013. ワガハイ、肉料理の隠し味を見抜く。
最初は不穏な空気だったけれど、会が始まってからは、意外なほどに和やかな時間が流れた。
「このお肉、非常においしいですね。臭みはないし、むしろさわやかさすら感じます……もしかしたら、かなりめずらしい香草が、調理の過程で擦り込まれているのではありませんか?」
「おお、なかなかわかるじゃないか、ワガハイくん――そうなんだ、その通り。大陸南部から取り寄せた異国の植物でね、肉料理の下ごしらえに最適なんだよ」
「なるほど、だからですか。貧乏な旅人である吾輩には、ぜいたくすぎる味です」
「謙遜するな、ワガハイくん。この肉の秘密を感じ取れる舌を持つ君になら、食べられる料理も本望だろうよ」
性格に難がありそうなガウター公も、つまりはやや幼稚なだけで、話してみると、それなりに吾輩のことを気に入ってくれた様子だ。
「おいしいね、キューイ」
「キュイ♪」
縮こまっていたクーリアとキューイも、それぞれに食事を楽しんでいる。
「お口に合ってよかったです」
イオレーヌさまも、どこか安心した表情だ。
彼女にしてみれば、ガウター公が癇癪を起こさないかどうか、それが不安だったのだろうから。
サンドロさんとワーザスさんは、公爵家一同の手前だからか、不必要な無駄口は叩かない。
一方のコンラートさまも、先ほどの一件があったからか、どこかおとなしい印象だった。
「おい、ぶどう酒、ぶどう酒を注げ」
ご機嫌になったガウター公は、飲み干したグラスを掲げ、給仕係にお代わりを要求。
いつの間にか、顔もずいぶんと赤くなっていた。
「おや、ワガハイくん。君のグラスは、一向に色づかないようだが?」
「申し訳ない、ガウター公。吾輩、恥ずかしながらお酒は苦手でして。ぶどう酒の代わりに、ガレッツのおいしいお水をいただいております」
「なんと、君は下戸が……それはそれは、人生の半分以上を損しているよ、かわいそうに」
ほろ酔いの公爵は、新しく注がれたぶどう酒を、また一気に飲み干した。
「ワガハイくんって、お酒が苦手なんだ……じゃあ、やっぱり実は子供? だけど、お酒が飲めないオジサンもいるしなぁ――う、うーん」
どうやらクーリアは、本人すらわからない吾輩の年齢を、何やかんや推理することを諦めてはいないらしい。
どうでもいいけれど、答えが出ないことで悩まないでもらいたいな。
すると、
「おい、もう一杯、もう一杯だ」
さらに顔を赤くしたガウター公が、給仕係に命令した。
「お、お兄さま……少し飲み過ぎではありませんか?」
「いいじゃないか、イオレーヌ。今夜は、国の恩人であるワガハイくんを招いての宴だぞ。加えて明日は、私の即位三年を祝う日でもある。飲まずにどうずる、飲まずに」
心配するイオレーヌさまをあしらうように、ガウター公は顔をゆるませていた。
まぁ、陽気に酒をたしなむだけならば自由。
けれどガウター公は、それには留まらないみたいで。
「しかし、その幼いドラゴン、なかなか魅力的な姿をしているな。白いうろこは美しいし、気品もある――どうだ、ワガハイくん。君の家畜を、私に売ってはくれないか?」
キューイを『家畜』と称し、加えて『売ってはくれないか?』とまで口にしたガウター公。
吾輩をからかうだけなら構わないけれど、これにはさすがに腹が立つ。
けれど、吾輩よりも感情を表に出していたのは、
「…………」
無言ながらガウター公をにらみつけている、正面のクーリアだった。
「キュ、キュイ……」
自分のこと――というより、クーリアが怒っていることに気をもんでいるようなキューイ。
その様子を感じ取ったのだろう。
イオレーヌさまが、すぐに口を開く。
「お兄さま、あまりに失礼です。キューイさんは、ワガハイさんたちのパーティーの一員――お仲間なのですから」
「はははっ、冗談だ、冗談に決まっているだろう」
冗談では済まされないような発言だったが、ガウター公は悪びれもしない。
「しかし、ドラゴンを飼うというのは悪くないとは思わないか? この城にドラゴンがいるというのなら、我が公爵家にも箔がつくといもの。どうだろう、正しい血統の翼竜を一匹、異国から連れてくるというのは。金ならあるし、他国の貴族へ、ガレッツの威厳を――」
「いい加減にしてくださいっ!!」
酔いが回っているのか、それとも、単に個人の本性か――いささか目に余る振る舞いをしたガウター公を怒鳴りつけたのは、
「あなたは、この国を何だと思っているのです、兄さんっ」
おとなしく食事をしていた、となりのコンラートさまだった。