えている国民が少なくないことも、僕は知っています。あなた方は正しい。誇り高きガレッツの血が訴えているのです――このままではいけない、と」


 昨晩、吾輩が感じた胸騒ぎは、この晴れの場で行動に移されてしまったみたいだ。


「しかし、暗殺などという姑息な手段は使いたくない。だから僕は、ここで皆さんに問いかけるのです――兄であるガウターの首を落とし、僕が新たなる君主として国を治める、その是非をっ!!」


 コンラートさまによる、完全なるクーデターだ。


 これは間違いなく、国を揺るがすような一大事。


 しかし憲兵たちは、誰もが緊張の面持ちではあるが、慌てることも、混乱することもない。


 それに、ワーザスさんとサンドロさんの行動から考えれば――騎士や憲兵は、全員が把握していたということなのか、この事態を、すでに。


 つまり、公国の武人勢力はすべて、反ガウター公だったのか。



『わかってくれるな、二人とも?』


『……はい、もちろん』

『覚悟は、もうできております』



 コンラートさまと騎士二人――あの昨晩のやり取りは、まさに最終確認だったということだ。


 静かに――というより、口を開けないでいただろう聴衆たち。

 その一人が、どこからともなく声を上げる。


「……俺は、コンラートさまについていく」


 別に、大きく叫んだわけでもない。


 けれどその言葉は、はっきりと大通りに響き渡った。


 すると、


「わ、私も、コンラートさまを支持するっ」

「私も少し……ガウター公は贅沢をしすぎると思っていたんだ」

「城下町の役人まで悪いことをするようになっては、さすがにたまらないからな」


 方々から、クーデターを後押しするような声が。


 さらには、


「「「「「コンラート、コンラート、コンラート、コンラート」」」」」


 公爵家次男を称えるように、彼の名前が叫ばれ始めたんだ。


 もはやこの場所に、ガウター公を君主として認める者はいない。


 この国は、コンラートさまを選んだ――部外者である旅人の吾輩にも、それは明らかだった。


 馬車の上のイオレーヌさまは、戸惑いながらもコンラートさまに近づこうとする。


 しかしサンドロさんが無言のまま立ちふさがり、青髪の姫君をなだめるように止めていた。


「ガレッツの民である皆さんの気持ちは、十分に理解しました……新たなる君主として、僕がこの国を導くことを、ここに誓いましょう」


 自らへの支持を、コンラートさまは確信できたのだろう。

 彼は言葉重く、老騎士に命じる。


「……やってくれ、ワーザス」


 狂乱しているような町の中でも、その声はなぜか、吾輩にも届いていた。


 うなずくこともなく、公国の騎士団長は剣を掲げた。


 同時にサンドロさんが、イオレーヌさまの視界を覆うように身を寄せる。

 おそらく彼女が、兄が兄に殺されるという凄惨な場面を目にすることのないように――との配慮だろう。


「わ、ワガハイくん……」


 クーリアは、どうしたらいいのかわからない様子だ。


 もちろん吾輩は、誰であれ命が奪われようとしている状況を、このまま放置したいわけじゃない。

 とはいえ、これは政治的なもの。

 一介の旅人としても、国境なき騎士団員としても、吾輩が出張るには手に余る。


 ガウター公を助けるにしても、憲兵の『人の壁』を越えなければならず、それはきっと、不要な混乱を招いてしまう――どうすれば、いい?

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