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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第3節] ガレッツ公国>ガレッツ城下町
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014. 公爵家兄弟の確執(後編)

「金ならある? ふざけないでいただきたいっ!! 公国の資金は、あなたのポケットマネーなどではないのですよっ!!」

「……何だと、コンラート」


 声を張り上げた弟君に、鋭い視線を向けたガウター公。


 だが、威圧してくるような兄に対しても、コンラートさまは引かない。


「あなたが考えているのは、必要以上に自分を装飾し、他国の貴族にくだらない見栄を張ることだけだ」


 持っていたナイフとフォークを置いたコンラートさまは、強い口調で続ける。


「派手な衣装に無駄な貴金属、国内農家のハーブや野菜で事足りるというのに、美食家気取りで異国から香草を買い上げる――そして、今度はドラゴンですか? 冗談は、あなたの方ですよ、兄さん」


 ばりん――と、甲高い音が響いた。


 ガウター公が、自らのグラスを壁に叩きつけたからだ。


「黙れ、コンラートっ!! お前は、兄である私に向かって――」

「恥ずかしくないのですか、あなたは!? オーヌの町での一件は、明らかに、兄さんの内政への怠慢が招いた失態だ。本来なら、ガレッツ城の人間で処理すべき案件だったのに、こちらのワガハイさんの手をわずらわせる事態になった……情けない、実に情けない」


 コンラートさまの手は震えていた。

 握られた拳が、ふるふる、ふるふると。


「役人と憲兵が、そろいもそろって汚職をし、我が物顔で私利私欲を肥やしていたのですよ? 舐められていたのです、私たち公爵家の人間が――いや、地方の町や村に目を向けず、虚栄心を満たすためだけに贅沢を貪っていた、無能な君主であるあなたが」

「コンラートっ!!」


 立ち上がったガウター公が、弟君の首元につかみかかる。


「……あなたに、まだわずかながら君主としての誇りがあるのなら、どうか心を入れ替えてもらいたい。このままでは、ガレッツの未来は途切れ――」

「私の国だ!! お前に指図されるいわれなどないっ!!」


 無抵抗な弟君を、ガウター公は強引に投げ捨てた。


 椅子から落ち、床に倒れたコンラートさま。


 ガウター公は、興奮気味に肉用ナイフをつかみ、無防備な弟君に突き立てようとした。


 吾輩は、左手に持っていたフォークを右手に移し、半歩ほど素早く流れ――そのまま腕を伸ばす。


 金属音。


 ガウター公のナイフは吾輩のフォークの歯に絡まり、コンラートさまに届くことはなかった。


「高貴な方々の兄弟ゲンカにまで口を挟むつもりはありませんが、そのナイフは、おいしいお肉をいただくために使うもの。誰かを傷つける武器ではありませんよ、美食家のガウター公」

「……ちっ」


 ナイフを無造作に投げ、不満そうに舌打ちをしたガウター公は、横たわったままのコンラートさまを見下しながら言う。


「興も酔いも醒めた――お前の顔など見たくもない。ここから立ち去れ、無礼な弟よ」

「…………」


 対して、コンラートさまは無言の抵抗。


 そんな弟君にしびれを切らしたのか、


「……くそっ、腹立たしいっ!!」


 吐き捨てたガウター公は、そのまま部屋のドアへと歩いていく。


「お、お兄さ――」


 呼びかけたイオレーヌさまの声は、乱暴に閉められた扉の音にかき消された。


「…………」

「キュ、イ……」


 クーリアとキューイは、怯えるように身を寄せていた。


 イオレーヌさまが、吾輩を見る。


 何か悩んでいるような数秒のあと、立ち上がった彼女は一礼し、部屋の外へと出ていった。

 ガウター公を追っていったのだろう。


 不機嫌な君主と、優しい妹君がいなくなった部屋。


「大丈夫ですか、コンラートさま」


 いつの間にか席から離れていたワーザスさんが、倒れていた公爵家次男に手を差し伸べる。


「……ありがとう、ワーザス。だが、大丈夫だ」


 騎士団長の好意を断ったコンラートさまは、自ら起き上がり、彼の席――ではなく、先ほどまでガウター公が座っていた椅子に腰掛けた。


「お見苦しいところを……」

「いえ、そんなことは」


 謝罪してきたコンラートさまに、一言返した吾輩。


 ふと、昨日の食堂で聞こえてきた会話を思い出す。

 ガウター公が『派手』だというのは、なるほど本当だったみたいだ。


 それに、



『実は、揉めてるらしいぞ、兄弟で』

『兄弟って……ガウターさまと、弟の「コンラート」さまが?』


『中身の伴わない兄のガウター公に、弟のコンラートさまは、ずっと不満を漏らしているらしいぞ』



 兄弟の仲が悪いというのも、間違いなく。


「……ワーザス」

「はい」


 重く呼びかけたコンラートさまに、長きに渡りガレッツに仕えてきたであろう騎士団長が答えた。


「僕は、心を決めた」


 コンラートさまが静かにつぶやいた、その瞬間――吾輩は、ひりつくような感覚を覚えた。


 先ほどまでは目立つことのなかった、二人の騎士――ワーザスさんとサンドロさんの放つ気配が、明らかに変化したから。


「わかってくれるな、二人とも?」


 コンラートさまと、視線は交わらない。


 けれど、


「……はい、もちろん」

「覚悟は、もうできております」


 ワーザスさん、そしてサンドロさん――二人の公国騎士は、端的に答えていた。



『じゃあ、城の中は実質、二つの派閥に割れているってこと?』

『ああ。城内勢力の一部は、今も、コンラートさまを強く支持している。オーヌでの問題も明らかになったことだし、もしかすると、血が流れるような強硬手段に――なんて話も、夜の町では、冗談半分で流れているくらいだ』

『そ、そうだったのか……変なことにならなければいいけどな』



 胸騒ぎがした。


 夜の町のうわさ話で終わってほしいと、そう願いながらも――。


 そこでサンドロさんが、迷いなく言い切る。


「騎士として忠誠を尽くすべきは誰なのか、私は十分にわかっておりますから」


 まるで、吾輩の不安をあおるように、強く、はっきりと。

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