表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第1節] ガレッツ公国>オーヌの町
4/235

003. ハレンチな濡れ衣

「し、しつこい男ね、あなた……そんなんじゃ、女の子にモテないよっ!!」

「安心してください。吾輩、元々モテませんから」


 冷静に追跡した吾輩は、何とか泥棒少女を、町の袋小路まで追いつめることができた。

 ここならば、もうさすがに逃げられない。


「盗んだものさえ返してくれれば、すぐにでも立ち去りますよ。吾輩は、ただの旅のゴースト。別にあなたを牢屋に入れたいわけじゃないし、もちろん役人の犬なんかでもないんですから」


 吾輩は、拾っておいた彼女の短剣を地面に投げ、そのまま両腕を広げた。

 敵意のないことを示すために。


 けれど泥棒の彼女は、どうしても強情な姿勢を崩さない。


「うそよ、大うそ。私は、あなたの言うことなんて信じないの。丸め込もうったって、そうはいかないんだから」

「……泥棒なんてやっているから、そんなふうに疑心暗鬼になるんですよ。悪いことは言いませんから、早く足を洗って――」

「勘違いしないで。私は、泥棒なんかじゃないわ」


 言葉をさえぎって、彼女の視線が吾輩を射抜く。


「誇り高き盗賊よ」


 次の瞬間、姿勢を低くした彼女が、こちらにむかって加速してきた。


「〈風の矢ヴェスタ・ナイ〉」


 風の呪文。


 放たれた鋭い魔力を回避するため、吾輩は素早く後退する。


 その隙に彼女は、落ちていた例の短剣を確保。

 流れのままに接近してきて、その刃を吾輩の首元に走らせた。


 直後、鈍い金属音。


「……物理攻撃は受け付けないんじゃなかったの、ゴーストさん?」

「これ以上、あなたに吾輩のコートを切られるわけにはいかないので」


 携えていた剣を抜刀した吾輩は、泥棒の彼女――もとい、盗賊を自称した彼女の剣先を受け止めた。


「…………」

「…………」


 つばぜり合い状態で、しばし硬直。


 吾輩としては戦いたくないんだけど、相手の方はもう、しっかりその気みたいで。


「はっ」


 短剣を薙いでジャンプした彼女は、着地と同時に呪文を唱える。


「〈大地の腕ドルク・ラコ〉」


 今度は、地の魔法。


 それなりに整備されている砂利混じりの小道が波打ち、隆起し、荒々しい土塊つちくれの片腕となって出現した。


 なるほどね。

 彼女、魔法はずいぶんと得意らしい。


「魔力で創り出した腕なら、顔なしゴーストのあなたにだって、キツい一発を喰らわせられるでしょ」


 勝ち誇ったような彼女の態度。


 砂ぼこりを立ち上げた太い腕が、吾輩を殴り飛ばそうと迫ってくる。


 確かにあれを受ければ、吾輩もノーダメージとはいかない――受ければ、だけど。



「〈霧の緞帳シア・キーベル〉」



 吾輩が呪文を唱えると、日の光が差す町の路地に、突如として深い霧が立ち込める。


 悪いけれど、魔法が得意なのは、何も君だけじゃないんだよ。


「なっ!?」


 彼女から聞こえてきたのは驚きの声だ。


 無理もない。

 吾輩にキツい一発を喰らわすはずだった豪腕が、いきなり現れた霧のカーテンに飲み込まれ、溶けるようにしてきれいさっぱり消えてしまったんだから。


「……くっ」


 悔しさと恐怖が入り交じったような表情を、彼女はしていた。


 さっきの魔法には、それなりに自信があったんだろう。

 吾輩を殺すつもりはなかったとしても、ガツンと入れて、ちょっと痛い目に遭わせてやろう――くらいは思っていたかもしれない。


 けれど、呪文で創り出した太い腕は、吾輩の霧の魔法で無効化された。

 あの『霧の緞帳シア・キーベル』は、攻撃魔法を飲み込む効果を持っているから。


 魔法に長けている彼女なら、もう理解したはずだ。

 吾輩を相手にするのは、かなりのリスクが伴うということを。


「悪いことは言わないので、盗んだものを、素直に返してもらえませんか?」

「…………」


 吾輩の問いかけに、彼女は無言。

 けれど、戦意が喪失したのは明らかだった。


 もう、仕掛けられることはないだろう。

 吾輩は静かに、抜いていた刃を鞘に収めた。


 やや警戒心が消えた彼女が、吾輩に聞いてくる。


「……あなた、本当に憲兵じゃないの?」

「ですから、初めからそうだと話し――」



「おい、そこで何ををしている?」



 すると突然、背後から男性の声。


 振り返るとそこには、二人の憲兵の姿があった。


 吾輩と彼女の騒ぎに気づいて、どこからかやってきたってところか。


「こんな人気のない場所で、いったい何をしているんだ?」


 疑惑を持たれたのか、憲兵たちが近づいてくる。


 吾輩はちらりと、盗賊の彼女に『視線』を移す。

 焦ったような顔で、何かを必死で考えているみたいだった。


「(……ほら、早く盗んだものを出して。あとは、吾輩が上手く説明しておきますから)」


 憲兵に気づかれないように、吾輩は彼女にささやいた。


 我ながら、すごくお人好し――ならぬ、おゴースト好し。


 けれど別に、彼女を牢屋に入れようだなんて、最初から考えていなかったし。


「(あなた……)」

「(これに懲りたら、もう盗みなんてしないでくださいよ)」


 憲兵の動きに注意しながら伝えると、彼女は無言のまま、袋から硬貨や宝石などを出し、その場に置いた。


 最初から素直に応じてくれていれば、憲兵に目をつけられることもなかったんだけどな。


 さてさて、変に疑われないような言い訳を考えないと――などと、吾輩が脳天気に思案していると、


「(あなた、強いけどマヌケね)」


 盗賊の彼女が、挑発的にささやいた。


 そして、いきなり、


「私ぃ、このケダモノにぃ、乱暴されそうになりましたぁーっ!!」


 根も葉もない話を、大きな声で叫び出したんだ。


「私の柔肌をぉ、ぺろぺろぺろぺろしようとしてきたんですぅ」


 …………。

 まずいよね、この展開。


「な、何だって!?」

「けしからんやつだっ」


 彼女の発言を真に受けた憲兵たちが、ダダダッと駆け寄り、無実の吾輩を取り囲む。


「しかもぉ、何だかそのケダモノぉ、通りの食堂で盗みまで働いてたみたいでぇ、とにかくぅ、すっごい悪いやつなんですぅ」


 やたらと腹立たしい語尾で適当なことを言いながら、盗賊の彼女は軽い足取りで、憲兵の死角から逃げるように去っていく。


「ほほう……婦女子に淫らなことをしようとしただけでなく」

「人様の持ち物にまで手を出しているとは」


 吾輩をにらみつける憲兵二人。


 うそつきな盗賊少女はといえば、もう路地からいなくなってしまっていた。


「……はぁ」


 吾輩は抵抗することなく、ため息まじりでうなだれることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ