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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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015. 口直しのお茶会

「先ほどは、本当に申し訳ありませんでした」


 夕食をいただいた部屋にて、イオレーヌさまが頭を下げた。


「やめてくださいよ、イオレーヌさまが悪いんじゃないんですから」


 クーリアが答える。


 その腕の中にいるキューイも、理解を示すようにうなずいていた。


 あれから、一時間以上過ぎただろうか。


 刃傷沙汰になりかけた兄弟ゲンカをきっかけに、豪華なディナーは自然と終了。

 吾輩たちを含め、それぞれが自分の部屋に戻っていった。


 しかし一応、客として招かれている吾輩たちを気遣ってくれたのだろう。

 イオレーヌさまは、いろいろな意味で食後の口直しにと、夜のお茶会に誘ってくれたんだ。


 だから今この場にいるのは、数名の給仕係の方を除けば、吾輩たちパーティーと、イオレーヌさまだけだった。


「……驚かせてしまいましたよね」


 肩を落として、力なく椅子に座るイオレーヌさま。


 まぁ確かに、刺激的な会ではあったな。


「恥ずかしながら、二人の兄は、今までもしばしば対立してきました。こちらがひやりとしてしまうような言い合いも……一度や二度ではありません」


 正直、少し気にかかることはある。


 けれどこれは、あくまで公国内部の――しかも、公爵家一族という身内の事情が大きく絡んでいる。


 具体的に何か事が起これば話は別だけれど、部外者の吾輩が、おいそれと首を突っ込めるような問題ではない。


「とはいえまさか、ワガハイさんたちの前で……さらには、祝賀祭を控えたこの夜にだなんて、まったく、お兄さまたちったら」


 イオレーヌさまは、どこか愚痴っぽく言う。

 公爵家の一員として――というよりも、仲のよくない二人の兄に手を焼いている、悩ましい妹としてのセリフだろう。


 もしかしたら、それなりに溜まっているのかもしれない。


 そんなイオレーヌさまの様子を感じたのか、


「じゃあ、とりあえず食べましょうか――ほら、このケーキ、すごくおいしそうですし」


 クーリアが、明るく呼びかけた。


 テーブルには、無言のままにテキパキと仕事をしてくれる給仕係の方々によって、柑橘系の果肉が入ったシンプルなケーキと、湯気が立ち上る紅茶が用意されている。


 さわやかさを含んだ幸せな香りをかげば、荒れた気分も落ち着くというものだ。


「そうですね、そうしましょう――お兄さまたちなんか、もう知りません。甘いものは女子の味方ですものね」


 宣言するようにフォークを手にしたイオレーヌさまは、先ほどの夕食時よりも豪快に、出されたケーキを口に運んだ。


「では、私たちもいただきます――はい、キューイ」

「キュイーッ」


 クーリアが、小さく分けたケーキの欠片をキューイに食べさせる。


 町の通りでは焼き菓子を食べたがっていたから、彼は甘いものが好きなのかもしれない。

 おいしそうに味わっていた。


 さて、吾輩もいただこうかな。

 甘い焼き菓子に興味があったのは、何もキューイだけじゃないのだから。


「それにしても」


 クーリアが、それとなく話し出す。


「やっぱり、国を治める公爵家のお城だけあって、どこもかしこも立派ですよね」


 部屋を見渡すクーリア。


 公国の中心、ガレッツ城。


 当然といえば当然だが、確かに豪華な建物には違いない。


「こういう場所ですから……そこらではお目にかかれない特別なアイテムとか、ものすごく高価なお宝とか、禁断の魔法書物とか――そういうの、あったりするんですかねぇ?」

「……クーリア」


 盗賊っぽさ丸出しの発言をした彼女を、吾輩は制する。


 世間話にしては、ずいぶんと露骨すぎるよ、まったく。


「い、いいじゃん、少しくらい……ワガハイくんだって、興味はあるでしょ? 公爵家一族に伝わる秘宝とか、ガレッツ公国に封印された伝説の武器――とかさ」


 とはいえクーリアも、まさか親切なイオレーヌさまが住まうガレッツ城から物を盗んだりはしないだろう。

 それに一応、吾輩と組んでいる間は、そういうことはしないって約束してくれているしね。


 まぁ、あくまで旅の楽しみの一環――各地に存在する固有のアイテムを通じて、その地域の文化に触れるという意味では、吾輩も興味を抱かないわけでもないけれど。


 クーリアのぶしつけな質問にも、イオレーヌさまは律儀に対応する。


「どうでしょうか? 値の張るものや希少なアイテムは、一般の貴族の方々程度には所有しているのでしょうけれど……あいにく私は、そういったものを管理する立場にありませんので」


 だろうな。


 考えるまでもなく、それは、あの派手な振る舞いをよしとするガウター公の領分だろうし。


「なので、正確なことまではわかりませんが……それでも『禁断の魔法書物』や『封印された伝説の武器』などの類がないことだけは、はっきりと断言することができます。そのような高度な武力ともいえるアイテムを、我が公爵家、あるいはガレッツ公国が所持しているのなら、さすがに私の耳にも入るでしょうからね」

「……ふーん、そういう感じなんですね」


 クーリアの、盗賊としての期待は裏切られたのだろう。

 彼女のテンションは少し下がっていた。


 しかし何を思ったのか、なぜかクーリアは吾輩に話を振ってくる。


「でも、高価なものはたくさんあるみたいだよ、ワガハイくん。すごいよね、さすがは公爵家のお城♪」

「……何か悪いこととか考えてないよね、クーリア?」

「ひどーい、ワガハイくん。イオレーヌさまの前で、そんな人聞きの悪いこと言わないでよね、もう(ニヤニヤ)」


 ふざけているのだと思うけど、クーリアは吾輩を見て笑っていた。


「……イオレーヌさま。どうか憲兵の皆さんに、今夜は各所の戸締まりを強化するように伝えてください」

「あっ、その言動は本当にヒドいんですけど!?」


 さすがに少し傷ついたのか、クーリアは悲しい顔をする。


 けれど今のは、完全に君が悪いよ。

 正直、本気で心配しかけたし、吾輩。


「ふふっ――ワガハイさんとクーリアさんって、本当におもしろい方ですよね」


 ちょっとした冗談だと受け取ったのだろう。

 クーリアが盗賊を自称していることを知らないイオレーヌさまは、無邪気に体を揺らしていた。



 そして、静かに夜は更ける。


 明日は、ガレッツ公国の祝賀祭だ。

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