016. 晴天の祝賀祭(1)
春の晴天。
けれど日差しは、まるで夏のように強い。
「キュイ、キュイ、キューイ」
吾輩の頭上を、キューイが楽しそうに舞う。
周囲の人たち数名からは、ちらほら『おぉーっ!!』と、少し驚いているような歓声。
おそらく、ここの住民だろう。
都で暮らしている彼らは、白い翼竜を、そこまで見慣れてはいないんだ。
「キューイ、騒いじゃダメだよ――ほら、おいで」
町の人たちの迷惑になると判断したのか、クーリアがキューイを呼ぶ。
素直な彼はすぐに応え、彼女の腕の中へ身を預けた。
「まぁ確かに、興奮しちゃうのもわかるけどね」
キューイをなでながら、笑顔のクーリアがつぶやく。
ガレッツ城下町の大通りは、人、人、人――もちろん人間以外の他種族も、数多く確認できる。
さすがに吾輩と同じゴーストはいないかもしれないが、この町の住民だけではなく、異国からの旅人も来ているに違いない。
今日は祝賀祭。
君主であるガウター公の在位三年を祝う、公国をあげてのイベントだ。
時刻は、もうすぐ正午。
けれど誰も、昼食のメニューに頭を悩ませてはいないだろう。
なぜならこれから、ガウター公をはじめとしたガレッツの公爵家一同が、盛大なパレードを行うのだから。
ここにいるみんなは、そんな彼らの顔を拝むために集まっているんだ。
もちろん、吾輩たちもね。
イオレーヌさまからは『ワガハイさんも、ぜひパレードの舞台に』なんて、本気なのか冗談なのかわからない提案をされたけど、当然ながら断った。
国境なき騎士団員としての役目を果たしたに過ぎない吾輩に、そんな権利はない。
何より庶民には、庶民としての場所がある。
そこから見える風景の積み重ねが、吾輩の旅を彩っていくんだ。
吾輩には、それこそが醍醐味。
だから、
「そろそろ来るかな、お母さん?」
「お、おい、押すなよな……見えなくなるだろ」
「公爵家の方々は、どんなお召し物で登場なさるのでしょう? 楽しみだわ」
沸き立つ町の空気を感じられるこういう機会を、おいそれと手放すわけにはいかないよ。
大通りの脇は、吾輩たちのような観衆で埋め尽くされている。
けれど、その中央は直線的な空洞だ。
憲兵たちが、長く続く『人の壁』を作って、スペースを確保しているから。
もちろんそこは、公爵家の方々がパレードで進んでいく通路――というわけだ。
すると城の方から、ファンファーレのような音が響いてきた。
声を上げる観衆。
どうやら、ついに始まるらしい。
「イオレーヌさま、私たちに気づいてくれるかな、ワガハイくん?」
「さぁ、どうだろうね」
クーリアは、そういうのを期待しているみたいだ。
まぁ、フードを被った貧乏な旅人ゴーストは逆に目立つだろうから、高貴な青髪の姫君も、もしかしたら見つけてくれるかもしれない。
熱気に押されるように先頭を行くのは、馬に乗った騎士らしき二名の武人だ。
続いて、鼓笛隊。
にぎやかな音楽が、吾輩の心を高ぶらせる。
そして登場したのは、豪華にして大きな馬車。
段の上がったオープンな荷台――いや、もはや舞台というべきだろう。
そこに立っているのは、ガレッツの公爵家一族三兄妹の面々だった。
「ガウター公さまぁーっ、在位三周年、おめでとうございまぁーす!!」
「コンラートさまも、ご立派になられましたぁーっ!!」
「これからも、我が公国と公国民を導いてくださいね」
君主であるガウター公、その弟君であるコンラートさまの姿に、周囲の観衆が声を上げる。
けれど一際聞こえてきたのは、
「イオレーヌさまぁーっ!!」
「今日もおきれいですよ、姫君」
「きゃっ、今、目が合っちゃったかも♪」
きらびやかなドレスに身を包んだ、あの方に対する声援だった。
「やっぱり、イオレーヌさまって美人……」
しみじみと、となりのクーリアがつぶやく。
まとめられた青い髪に、銀のティアラ――確かに、華やかで高貴なる姫君そのものだ。
ガウター公は、金の刺繍が入ったマントを羽織り、どこか幼稚にも思えてしまう王冠を頭に、右へ左へと手を振っている。
対してコンラートさまは、昨日の夕食時とあまり変わらない、シンプルながら厳格な装いだ。
晴れの場にしては地味な公爵家次男はもちろん、過度に派手な国の君主がかすんでしまうくらいに、
「皆さん、どうもありがとう」
町の人に笑顔で応えるイオレーヌさまは、吾輩の『目』には輝いて見えた――吾輩に、目はないんだけどね。
護衛のためなのか、公爵家一同が乗っている馬車の荷台には、上級騎士であるワーザスさんとサンドロさんも控えている。
無礼な暴漢が乱心しないとも限らない以上、それも当然のことだろう。
とはいえ、憲兵が連なる『人の壁』を越えて、公爵家の兄妹に襲いかるようなことは、誰であれ、さすがに無理な話だけれど。
「あっ、こっちを向いてるよ、ワガハイくん――イオレーヌさまっ、ここです!! 私はここですよぉーっ!!」
アピールするように、クーリアが叫ぶ。
「キュイ、キュイーッ!!」
続けて、キューイも。
まったく、二人ともミーハーなんだから。
そんな行動の効果なのか、それとも、静かにパレードを楽しんでいたどこぞの質素なゴーストが、沸き立つ観衆から浮いてしまっていたのか、
「わっ、目が合った!? こっちを見てくれたよ、ワガハイくん♪」
どうやら馬車の上のイオレーヌさまは、吾輩たちの存在に気づいてくれた様子。
「イオレーヌさまぁーっ」
「キュイ、キュイ、キュイーッ」
飛び跳ねたり、翼をばたつかせたりしているクーリアとキューイに、イオレーヌさまも、大きく手を振って返してくれた。
それだけなら、まぁよかったんだけど、
「ワガハイさーんっ!!」
あろうことかイオレーヌさまは、町のみんなの前で、吾輩の名前を呼んだりして。
「ワガハイさーんっ!!」
「…………」
やめてください、イオレーヌさま。
吾輩、そういうのは苦手なんですから。
「ほーら、ワガハイくん。この国のお姫さまが、ああやって声をかけてくれてるんだよ。応えてあげなよ」
無言の吾輩を、ひじでつついてくるクーリア。
周囲の目が、何となく気になる。
耐えられなくなった吾輩は、とりあえず控えめに、
「……どうも」
小さくつぶやいて、イオレーヌさまに手を上げるのが精一杯だった。
吾輩の無様な反応に満足してくれたのか、笑顔でうなずいていた美しき姫君――その、直後だった。
「親愛なるガレッツの民よ、聞けぇーっ!!」
無表情でたたずむだけだった公爵家次男のコンラートさまが、大きく叫び上げた。
突然のことに、鼓笛隊も演奏を止め、パレード自体もストップする。
どういうことだ、これは?
するとすぐにサンドロさんが、吾輩を見ていたイオレーヌさまを舞台の後方に移動させ、まるで自分を盾とするように彼女の前に立つ。
青髪の姫君は戸惑っているけれど、青年騎士はただ、それが正しいことのように行動していた。
「……何だ、コンラート? お前、いったい何を――」
いきなりのことに腹を立てたらしいガウター公が、弟君に詰め寄ろうとした――が、それは叶わない。
「くっ……どういうつもりだ、おい!?」
「すみません、ガウター公さま……ですが、あなたをコンラートさまに近づけるわけにはいかないのです」
公国の騎士団長であるワーザスさんが剣を抜き、なぜか仕えている君主に向けて構えたのだから。




